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第22話 盗賊団のゴリラ 後編

 火の魔法が落ちてきてしばらく。


 クソ盗賊共は少し場所を変えて再び野営を始めたの。


 襲撃されてすぐは犯人探ちなどで慌ただしかったけど、今は落ち着きを取り戻している。


 50人くらいいた大盗賊団が一気に10人以上減ったのに動揺が少ない。


 たぶん、カシラと呼ばれるゴリラがほぼ無傷だったからだと思うの。


 はっきり言って、この盗賊団はゴリラ以外は大ちたことないの。


 手下達はゴリラの異常な強さに乗っかって、おこぼれにあずかろうとするクズ。


 ゴリラ自身の手でいたずらに殺されたりすることもよくあるみたい。


 何人死のうと影響なんてなくて、また気付いたら集まってくる。


 そんな奴ら。


 だから、ゴリラさえ死ねばこの盗賊団は死ぬし、逆にゴリラが死ななければ他が何人死んでも盗賊団は死なない。


 そして、さっきのとてつもない火の魔法で無傷なら、何をやってもゴリラが死ぬイメージが湧かない。


 無傷と言っても、正確にはちょっと火傷したみたいだけど。


 その火傷すら、普通の人間がちょっと熱湯に触ってしまって少し火傷してしまったというくらいのようなの。


 カシラなら何があっても大丈夫。


 そんな空気が、クソ盗賊共の間に流れていることが一目瞭然なの。



「あんなの、あんなの無理なの。何ちても殺せないの。お願い妖精女王。もう、あたちのことは放っておくの」



 鳥かごの格子を掴んで、誰にも聞こえないように独り言を呟く。


 あんなに強い魔法を食らった後に、もう何もなかったかのように再び寝る準備をしているクソ盗賊を見ていると、やるせなくて涙が出てくる。


 絶望の涙。


 あたちの心は、もう、折れてしまったの。



「ぎゃはははは! さっきのがどこのどいつか知らねぇが、俺様に恐れをなして逃げ帰ったらしい」


「さすがお頭! 一生付いていきやす!」



 遠くに聞こえる耳障りな笑い声が許せないのに、何もできない。


 あたちは鳥かごの格子を掴んだまま座り込んで、涙でかすむ視界でぼんやり外を眺め続けた。





 もう涙も枯れ果てたと思った頃。


 それは起こった。


 一瞬世界が全て真っ白になったの。


 何が起こったのかと思うと同時に、大気をふるわせるような凄まじい轟音ごうおんが鳴り響いて、思わず身をすくめてちまったの。


 たぶん、雷。


 落ちたところが近すぎて、稲妻さえ見えなかったけれど。


 そして、落ちたところはきっと…。



「ふざけやがってクソがぁ!! 絶対に偶然じゃねぇ。魔法だ! どこから撃ってきやがった! 探せぇぇぇ!!」



 やっぱり、ゴリラの元に落ちたみたい。


 ものすごい怒声が聞こえてきた。


 妖精女王。逃げて。


 どうちて来てしまったの。


 来てくれたのはうれちいけれど、あのゴリラきっと今回も無傷なの。


 見つかったら、絶対殺されるか捕まっちゃうの。


 光でおかしくなった目がまともに見えるようになってきたので、状況を見渡してみる。


 激昂しつつ辺りの様子をきょろきょろと見回すゴリラ。


 ゴリラの周りで巻き添えを食らったのだろう、倒れている手下が数人。


 火の魔法のときより手下の被害が少ないのは、雷の魔法の方が範囲が狭いからか、念のためゴリラから離れて寝ていた手下が多かったのかちら。


 倒れていない手下達も辺りを見回ちている。



「あれだけの威力の魔法だ。遠くから撃ってるはずはねぇ。近くにいるはずだ! てめぇら、散らばって探しに行け!」



 その場で辺りを見回すばかりで、足を使って探す気配のない部下達にゴリラが改めて指示を出ちた。


 余計なことをするの。


 せっかく、クソ盗賊共はビビって動けないのに。



「しかし、お頭、俺達じゃ見つけたところで殺されるだけなんじゃ…」


「あぁ!?」



 ゴリラの近くにいた部下の一人が意見すると、ゴリラは低く唸るような声を出して、その部下に近づいていった。


 あたちは次に起こることが想像できてしまって、思わず目を伏せた。



「ぎゃああっっ!!!」



 ゴリラに意見した盗賊の悲鳴が聞こえる。


 少し経ってそっと顔を上げると、ゴリラだけが血溜まりの上に立っていた。


 あわれなの。


 真っ当に生きていれば、こんな理不尽な死に方なんてしなかっただろうに。



「よぉ、てめぇら。今、俺様に殺されるか、犯人を見つけてられるまえに俺様を呼ぶか、どっちがいいんだ!?」



 血溜まりの上でゴリラが吠えると、部下達は悲鳴をあげながら散っていった。



「やっと寝付けたと思ったら、すぐさま襲って来やがってクソが!」



 部下達が散っていくのを見送った後、悪態をつきながらゆっくりとこちらに歩いてくるゴリラ。


 明らかにイライラしている様子のゴリラに、あたちは何となく違和感を覚えた。



「おい、チビ妖精。もう一度聞く。襲撃者に心当たりはねぇのか? 嘘を言えば殺すぞ」


「あたちはチビじゃないの。妖精の大人はみんなこんなものなの。お前がでかすぎるだけよ」


「答えろ! 殺されてぇのか!」



 ゴリラが激昂する。


 やっぱりおかしいの。


 さっきはもっと余裕だったのに。どうちて?



「殺したければ殺せばいいの。それに、さっきも言ったけれど、あたちは知らない。あたちの知ってる強力な魔法使い達は、こんな襲撃の仕方はしないの」


「どういうことだ?」



 ゴリラはしゃがんで、あたちの入っている鳥かごに視線の高さを合わせた。


 あたちとゴリラの目が合う。


 あ、もしかして…。


 気付いてしまったかもしれないの。


 ゴリラが余裕をなくした理由。



「2回の襲撃が同じ人物だった場合、普通魔法を2回に分けるなんてことはしないの。1発にすべての魔力を込める」


「今より強い攻撃ができたのに、あえてしなかったってか。ま、例え倍の威力の魔法だったところで大したダメージはねぇけどな」



 今言ったことは本当。


 妖精女王が来てくれたなら、最初の1発に全力を込めて、もう一度来るとしても魔力が全回復してからだと思っていたの。


 どうちてこんな中途半端なことをするのか、あたちには分からない。



「単純にさっきの魔法と今の魔法を別々の人が使っただけかもしれないの。あたちにはその方がしっくりくるわ」



 これは半分だけ本当。


 あたちは妖精女王が来てくれたと思ってるけど、考え方としてはこれが1番理屈に合う気がするの。



「どこのどいつが襲ってきたかも分からねぇのに、2人以上いるかもだと? 1人探すのだって面倒なのによ」


「どうせ大したダメージはないんでしょ? 無視すればいいの。 あんたは部下が何人死のうと気にしないでしょ」


「…ふん。飛んできた羽虫はむしは叩き潰すのが俺様の流儀だ」



 少し歯切れの悪い言葉を残してゴリラは去っていった。


 自分も襲撃者を探しに行ったようなの。


 あたちは、ほぼ確信した。


 ゴリラの異常な丈夫さの秘密。それはたぶん、身体強化の魔法だ。


 ゴリラは神に愛された者なのだろう。きっと肉体を強くする感じのスキルだ。


 それを身体強化の魔法でさらに強化してるに違いない。


 さっき、ゴリラの目に魔法陣が浮かんでるのを見てピンときたの。


 それで、身体強化の魔法が途切れてる寝込みを襲われるのを嫌がってる。


 …あれ? でも実際に寝込みを襲われてるのに、ダメージ全然ないんだけど。


 まぁ、でもきっと合ってるの!


 もし生きて妖精女王に会えたら、この重要情報を教えてあげるの。





 その後クソ盗賊共がどれだけ探しても、襲撃者を見つけることはできなかったようなの。


 当たり前なの。


 妖精女王が来てくれたなら、きっと空に逃げてるから。


 最初の火の魔法も、空から放たれてた。


 ゴリラ達は寝ずに襲撃にそなえてたけど、もう夜が明けるまで襲撃が来ることはなかった。


 ゴリラは怒り狂って部下の1人を半殺ちにしてたの。


 夜が明けた後、クソ盗賊共は次の襲撃予定の村への移動を再開した。


 ゴリラを含めて全員が襲撃を警戒しつつ移動していたけど、襲撃は起こらなかったの。


 休憩時間までは。


 休憩時間に用を足しに行った部下が1人殺されていたらしい。


 後ろからナイフで一突きだったとか。


 ナイフで一突き!? それは絶対妖精女王じゃないの!


 魔法は妖精女王で、今回のは別の誰かなのか、どちらも妖精女王ではないのか。


 もう何が起こっているのか、あたちにはまるで分からない。





 それから数日は、クソ盗賊共にとっては地獄の時間だったに違いないの。


 用を足しに行くなどで集団から離れれば、必ず誰か死ぬ。


 ゴリラが寝ると大規模な魔法がどこからか放たれる。


 怒り狂ったゴリラに殺されることだってあった。


 もはや睡眠をとろうとするゴリラに近づく者は誰もいない。


 ゴリラはひたすら寝込みを襲われ続けて、ほとんど一睡もしていない。


 誰かが用を足すときは、全員の前で行うようになった。


 さらに酷いことに、盗賊共は最初の襲撃の次の日の夜から何も食べていない。


 用意してあった食料はいつの間にか毒が仕込まれていて、これを食べたものはゴリラ以外全員死んだ。


 ゴリラも食べたけれど、腹が痛くなるくらいで済んだようなの。


 あいつは何をやっても死なないのではないかしら。


 近くで獣などを捕って食べようとしてもいつの間にか毒が盛られているらしく、盗賊共は絶望していた。


 あたちは水だけで生きられる種族で本当に良かった。


 魔法で出ちた水なら安全なの。


 盗賊共の戦意は挫かれ、恐怖に怯え、数も20人にも満たない数まで減ったの。


 今なら分かる。これに妖精女王は関係ない。


 やり方があまりにえげつないの。


 きっと妖精女王なら、あたちの救出を最優先にしてくれる。


 これをやってる誰かの目的は、徹底的なゴリラへの嫌がらせ。


 それしか考えられない。





「殺す。殺す。殺す! 見つけたらすぐにだ! どうして全く見つからない! こっちが完璧に見張ってる時は一切手を出して来やがらねぇ。クソが!」


「お頭…。お頭はともかく、俺達はもうダメです。どこのどいつか知らねぇですが、こいつは悪魔です。どうしたって、殺されるんだ…」


「探せ! 何とかして見つけ出しさえすれば、俺様がそいつを殺して終わりだ!」


「そ、それができなくて俺達はこんなに数を減らしてるんですよ!」



 ある日の休憩中、怒れるゴリラと心が折れてしまった部下の間で口論が始まった。


 もはやゴリラもそう簡単に部下を殺せないほどに人数が減った。


 戦力的には減っても困らない部下達でも、荷物持ちがいなくなると困るらしい。


 そんな口論の中、空から一枚の木の板が落ちてきて、カラカラと音を立てた。



「なんだ!? 襲撃か?」



 ゴリラが空と木の板を交互に見ながら声をあげる。


 空には、もう誰もいないようなの。



「お頭、この木の板、文字が書いてありますぜ」


「文字が読めるやつ、読め!」


「えー。これまでの盗賊行為を悔い改め、二度と盗賊行為をしないと誓え。それが守られれば、襲撃はしない。だそうです」



 まるで口論の内容を聞いていたかのような内容なの。


 こんなことが書いてあれば…。



「お、お頭! お願いします。もう止めましょう! アジトにもう一生分の金を溜め込んでるでしょう? 分け前は一切いらないので、抜けさせてください」


「「お頭ぁ。俺達からもお願いしやす!」」



 心が折られている盗賊共は、口々に盗賊を辞めたいと言い始めた。



「ダメだ! 抜けて逃げようとした野郎は殺す!」


「お、お頭ぁ…」



 生き残れるかもしれないと期待した盗賊共が涙目になる中、ゴリラだけがニヤつき始めた。



「ぎゃはははは! 安心しろ! 分かったぞ。不思議だったんだ。いくら俺様を襲っても意味がないのに、しつこく襲撃してくる目的が!」


「ど、どういうことで?」


「襲撃者は、今向かってる村の関係者に違いねぇ。目的は村を襲わせないことだ。次の村のやつらを皆殺しにしても襲撃が続いたら、そのときは抜けさせてやる」



 ゴリラの推測が合っているかは知らないけれど、次の村の人達が皆殺しにされるのは決まってしまったの。


 次の村まではあと2日ほどかしら。


 誰にも、このゴリラは止められない。




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