第23話 行動開始
『ご主人様、おはようございます。起きる時間です』
アカシャの声で目覚める。
アカシャはいつも、オレの脳波などから最良の睡眠時間を計算して起こしてくれる。
おかげでいつもスッキリ目覚められるけれど、今日はあまり気分のいい目覚めとは言えない。
盗賊団のことを知って家族に全てを打ち明けてから一夜が明けた。
盗賊団が来るまで、現在のアカシャの予測で6日前後。
今日からの行動が盗賊団を退けられるかどうかを決める。
『おはよう、アカシャ。さっそく動こう。まずは、家族に魔法を教える』
ベッドから体を起こすと、すでに兄ちゃん達のベッドが空になっていることに気付いた。
『兄ちゃん達、もう起きてるのか』
『アル様とジル様は、ご主人様を起こさないよう気をつけながら朝の訓練に向かいました』
兄ちゃん達は常にまっすぐだ。自分にできることを精一杯やってる。
尊敬するよ。
オレも頑張ろうという気力が湧いてくる。
リビングで朝食の支度をしてくれる母ちゃんと婆ちゃんを待つ間、父ちゃんに相談をする。
「そういうわけで、簡単に覚えられて確実に戦力が上がる身体強化の魔法をみんなに覚えてもらいたいんだ」
「盗賊団の頭以外はそれで十分に対処できるってか。なるほどなぁ。しかし、魔法ってオレ達でも覚えられるもんなのか?」
「うん。貴族が使うってイメージがあるかもしれないけど、魔法陣を知ってさえいれば使えるんだ」
「分かった。教えてくれ。オレ達もむざむざ盗賊共にやられるつもりはないからな」
父ちゃんの許可が出たので、支度が済んで兄ちゃん達も戻ってきた朝食の席で家族全員に同じ話をした。
兄ちゃん達が戦うかどうかは別として、無駄にはならないので、母ちゃんや婆ちゃんを含め全員が覚えようという話にまとまった。
朝食を終えてからは、家族全員で魔法のレッスンだ。
最初は瞑想で魔力を知覚してもらったり、魔力の流し方を覚えてもらったりした。
みんなゼロからのスタートなので苦労するかと思ったけど、思ったよりはスムーズに進んだ。
アカシャをみんなに見えるようにして2人がかりで教えたのと、他に比べてレベルが高い父ちゃんが元々何となく分裂した魔力を感じ取っていたのが大きかったようだ。
「父ちゃんは覚えが早いね。あとは、この魔法陣を完璧に覚えて」
魔法陣を彫っておいた木の板を父ちゃんに見せる。
これを作るのには苦労した。何しろ、少しでも歪んでいてそれを覚えられてしまうと魔法の効果が減衰してしまうからだ。
オレはアカシャから魔法陣の映像を見せてもらったけど、みんなはそうはいかない。
みんなが魔法の使い方を覚えている横でこれを作ってたけど、1番四苦八苦してたのはオレだったかも。
「おう。分かった。何か頑張って作ってると思ったら、コレだったのか」
「最初はこれを見ながらでいいけど、何も見なくても使いたいときにすぐに思い浮かべられるようになるまで特訓ね」
父ちゃんは木の板を受け取って、じっと見つめ始めた。
「ジードはそれを覚えればもう魔法が使えるのかい?」
「うん。魔法陣を覚えて、それを思い浮かべて魔力を込めれば発動するんだ。みんな、いったん中断してくれるかな。オレの目をよく見てて」
婆ちゃんから質問されたので、ちょうどいいから実演して見せることにした。
身体強化の魔法陣を思い浮かべる。
「あっ、セイの目に何か浮かんで来たわ」
「この板の魔法陣と同じ模様だな」
母ちゃんと父ちゃんがそれぞれに声を上げる。
「そう。目に魔法陣が浮かぶことが、ちゃんと魔法陣を思い浮かべられてる成功の証なんだ。そして、思い浮かべた魔法陣に魔力を込めていく」
思い浮かべた身体強化の魔法陣に魔力を込め終わると、魔法陣がピカッと光った。
発動だ。
「おお! 目に浮かんだ魔法陣が光り始めたぞ! もしかしてこれが?」
アル兄ちゃんが目を輝かせながら聞いてくる。
オレはそばに置いてあった、魔法陣を刻むのに失敗した木の板を持ち上げつつ答える。
「うん。これが身体強化の魔法が発動してる状態だよ」
右手で持ち上げた木の板を握りしめる。
5歳のオレの小さな手に握られた厚さ数センチくらいの木の板は、折れるような音を立てて握り潰された。
握っていた右手の部分が抉れた木の板が床に落ちて、軽快な音を鳴らす。
「おおおお、スゲー!! マジかよ! ええ!?」
ジル兄ちゃんが感嘆の声をあげながらも、信じられないと言った様子で床に落ちた木の板を拾って触っている。
レベルはオレの方が高いとはいえ、素の力ではオレより強いだろうジル兄ちゃんだけど、さすがに同じことはできないようだ。
「こ、こんなに力が強くなるものなのかい?」
婆ちゃんが驚きを隠せないといった様子で確認してきた。
これはオレよりアカシャの方が分かるだろうと思い、アカシャの方を見やる。
「セナ様、皆様はセイ様ほど多くの魔力を魔法陣に込めることはできません。ですので、ここまで劇的に力が強くなることはありません」
「あらあら、セイはすごいのねぇ」
アカシャの言葉に母ちゃんが感想をもらす。
まぁ、魔力量がかなり違うだろうからな。強化の幅が違うのは仕方がない。
ただ、問題はそこじゃない。
「しかし、元々の力が強いジード様などは、身体強化を覚えれば今のセイ様くらいのことは出来るでしょう」
そうそう。素の力が強ければ強いほど身体強化は効果を発揮する。
「はぁー。凄いもんだねぇ。魔法ってやつは」
「俄然やる気が出てきたぜ」
婆ちゃんとアル兄ちゃんがアカシャの言葉を受けて感想をもらした。
その後、みんな必死に取り組んだおかげで、午前中のうちにかなり形になってきた。
父ちゃんは木の板を見ながらなら、もう発動できるところまで来ている。
「父ちゃんに関しては、あとは反復練習あるのみだね。覚えた魔法陣の形がズレちゃうと効果が落ちるから、そこだけ気を付けて」
「おう。分かった」
「午後は村長が村のみんなに向けて盗賊団のことを発表するんだよね? その時に父ちゃん達から村のみんなに身体強化の魔法を教えてもらえないかな?」
考えていた提案を家族に話すと、みんな怪訝そうな面持ちをした。
「まだちゃんと覚えてもいないオレ達より、今みたいにセイとアカシャが教えた方がいいんじゃないのか?」
アル兄ちゃんがみんなの疑問を代表して聞いてくる。
みんなも頷いている。
「午後は、どうしてもやりたいことがあるんだ。大丈夫。ここまで覚えればオレが教えてもみんなが教えても大して違いはないよ」
「そうは言ってもねぇ…」
婆ちゃんはちょっと不安そうだ。
「頼むよ。父ちゃん…」
父ちゃんを真っ直ぐ見て、話す。
父ちゃんもオレを真っ直ぐ見てくれる。
「分かった。任せろ。ただ、お前は何をやるんだ? オレ達に言えないことをやるのか?」
父ちゃんを含め、家族がオレを見る目は、ただただ心配と慈愛に満ちていた。
オレは苦笑するしかなかった。
この人達に隠し事などできるわけがない。
「今さら隠し事なんてしないよ。新しい魔法を覚えたいんだ。逃げるにしても戦うにしても、絶対に必要な魔法。覚えるのが難しくてね。魔法を覚えたばかりのみんなにはできない。一人で集中したいんだ」
母ちゃんは心配が尽きないようで、さらに踏み込んで聞いてきた。
「どんな魔法か、教えてくれる?」
オレはアカシャをちらりと眺め、絶対の覚悟を持って母ちゃんに向き直り、答えた。
「転移魔法と空間魔法」