第71話 完璧な提案
目の前の黒髪の人間がベイラに散々文句を言われている間、私も、グリゴルもフベルトも、ただただ成り行きを見守るだけだった。
混乱していたからだ。
今、金髪や赤髪の人間達が黒髪の味方をして、ベイラがたじろぎ始めたところで、やっと私は正気を取り戻した。
「待て。待て待て待て。ちょっと待て。当たり前のように話しているけれど、お前達。世界樹の位置を知っているってことがどういうことか、分かっているのかい?」
私は客人達に問いかける。
私が知っている限り、世界樹の位置を知っている者など誰一人いない。
世界樹の元に辿り着くことは、私達アールヴヘイムに住まう者の悲願だ。
極稀に私達が人間に関わることがあるのは、世界樹の情報を集めるために他ならない。
まさか、数少ない例外であるベイラがそれを持ち帰るなんて、何という皮肉だろうか。
「あー…。世界を揺るがす、大発見でしょうね…」
いかにも優等生の常識人に見える金髪の少年が、苦笑いで答える。
「世界を揺るがす大発見など、もう何度もしてるんじゃし、今更じゃろ」
「スルトの上層部とかはあんまり驚かないかも」
金髪に対して、一見すると人間に見える、長い銀髪の女は軽い調子で言う。
それに同意するような赤髪の少女。
世界を揺るがす大発見を何度も?
……思い当たる節はあるね。
「もしかして、何年か前に『罠のダンジョン』が解放されたのや、一昨年から浮遊大陸が飛び回ってるのも、あんたらの仕業かい?」
妖精郷から出ない私でも知っている、確実に騒ぎになったであろう事件を引き合いに出す。
「『罠のダンジョン』はセイの単独犯なの」
「おい。人を犯罪者みたいに言うなよ」
ベイラの言いように、黒髪の少年が突っ込みを入れる。
本当にどちらも、こいつらが関わっているらしい。
「世界樹の加工法といい、あんたら、何者だい…?」
戸惑いを隠せず、私は聞いた。
「ようやく自己紹介ができますね。スルト国男爵、セイ・ワトスン。事情通です」
黒髪の少年が、いたずらっぽく笑って言う。
事情通ってなんだい…。
「スルト国ズベレフ公爵家嫡男、アレクサンダー・ズベレフです」
「スルト国トンプソン子爵家嫡女、ネリー・トンプソンです」
「スルト国の国母にして『不死者』、スルティアじゃ」
「ガッ!」
金髪の少年、赤髪の少女、銀髪の女、赤髪の肩にいる賢そうなピンクのドラゴン?が、それぞれ続いて自己紹介をしていく。
……スルティア?
私の想像が合っていれば、この女の存在も世界を揺るがす大発見なのだけど…。
気づかないフリをしておこうかね…。
「名乗るのが遅れてすまなかったね。妖精郷アルーヴヘイムの女王、ベアトリーチェだ。私達妖精は、世界樹のこととなると我を忘れてしまうんだ。許しておくれ」
私も自己紹介をして、頭を下げた。
冷静になってみると、ずいぶんと失礼なことをしてしまった。
今も冷静かどうか、自分自身よく分からないけどね。
「仕方ありませんよ。妖精は元々、世界樹から生まれた存在。そのつながりから、世界樹のことを強く意識するのでしょう。ちょっと想像以上でしたけど」
黒髪のワトスン少年が、淡々と喋る。
「伝承ではそうなっているけれど、なぜあんたがそれを知っているんだい?」
「言ったでしょう? 事情通なんです。数千年前、外の世界を見たいといって『世界樹の庭』から飛び出した妖精達がいた。あなた達はその末裔です」
ワトスン少年は私の問いに対しては明確に答えず、代わりに私も知らなかったことを喋り始めた。
たぶん、この子は神に愛された能力者だね。
そうでなければ説明がつかない。
私はベイラをちらりと見る。
「セイがそう言うなら、そういうことなの」
私の意図を察したらしいベイラが、ワトスン少年の言葉の信憑性に太鼓判を押した。
その発言からは、確かな信頼を感じる。
ベイラはバカだけど、性根は曲がっちゃいないし、人を見る目はある。
ベイラが連れて来た人間達を招き入れた理由でもあるけれど、言葉も信頼して良さそうだね。
「ベイラが言うんだ。あんたの言葉を信用するよ。詳しく話しておくれ。一緒に『世界樹の庭』に行くってことについて」
私はワトスン少年の目を見てお願いした。
少年はにっこりと笑って頷き、話を始める。
「そこに住まう者達に『世界樹の庭』と呼ばれる島は、ここからずっと東の海上にあります。私達はそこにいる世界樹との友好のため、あなた達を紹介したい。あなた達も世界樹の元に行きたいと思っていたはずです」
だから、一緒に行きたいということかい。
「あんたが嘘を言っているとは思わないけどね、私達は過去にあらかた調べたんだよ。空から調べたんだ。間違いなく、東の海上には世界樹どころか島すら無かったはずだよ」
私達妖精は永い時を使って世界樹を探していた。
伝承で、どこかの海上にあることだけは分かっていた。
極稀に世界樹の枝が見つかるのが常に海岸であることも、それを裏付ける証拠だった。
どうしても帰ることができなかったという一文から、何か理由があることは想像できたけれど、この人間はそれを知っているというのかね。
「ボミューダサークルと呼ばれる海域があることはご存知ですか? あれは、世界樹が施している偽装による影響なんですよ。光学迷彩、地磁気異常、空間湾曲、まぁ色々あるんですけど、外から見るとちょっと不思議な海域にしか見えない」
その海域は知っている。
迷うというほどではないけれど、通過時になぜか認識と少し進路がズレていたりする時がある海域だね。
「そこに世界樹があるっていうのかい。一緒に行くってことは、私達ごと行く手段があるってことだね?」
私の問いに、ワトスン少年は困ったように笑って頷く。
な、なんだい、今更行けないとでも言うつもりかい。
ここまで聞いて行けないとなると、落胆してしまうよ。
「行く手段は問題ないんですが、人選がね…。ベイラのせいで、アールヴヘイムの誰もがオレ達の動向に注目してるでしょう? 10人くらいしか連れていけないって言ったら、問題が起きそうだなぁって…」
「ワシは絶対に連れて行ってくだされ」
「私もお願いいたします!」
ワトスン少年が困ったような顔をした理由を話すと、すかさず宰相と兵士長が同行をねだった。
私も当然、絶対に連れて行ってもらう。
しかし、なるほど。こうなることが問題と思ったわけだね。
民達にも後で話すって約束しちまったし、隠しておくことはできないね。
私は少し考えて、1つ手っ取り早い方法を思いついた。
「明日1日だけ、待ってもらえるかい?」
「え? ええ。大丈夫ですよ。解決策があるのですか?」
私の要望に少し戸惑いながらも頷いたワトスン少年は、選定の手段が気になったようだ。
「闘技大会を開く! 勝ったヤツが世界樹行きの権利を得る。これで後腐れなしだよ!」
「そ、そうですか…」
「望むところじゃ」
「うむ。分かりやすいですな」
「あたちは行くこと決定だけど、いい提案だと思うの」
ワトスン少年の反応はなぜかあまり良くない気がしたけれど、宰相と兵士長とベイラの反応は良かった。
妖精の反応が良ければ問題はないだろう。
どうせ私の次の王もこうやって決めるんだ。
私は自分の完璧な提案に、ニンマリした。




