第73話 世界樹
妖精郷で世界樹ツアー選抜闘技大会が行われた翌日の朝。
昨日の激闘の興奮が冷めやらぬ選抜メンバー達が、続々と城に集まってきていた。
「宰相殿。次は負けません。私も兵士長として、そろそろ貴方を超えなければならない」
「期待しておるぞ。そう簡単には負けてやらんがの」
「次はお父さんが1位になるんだよ! ね、お父さん!?」
2位だった兵士長のフベルトさんと1位だった宰相のグリゴルさんが話しているところに、3位だった妖精の娘さんが割って入っていった。
3位のイケメン妖精は、娘に話を振られて少し困っているような顔をしながら、曖昧に相槌を打っていた。
「ワトスン少年は何をやってるんだい?」
「セイ、でいいですよ。仲間に連絡です。ちょっと気になることがありまして」
全員が集まるまでの空き時間を使って、ジョアンさんやスタン、バビブ3兄弟達に空間魔法で羊皮紙を送っていると、妖精女王が話しかけてきた。
物理的に紙が消えるFAXみたいなもんだからな、そりゃ何やってるか気になるか。
そもそもFAXを知らないだろうから、イメージすらできないだろうし。
スルトは現在、希望国にヘニル地方を案内している。
希望国はできれば恭順の意思があるところだけにしたかったけれど、おそらく上手くいかなかった。
現状では恭順の意思の有無を正確に把握することはできないし、特定の国だけ断るというのも角が立つ。
だから、明らかにただ情報を得たいだけの大国も希望国に混じっていた。
もちろんジョアンさんはそれを予測していたので、公開する情報は絞ってある。
その最たる例が、ジョアンさんの存在を隠していることだ。
オレ達がどれくらい関わっているかも隠している。
恭順の意思がありそうな国だけなら、知られても良かったことなんだけどね。
そんなわけで、現場を仕切っているのはスタンと元ニブル王マルク・ミラレス・ニブルさんだ。
スルトに降った国の2人だけに、話に信頼が置かれやすい一方、若干舐められてしまっているらしい。
公開されていない情報まで得ようと、欲張る国が出てきた。
こっそり人員を分けて、ヘニル内を調査するつもりのようだ。
バレたら、先に帰ったということにしようというのだ。
その辺りの情報を送っておいた。顔写真付きで。魔法で写したのを写真と言うかは知らんけど。
勝手に先に帰った人間が消える分には、大きな問題にはならない。
アレクが念話でバビブ3兄弟に指示をしているようなので、たぶんその人達は消えるだろう。
良くてウチのスパイファミリーに仲間入りだ。
「気になることか。世界樹行きに問題が出そうかい?」
「いえ、問題ありませんよ」
「そうかい。それなら良かった。しかしあんた、昨日もそうだけど、当たり前のように見たこともない魔法を使うね」
「たまたまですよ」
妖精女王の言葉に答える。
実際、見たことある魔法ばかり使う時もあるし。
『ご主人様。全員揃いました』
「ベアトリーチェ様、全員揃ったようですよ」
アカシャから世界樹行きのメンバー全員が揃ったと報告を受けたので、妖精女王に伝える。
妖精女王はパッと、花が咲いたような笑顔になった。
「おお!! ついにこの時が来たんだね!」
「妖精族の悲願が、まさかこんな形で叶いますとはな…!」
「あたちに感謝するの!」
妖精女王は感嘆の声をあげ、グリゴルさんは涙ぐみ、ベイラはオレの頭の上でふんぞり返る。
反省を忘れて調子に乗っているようだけど、今はしょうがないか。
世界樹の元に行けることを興奮しないアールヴヘイムの妖精はいない。
ベイラには今まで話さなかった負い目もある。
「さぁ、行こう! 心の準備ができたヤツから、この板の上に乗ってくれ!」
オレは空間収納の魔法を使って、中から魔導具の板を取り出す。
そして部屋の真ん中に設置しながら、皆に声をかけた。
「飛んでいくのではないのか?」
「日帰りか1泊って聞いて、何かおかしいとは思っていたんだけど…」
"集団転移"で移動することを知らなかった妖精達が、疑問や不安を口にしつつも板に乗っていく。
そういや、昨日の夜に城にいたメンバーにしか言ってないな。
「失われた転移の魔法で連れて行ってくれるそうだ」
兵士長が知らなかった妖精達に説明をしてくれる。
妖精達から驚きの声が上がった。
「ねぇ…。アンタまさか、また空中に転移するつもりじゃないわよね?」
「えっ!? やだなぁ、まさか、そんなわけないだろ?」
ネリーがジト目でオレに確認をしてきたので、オレは慌てて答える。
浮遊大陸の時のことをまだ覚えていたらしい。
『アカシャ…、座標変更だ』
『かしこまりました。第2候補だった世界樹の根本に座標を変更いたします』
くっ。ボミューダサークルを外から見た光景と中から見た光景のギャップに驚いてもらう作戦は失敗だ。
ネリーは勘が良すぎる。
「ガッ!!!」
「今度置いていったら許さないって」
「あの時はマジですいませんでした…」
ネリーの肩にいるミニドラに釘を刺され、浮遊大陸の時に忘れていたことを謝る。
本当にごめんよ。
大丈夫、今回はバッチリだ。
「なんだか不穏な会話をしているけれど、信じているからね。頼むよ!」
妖精女王から、ちょっと切実な感じで懇願された。
「ワシ、忘れられたら泣くからな」
…スルティアの生い立ちを考えると、シャレにならねぇ。
『大丈夫だよな、アカシャ?』
『全員範囲に入っております。ご安心ください』
アカシャさんが言うなら間違いない!
これで大丈夫!
「大丈夫! ちゃんと全員範囲に入ってることを確認した! 行くぜ、"集団転移"!!」
集団転移の魔法を使った瞬間、新鮮な空気と流れる風を感じる。
目の前には、文字通り天まで届く巨大な樹の幹だけが映っていた。
「うわぁ…」
アレクの圧倒されたような声が聞こえる。
幹の直径が3キロメートルくらい、高さは10キロメートルくらいあるんだ。
そりゃ圧倒もされるよな。
デカすぎる。
オレは空を見上げた。
青々と生い茂った葉の量の割には、オレ達がいる地上までしっかり太陽の光が届いて、明るい。
世界樹の魔法によるものだ。
妖精達は感極まり過ぎて、皆無言で泣いている。
「んん?? 急に現れたから何かと思ったら、こないだ来た小僧じゃないかい。しかも、今度はたくさん連れて来おって…。お前、アタシの隠蔽を何だと思っとるんだい!」
巨大な樹から、しわがれた声が聞こえてきた。
世界樹の婆さんの声だ。
ちょっと怒っているかもしれない。
婆さんって言っても、声の感じからオレがそう呼んでいるだけ。
見た目はあくまでも、とてつもなくデカい樹だ。
「まぁまぁ、そう言わないで。ほら、前にもあげたとっておきの土、今回はもっとたくさん持ってきたから」
「ほう。それなら仕方ないね。許してやるよ」
世界樹が欲している栄養素は知っているからね。
それをたっぷり仕込んだ土を用意してあるのだ。
名付けて、世界樹スペシャル。
その味を知っている世界樹は即落ちした。




