第63話 スルト最高戦力
スルト王都を目指すヴィーグ軍が、進軍を開始してから2日目。
午前の行軍が予定通り行われ、現在は昼休憩の準備の最中だ。
「王。索敵に問題なし。行軍は順調です」
「ぐふふ。国境まであと5日、スルト王都までさらにもう5日といったところか」
休憩用に張られた天幕の中で、ヴィーグ王が側近から報告を受けている。
今回のスルトとの戦争には、ヴィーグ王自らが軍を率いて来ていた。
「はっ。ヘニルは行軍途中に『壱天』と『参天』を失ったという噂があります。兵には常に警戒を解くことのないよう厳命しております」
「うむ。特にアレの警護には最大限に注意を払え」
ヴィーグ王は、同じ天幕の中にちらりと目線を向けながら、声のトーンを落として真剣な顔で言った。
「心得ております」
側近も真剣な顔で頷く。
「ぐふふ。セイ・ワトスンと『大賢者』の力が強大なのはよく分かった。だからこそ、スルトは滅びるのだ…」
ヴィーグ王は機嫌よく笑った。
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スルティア学園の敷地内。
昨日準備したばかりの300メートル四方の空間に、ヴィーグ軍と戦うスルト軍の全軍が集まっていた。
兵数は12000。
22000だったヘニルとの戦争の時に比べればかなり少ないが、急いで集めたことを考えると十分に集まったと言えるだろう。
ヴィーグの兵数もヘニルよりは少なく16000だし、今回の作戦に必要な兵数は集まった。
「現在のヴィーグ軍の状況はこのようになる。ヴィーグ王が言っていたアレというのが気になる者も多いと思うが、対処法はすでに決まっている。知っていれば、何の問題ない」
『常勝将軍』ダビド・ズベレフ爺さんが、後ろに投影している映像を見せながら状況を説明している。
もちろん、投影しているのはオレだ。
オレの能力が情報取得能力であることはすでに多くの者に知られた。
だから、今度はその力を見せつけることによって、間接的に裏切りや不正が不可能であることを知らしめておく。
騎士団長など、軍議に参加したメンバーでさえ、未だに冷や汗を垂らしながら説明を聞いていた者もいる。
知らなかった者達は、信じられないものを見ているかのように大口を開けながら説明を聞いていた。
「ここからは、この情報を踏まえ、こちらがどのような作戦行動を取るかを説明する。…先に言っておく。情報を制した時点で、スルトの勝ちは決まった! しかし、完全勝利になるかは貴様ら次第だ。心して聞け!」
ダビド爺さんがビシッと胸を張って、拡声魔法がいらないほどの大声で喋った。
兵達の目に気合が入っていくのを感じる。
さすが『常勝将軍』。信頼がある人は、説得力が違う。
全ての説明が終わり、ほぼ準備も完了し、ついに出陣の時が来た。
説明の内容があまりに今までの常識とかけ離れているために、本当にそんなことができるのかと疑っている者もいるようだ。
それは仕方のないことだけど、実際に体験すれば解決する問題だから、これ以上の説明は不要だ。
「"氷纏"。くっくっく。腕が鳴るのぉ…」
臨戦態勢に入った『賢者』ロジャー・フェイラーが、戦闘狂らしく笑う。
「"氷纏"。久々にぶっ放せるの」
「"氷纏"。作戦を忘れないようにね、ベイラ」
「"竜炎纏"。私の役目、重要なんでしょ? 緊張するわ…」
「"氷纏"。ネリーなら大丈夫だって。負担を押し付けて悪いな」
ベイラ、アレク、ネリーとミニドラ、そしてオレがそれぞれ戦闘準備を整える。
「"炎纏"。…ワシの役割、地味じゃね?」
「"炎纏"。お曽祖父様! 不謹慎ですよ!」
『大賢者』ラファエル・ナドルと、その曾孫ミカエルも戦闘準備を終えた。
このメンバーは第2陣。今回の作戦の中核を担う部隊だ。
『ヴィーグ軍は午後の行軍中。警戒度は想定内。作戦成功率99%以上』
『準備完了のようじゃな。第1陣は30秒後に飛ばす』
アカシャとスルティアからの念話が来たので、オレは手を上げて『常勝将軍』の爺さんに合図をする。
「征くぞ、貴様ら! 10秒前よりカウントダウンを行う!」
爺さんの号令を受けて、オレ達以外の全軍が戦闘態勢を取る。
事前に300メートル四方の空間内で陣形を整えた兵達は、前方からの攻撃に備え、一般兵は盾の魔導具を構え、魔法兵は防御魔法の準備を整える。
事前に話していた通りに、彼らから必要な魔力が抜き取られたことで、気合を入れ直した者もいるようだ。
オレ達は範囲に入らずに、外からその光景を眺めている。
「…3、2、1、0!」
『"集団転移"』
ダビド爺さんのカウントダウンが終わった瞬間、スルティアが"集団転移"の魔法を使った。
300メートル四方の地面が淡く光り、その中にいた兵達が音もなく転移していった。
「すぐに飛ぶぞ」
続けて転移すべく声をかけ、オレ達も範囲内に入る。
仲間内以外にはあえて言っていないことだけど、これは地面に仕掛けた巨大な魔導具。
言えば、こっそり掘り起こしにくるバカが現れそうだからね。
言わなくてもいずれ確実に現れるだろうけど。
能力も実力も、必要以上に隠さないことにしたということは、何でもアリになったということだ。
今回の、いや、これからの戦争では、いつでもこの機能で奇襲をかけることができる。
アカシャの情報を得ながらこれを使えば、鬼に金棒だ。
あえて弱点があるとすれば、転移分の魔力が減った状態で戦いが始まることくらいか。
『ゆくぞ。"集団転移"』
スルティアの念話が聞こえた次の瞬間、オレ達はヴィーグ軍の上空に転移した。
下のヴィーグ軍は、突然正面に現れたスルト軍に驚いて大混乱に陥りながらも、何とか戦闘態勢を整えて前方への攻撃を行おうとしているところだった。
上空は索敵やアレの範囲外。
前方に注意を向けさせるミスディレクションによって、すぐには気付かれにくい状況を作った。
上空にいるのはスルト最高戦力と言っても過言ではないメンバーだ。
氷を纏っている学園長、アレク、ベイラがそれぞれ、オレが纏っている氷に、自身の氷をくっつけた。
"氷纏"を使っている間、自身は氷で、氷は自身である。
だから、3人はオレに触れているのと同じだ。
『アカシャ、3人に情報共有』
『かしこまりました』
オレを含めた4人の頭に、自分が狙うべき標的のターゲットが次々と付いていく。
「ほう! これが! 便利じゃのぉ!」
オレ達と同様に両手を下のヴィーグ軍に向けた学園長が、楽しくてしょうがないという様子で口走る。
それとは裏腹に、ギラギラと光った目だけは油断なく敵を捉えていた。
「同時に撃ちます。合わせてください」
学園長にはアカシャのことは言っていない。
アカシャに合わせることはできないので、オレに合わせてもらうよう伝える。
この魔法は、例えば"無塵"などと違って、事前に作って相手に飛ばすタイプではない。
"銀世界"や"爆裂魔法"などのように先に魔力を届かせて、そこで魔法現象が起こるタイプのものだ。
このタイプの魔法は、魔法の気配を感じられる者以外でも気づいてしまう可能性があるというデメリットがある。
『3秒後に全員のターゲットが完了』
「3、2、1、撃てっ!」
やはり途中で上を見上げたヤツらが何人かいた。
でも、もう遅い。
アカシャの指示に従って合図を出し、オレ自身も魔法を発動した。
『『『『瞬間氷結』』』』
このタイプの魔法は、デメリットの代わりにメリットもある。
発動前に気付かなければ、防御手段が極めて限られるという点だ。
ヴィーグ軍も当然、大半が一般兵。魔法兵は1000ほどしかいない。
オレ達の魔法に防御が間に合った者、もしくは魔力抵抗が足りた者はどれだけいるかな?
『ヴィーグ軍、残存兵力約200。他は全て氷の彫像と化しました』
アカシャからの報告が上がってくる。
この状況からスルト最高戦力が上から降ってくるのだ。
戦意喪失する者も出てくるだろうな。
今後スルトと戦争をしようと思う国が、できる限り少なくなるように。
ヴィーグ軍は、完膚なきまでに蹂躙する。
『最も短い者で、蘇生可能限界まで残り15分です』
アカシャの抑揚のない声が響く。
王との簡単な交渉も考えて、遅くても10分以内には終わらせたいね。




