第70話 妖精との交渉
「それで? あの世界樹の杖、どうやって手に入れたんだい? あれをベイラが持っているなんて、本来有り得ないはずなんだよ」
オレ達を城へ招いてくれた妖精女王は、ボロボロの服を着替えた後、すぐに客間に現れた。
形式を整えるとか、そういう気は全くないようだ。
扉を開けて入ってくるなり、席に着くまでの時間も惜しんで話し始めた。
いや、自己紹介くらいしない?
他の妖精達に比べれば落ち着いているように見えたけど、妖精女王も相当焦ってるなぁ。
「まぁまぁ、まずはお座りください。落ち着いて話しましょう。ご挨拶をさせてください」
オレは苦笑いをしながら、妖精女王に席に着くように促した。
オレ達の正面に、席が用意されてるだろうがよ。
妖精女王は席に向かって飛んできてはいるけれど、その最中ですら話したいというのは、急ぎすぎにもほどがある。
「世界樹の杖は伝説の存在です。現存するという噂はありましたが、誰もどこにあるかすら掴めていませんでした。枝はごく稀に見つかるのですが、加工法が失伝しており…」
「そういうことだ。実質、世界樹の杖を手に入れる方法なんて存在しないはずなんだよ。どういうことなんだい?」
宰相のグリゴルさんの場をつなぐような話を、乱暴に席に着いた妖精女王が引き継いでまとめた。
オレの話はスルーかい。
一刻も早く聞きたいという顔だ。
もう、自己紹介は後ででいいか。
それならばこちらも、これ以上もったいぶるつもりはない。
「実は、失伝していた加工法を再発見したんですよ」
「本当かいっっ!?」
答えを話すと、妖精女王は食い気味に問いただしてきた。
座ったばかりの席から立ち上がっている。
宰相も立ち上がってるし、後ろに控えていた兵士長は、妖精女王と宰相の間に顔がくるほどに前のめりになっていた。
『ベイラを見て、妖精の世界樹に対する感情を上方修正しておりましたが、足りなかったと反省しております』
『いや。"枝"への反応はここまでじゃなかったし、読めないだろ。仕方ないよ』
アカシャが念話で反省を述べてくる。
さすがにここまでとは思わないよね。
まさかベイラの反応が、妖精の中では小さめだったとは…。
少なくともアカシャは悪くない。反省するとしたらオレの方だ。
感情を読むのはオレの担当だからね。
妖精郷に世界樹の枝は2本ある。
でも、それは国宝として大事に保管されているだけだ。
ごく稀に展示されることがあっても、多くの見物客こそ出るものの、ベイラ世界樹の杖ほどの熱狂は無かった。
その辺りの情報を知っていたからこその、想定外。
この後の提案で不都合が出たり、暴動が起きたりしなければいいけど…。
そんなことを考えつつ、慎重に言葉を選ぶ。
「ええ。私達はその情報をお渡しする用意があります。もちろん、交渉次第ではありますが…」
「何が欲しいんだい? 言ってみな」
妖精女王は、かなり食い気味に続きを促してくる。
とはいえ、ようやく予定していた流れに合流できた。
隣に座るアレクが懐から羊皮紙を取り出し、妖精女王に差し出す。
妖精女王はその羊皮紙を手に取り、軽く目を通して怪訝な顔をした。
「土といくつかの植物の種に、苗…。人間のあんたらがこれを欲しい理由は分かるけれど、いいのかい? ベイラから聞いてるだろう。私達からすれば、これは大したものじゃないよ。もっと吹っかけることもできたはずだ」
妖精側からすればいいのはずだけど、妖精女王はフェアなのか、何か裏がある条件と思ったのか、納得いかなかったらしい。
この対価を求めた理由を聞いてきた。
「いいんですよ。私達はこれからもアールヴヘイムと交流をしたいと思っています。足元を見るような交渉はしません。とはいえ、決して安売りもしていませんが」
オレは笑顔で答える。
1度の取引で大きく儲けるより、永く続く取引で儲け続ける方が利益が大きい。
それにオレ達から見ると、対価に求めたものは全て、いくら情報や金を持っていても手に入らないものだ。
正確には、アカシャの力と空間魔法を使えば盗めるだろうけど、そういう悪いことはしない。
妖精が住み着いた土地の土はとても肥え、その場を離れてもしばらくはその効果が続く。
妖精達が育てる植物は品種改良が行われ、同じ作物でも別格に美味いものができあがる。その種や苗の価値は極めて高い。
特に種や苗をもらうことは、将来交易したときのアールヴヘイムの輸出に影響が出る可能性がある。
作物をもらうこととは訳が違うのだ。
価値観はそれぞれの立場で違う。
妖精達にとっては大したものではなくとも、オレ達にとっては十分に価値がつり合うものだ。
「ふーん。そうかい。そういうことなら、いいだろう。私達はこの紙の通りのものを用意する。代わりにあんたらは、私達に世界樹の枝の加工法を教える。交渉成立だ。面白くなってきたよ!」
妖精女王はニヤリと笑って、その場で立ち上がる。
今にも動き出しそうな雰囲気だ。
宰相や兵士長もそわそわしている。
妖精は世界樹が絡むと、とてもせっかちだ。
「なんじゃ、話はまだ終わっておらんぞ。次に話すのはワシの番なのだ。少し落ち着け」
「申し訳ありません。この子の話し方が少し無礼なのはご容赦ください。事情があるのです」
スルティアが妖精達がさっそく動き出そうとしてるのを止めると、すかさずネリーがスルティアの言葉遣いに対してフォローを入れる。
事情というのは、スルティアが慣れない言葉で緊張しながら話すとろくなことがないという、残念な話だ。
「構わないよ。そういや、あんただけ人間じゃないだろ? 気になってはいたんだよ。で、話っていうのは?」
やれやれといった感じで、妖精女王が再び着席する。
スルティアはそれを見て、ご満悦な様子で話し始めた。
「うむ。これを機に、友好関係を結びたい。まずは我々だけとでも良い。お互い自由に行き来し、交易できるようにしたい。昔は、多少なりとも交流があったじゃろう?」
「いったい、いつの話をしてんだい。人間は欲深くてね、嘘もよく吐く。できるだけ関わらないようにしてるのさ。まぁでも、あんたらはベイラが懐いてるようだからね、あんたらだけなら構わないよ」
スルティアの話にツッコミを入れながらも、妖精女王はオレ達と友好関係を結ぶことを良しとしてくれた。
「おお、そうか! 感謝するぞ! くっくっく…。では、決まりだな! 友好の証として、共に往こうではないか! 『世界樹の庭』へ!! よいじゃろ、セイ?」
「ああ。"友好を結べれば行こう"って話だったからな。行こうぜ!」
スルティアはノリノリで話した後、急に不安になったのかオレに話を振ってきた。
満面の笑みで、それに答える。
足を延ばして、世界樹ツアーもやっちまうぜ!
「は? え…? 何だって?」
妖精女王が、まるで急に耳が遠くなったような仕草をする。
その直後、アカシャから報告が入った。
『うるさくなります』
アカシャの念話はそれだけだったけれど、ちゃんと伝わった。
客間の扉が大きな音を立てて開かれ、やっぱりというか、ベイラがスゲー勢いで飛んできた。
「セイっ! よくも、あたちを生贄に捧げたの! いや、それは百歩譲って許すの! やっぱりお前、『世界樹』の位置知ってたな! なんで、あたちにだけ黙ってたのー!?」
魔法でこっそり客間の会話を聞いてたベイラが、オレに絡んでくる。
いや、そりゃあさ…。
こうなるからだよ…。
お前絶対、すぐに連れてけって駄々をこねるだろう?




