第66話 戴冠式
今日はスルト王となるミロシュ様の戴冠式だ。
スルト王城には、招待した大陸中の国の貴賓達が訪れていた。
招待した全ての国が参加している訳ではないけれど、かなりの国が参列している。
浮遊大陸の発見や、飛空艇をはじめとした完成した魔導具の開発、立て続けての戦争での勝利など、飛ぶ鳥を落とす勢いであるスルトの情報を少しでも手に入れておきたいという思惑が強かったからだ。
何しろ、スパイが全く帰ってこないからね。
上層部が直接情報を手に入れられる機会があれば、来たくなるだろう。
そしてスルトも、今は情報を与えるべき時と考えている。
お互いの思惑は一致していた。
ただし、全ての情報はスルトがコントロールしている。
スルトが主導しているイベントなので、他国もそれは百も承知で来ているのだけど。
その情報コントロールの精度を知るものは、他国には誰もいない。
「ふふ。素晴らしい。これなら一方的に、好きなだけ他国の反応が見られます」
「録画…いや、後から好きな場面を繰り返して見ることもできますよ。ニブルの恭順にいい意味で興味を示してそうな国があったら教えてください」
オレ達は戴冠式に参加していなかった。
浮遊大陸の領主館の地下、スルティアのダンジョンの1室にオレ達はいる。
そして、本来真っ白な壁で囲まれたその部屋では、戴冠式が行われているスルト王城の玉座の間を完全再現した立体映像が映し出されていた。
音声も含めて、リアルタイムで完全再現されているのだ。
つまりオレ達は今、玉座の間にいないのに、まるで玉座の間にいるかのような状態になっている。
「頭が混乱するの! 触らなきゃ本物にしか見えないの!」
玉座の前に跪くニブル王に対して恭順を認め、ニブルの本領を安堵することを認めたミロシュ殿下。いや、もうミロシュ陛下か。
その2人の厳かな様子を全く無視して、2人の映像を突き抜けるように飛び回るベイラ。
「映像や音声も情報か…。本当に何でもありじゃな、お主」
「何でもはできないよ。むしろ、スルティアこそダンジョン内では何でもありじゃね?」
あきれたような声を出しながら、他国の貴賓達をなめるように見るスルティア。
オレも同様に貴賓達をよく観察しながら、おどけた調子で返す。
実際、スルティアは王城ではなく学園で戴冠式を行っていれば、全く同じことができるし。
「無駄口叩いてないで、ちゃんと見てなさいよ。私は嫌よ、何度もこの映像見返すの」
ネリーがオレ達に対して注意をしてくる。
確かに、何度も見るのは面倒くさい。
でも、ベイラみたいにやる気を失う気持ちも分かる。
今回の戴冠式では戴冠の儀式の後に、ニブルがスルトに恭順を示してスルトがそれを認め条約を結ぶという段取りだ。
これは他国にとってはサプライズである。
本領安堵な上にニブルがスルトに納める税は安く、軍事的にも結果的にスルトに守って貰えるのと変わらないような条件であることを見せつけるためのものだ。
周辺国の侵略に怯える小国などは、実利だけみれば自国も恭順を考えたくなるような内容になっている。
オレ達は恭順を考えてくれそうな他国を見つけるために、反応を観察しているのだった。
魔法が使えない王城ではなく、確実な安全圏で。
戴冠式で自国を滅ぼす覚悟でバカやるヤツはいないだろうけれど、念のためにね。
それに、ジョアンさんの存在とかはまだ隠しておきたいし。
この方法なら、じろじろ見ても誰にも何も言われることはないってのもある。
『多くの国が、恭順した方が得であることは一目瞭然です』
アカシャが自信ありという声で言った。
うん。情報が足りていれば、そうなんだけどね。
残念ながら他国の目線とオレ達の目線は同じではない。
「うーん…。でもさ、思ったより上手くいかないよ、これ…。僕の能力なら、ほんの僅かな反応も見逃さないつもりだったんだけど」
アレクがネリーに、ちゃんと見ていたとしても難しいと感想を言う。
アレクの『完全記憶』でも難しいかぁ。
言われてみれば、内心でどう思っていようとも、我が国も恭順したいですって顔に出すようなヤツはいねーよな。
いたら国の代表失格だわ…。
「もちろん、そう簡単ではありませんよ。しかし、今後の他の情報と合わせて総合的に判断すれば見えてくることもあるでしょう。いえ、上手くやれば必ず見えます。今はこれで十分。十分すぎるほどです」
顎髭を撫でながら口角を上げて語るジョアンさん。
全てが上手くいっていると言わんばかりの腹黒い笑みに見える。
それぞれの国の状況とか、戴冠式が終わってからの会話とか、材料はいくらでもあるってことかね。
情報は提供するよ。いくらでも。
恭順に興味ありかもしれないと感じた国は、ヘニルの現状を見せるツアーに誘ってみることにしている。
すぐにではないかもしれないけれど、ジョアンさんのこの様子を見ると、上手くいく国も出てきそうな予感がするね。
仲間集めをして、スルトを豊かにしながら、じっくり待ちますか。
まずはそうだな。
観光もかねて、妖精郷アールヴヘイムにでも行ってみよう。
「ところで、主殿。ヴィーグとの戦争で使った集団転移の魔導具ですが…。あれを使えば、飛び地の領土も管理できますよね?」
……今ジョアンさんが言ったことは聞かなかったことにしよう。
『忙しくなりますが、可能です』
『やっぱり?』
オレはアカシャと念話をしながら、この件からはできる限り逃げようと決意した。




