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第64話 未来が見えている

 ()()は我がヴィーグ軍が見晴らしの良い平原を行軍中に、突如として現れた。


 スルト軍。目算で万を超える軍勢だ。


 バカなぁっ…!!

 索敵は絶えず行ってきた!

 魔力索敵も含めてだ!


 絶対に、絶対にあんな位置に敵がいれば、気付いたはずなのだ!


 まさか万を超えるであろう軍勢を、索敵から隠蔽できるような神に愛された能力スキル!?


 いや、おそらくそれはない!

 奴らが現れてから攻撃は始まった。


 そもそも! スルト軍が出兵したなどという話は聞いていない!

 今、奴らがここにいるということは、10日近く前にはスルトを出たことになる。

 そんなバカな話があるかぁっ!!


 何かが、何かがおかしい…。


 前方遠くに見える光景を見ながら、焦る思考を何とか落ち着けて頭を働かせる。


 すでにスルトの攻撃は始まっており、我が軍は意表を付かれつつも何とか防御魔法で耐えている状況だった。



「王っ!! 前方に突然スルト軍が出現! 距離約300! す、すでに陣形が整っており、攻撃が始まっております!」


「見えておるわ! ひとまずの指示はすでに出した! こちらも陣形を整えるのを急がせろ!」



 大急ぎでやってきた伝令を、すぐに送り返す。


 焦るな。まずは耐える。そして機を見て反撃するのだ。

 予定通りにいけば、何も問題はない。


 陣形を整えるのと同時に、魔力索敵系の能力持ちにはスルト軍の中で高い魔力を持つ者の位置を探らせている。


 理由は当然、()()の存在。


 自らのほど近くで、精鋭に守らせている女に視線を送る。


 戦場に似つかわしくない派手な衣装を纏った若い女。

 似つかわしくないと言っても、オーダーメイドの高い防御力を誇る衣装だ。


 名はリュミドラ。アレの持つ『傾国けいこく』という神に愛された能力は、異性を魅了するという効果を持つ。


 いかに『大賢者』やセイ・ワトスンが強くとも、アレの魅了には逆らえぬ。

 そして、魅了してしまいさえすれば、奴らの強大な力でいつでも形勢はひっくり返せる。


 雑兵ぞうひょうが先にかかることで、奴らにリュミドラの接近を警戒されることが最も大きな不安要素だが。


 大きな魔力を持った者の位置を掴み、素早くリュミドラを接近させ、魅了をかける。


 これで我が軍の勝利だ。


 突然スルト軍が出現したことには驚いたが、焦る必要はない。

 これで良いはずだ。


 何かがおかしい気もするが、儂は、何も間違っていないはずだ。


 リュミドラを見ながらそう考えていた時、リュミドラを守らせていた精鋭3人が、ほぼ同時に上を見上げて目をいた。


 つられて、儂とリュミドラも上を向く。


 ………!! マズい!!!



「リュミドラ!!!」



 儂は声の限り叫んだ。


 人が点にしか見えないほどの上空に、複数の"纏"使いがいる。

 いったい、いつから―――――



「私を上に飛ばしなさい! 今すぐ!」



 リュミドラが声を上げる。


 だが、精鋭達はすでに動き出していた。


 1人は自らとリュミドラの周りに"打消"を。

 2人はその外側に防御魔法を。



「王ーっ!」



 護衛が叫ぶ声が聞こえた。

 気づけば、儂の周りにも防御魔法が展開されていた。


 次の瞬間、世界が真っ白に染まった。


 何かの魔法を撃たれた。

 分かったのはそれだけだった。



「ぼ、防御態勢ー!!」



 儂はすぐに叫んだ。


 だが、すぐにそれが無意味なものだと分かった。


 我が軍の中に、動いている者はほとんどいない。


 辺り一面、人の形をした氷が並んでいた。


 いち早く気付いた我が軍の最精鋭達が必死になって、やっと間に合ったような攻撃。


 大半の者は、間に合わなかったのだ。


 儂の声だけが虚しく響いたのは、残った者の中で儂だけが状況をすぐに理解できていなかったからか…。



「あ、ああ……」



 気の抜けた声が出て、気づけば尻もちをついていた。


 終わった…。



「まだよ! 今度こそ私を上に飛ばしなさい! 早く!」



 そうか、リュミドラ、アレが上空の化け物共に魅了をかけさえされば、まだ…。


 しかし直後、空から2本の巨大な炎の柱がリュミドラ目掛けて降ってきた。


 私は呆然ぼうぜんと、それをただ見ていることしかできなかった。


 いち早く気付いていた精鋭達は、リュミドラを上に飛ばすどころではなく、何とか"打消"でそれをしのぐ。


 だが敵の攻撃はそれだけではなかった。


 同時に、上空から急降下してきた炎を纏ったドラゴンが、その爪でリュミドラを狙っている。



「させるかぁ!! …なに!? ぐっ! に、逃げろリュミドラぁぁ!」



 リュミドラの護衛のうち、"打消"を使っていない最後の1人が炎を纏ったドラゴンを止めに入ろうとして、無数の炎の玉に邪魔されてしまう。


 やはり"打消"で対処するも、その一瞬の隙にドラゴンは横を通過していった。


 "纏"は、"打消"では消せない。



「いや、いやあぁぁぁぁ……!!」



 護衛から逃げろと言われて、すぐに背を向けて逃げようとするリュミドラ。


 護衛達も必死になって、自らの"打消"の光の中からリュミドラ目掛けて防御魔法を展開する。

 いや、先程まで儂の護衛をしていた者すら、いつの間にかリュミドラに手を向け、防御魔法を展開していた。


 そこでまた、有り得ないようなことが起きた。


 ドラゴンが"打消"を使いおったのだ。


 リュミドラの周りを"打消"の緑色の光が包み、全ての防御魔法が消え去った。


 儂だけではあるまい。

 今度こそ、ヴィーグ軍の全員が、終わりを悟った。


 そして炎を纏ったドラゴンは、一瞬のうちに距離を詰め、その爪でリュミドラを切り裂いた。


 リュミドラは痛みを感じる間もないほど、一瞬で燃え尽きた。



「あなたのせいで、ヴィーグの国内はメチャクチャよ。ごめんなさいとも許してとも言う気はないわ…」



 少ししか聞き取れなかったが、子供の声がした。

 ここで初めて、儂は炎を纏ったドラゴンの首の付け根辺りに、少女が乗っていたことに気付いた。


 あれが、ネリー・トンプソン…! 『傾国』の能力が効かない、最も警戒していた者に、まんまとしてやられたのだ。


 完全に、リュミドラを狙い撃ちされていた…。


 儂は尻もちをついたまま、僅かな時間のうちに起こった出来事を、ただ見ていることしかできなかった。


 残った我が軍の魔法兵達が、膝から崩れ落ちていく。


 儂はその姿を、()()()()()()()()()()()()眺めていた。


 スルト軍は全く無傷と言っていい状態のはずだが、これ以上の攻撃を仕掛けて来なかった。


 そのことも疑問ではあったが、もっと大きな疑問が儂の頭を埋め尽くしていた。


 どうして、儂はスルトに勝てると思った!?


 リュミドラがいたのだ。勝てる可能性はもちろんあった。

 しかし、どれだけ勝てる可能性があるというのだ?


 成算せいさんも分からないのに、全軍を投入し儂自ら出陣?

 いや、当時の儂は勝てる確信を持っていた。


 なぜだ!?


 これは負けたからの反省ではない。

 ただの疑問なのだ。


 どうしてそういう思考になった…!?


 取り返しの付かない光景を呆然と見ながら、ただそれだけを考える。



「『傾国』持ちが()()死ぬと、こうなるんだな。()()()()()()よ」


「投降せよ。さすればこおった者も含め、命だけは助けてやろう」



 子供と、老人の声。

 上空にいたスルトの精鋭と思われる者達が、高度を落として我々に語りかけてくる。


 ……! 


 そうか…。儂もリュミドラの魅了に、かかっておったのだな…。


『傾国』の魅了にかかった者は、そのことに疑問を抱かない。

 そんなことは分かっていたはずなのに、自分や周囲が魅了にかかっていることに疑問を抱けなかったのか。


 暴挙とも思える儂自らの出陣も、おそらく『傾国』の効果範囲から長く離れることを防ぐため…。



「投降する!! ヴィーグ全軍、武装を解除しろ! 抵抗は禁止する!」



 儂は震える膝を手で支えながら立ち上がり、声を上げる。


 スルトはもはや我らを皆殺しにすることすら容易たやすいはず。

 だからこそ、真偽判定がなくとも発言は信用できるだろう。



「初めまして。ヴィーグ王。セイ・ワトスンと申します。迅速な判断、感謝いたします。さっそく、簡単な戦後交渉を願います。時間は10分。12分後からは氷漬けの兵達に助からない者達が出てきます」



 儂の前に上空にいた者達が次々と着地していく。


 その中で、黒髪の少年が一歩前に出て、儂に話しかけてきた。


 此奴こやつがセイ・ワトスン…。


 すぐ後ろにいる『大賢者』や『賢者』と思われる老人達を差し置いて、なぜこの少年が交渉役となるのかは謎だ。


 しかし、この少年の茶色の目を見ていると、不思議とそれが正しいことのように思えてきて、儂はごくりとつばを飲み込んだ。




 その後、ほんの僅かに話しただけで、なぜこの少年が交渉役なのか理解した。


 セイ・ワトスンは、恐ろしいほどにヴィーグに詳しかった。

 王である儂よりも。



 後の本格的な交渉も含め結果的には、交渉とは名ばかりの、スルトの要求を全面的に飲む形になった。


 しかしそれは、以前スルトに破れたヘニルよりは重いものの、完膚なきまでに叩きのめされた敗戦国としては明らかに軽い条件だった。


 なぜそのような条件となったか、それもさらに後に分かることとなった。


 セイ・ワトスンは『情報支配』という神に愛された能力を持つらしい。


 情報を支配している奴には、未来が見えている。


 そうとしか思えない未来が、やってくるのだ。







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― 新着の感想 ―
[気になる点] 王呼びのせいで微妙に間抜けな文章になってるかも? 陛下とかちゃんと使った方がよさそう。
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