第61話 呪い
今日、オレは久しぶりにアカシャと長時間離れて行動していた。
こんなに長時間離れるのは、たぶん小さい頃に森で迷子になった兄ちゃん達を助けに行った時以来だ。
アカシャと離れているのは、アレクを手伝ってもらっているから。
昨日アレクは、ディエゴ・モンフィスの処分を確実に、かつ証拠を残さず行うために、アカシャを貸して貰えないかと頼んできた。
オレがアカシャを使って手伝うのではなく、アカシャに直接手伝って欲しかったらしい。
ちょっと寂しいけれど、アレクがそう望むなら仕方がない。
理由も、何となく察せるような気がするし…。
そういうわけでアカシャは今不在だけど、とはいえその間何もしないという訳にもいかなかった。
何しろ、明日にはヴィーグが進軍を開始する。
明後日にはスルトも戦争準備を完了すべく、急速に準備を整えている最中だ。
急とはいえ、兵はある程度は集まるだろう。
周辺国が戦争準備していることは事前に分かっていたことだ。
内戦が起こる可能性もあったから、各貴族家で準備はされていた。
それでも忙しいことに変わりはない。
それはオレ達も同じだった。
「セイ、このくらいでいいの?」
「ガッ!」
「まぁ、大体このくらいでいいだろ。300メートル四方くらいじゃね? たぶん」
ネリーの質問に答える。
ミニドラは、何を言っているのか分からないけど元気だ。
オレ達の前には、整地された土地が広がっている。
以前イザヴェリアを作った時より皆成長したからか、単純に面積が小さいからか、疲れた様子は見られない。
ここはスルティア学園の敷地内。
スルティアが1000年かけて拡張した学園の敷地は広大だ。
その一部を使わせてもらっている。
スルティアの支配者権限でやってもらうことも考えたけど、スルティアもアレクの手伝いをしていることと、この後の作業のことを考えてオレ達でやっておくことにした。
「お前、アカシャがいないと急にテキトーになるの…」
「ほっとけ。激しくズレてれば後で修正すればいい」
呆れた目でオレを見るベイラのツッコミは図星だった。
ちょっと恥ずかしかったので、つい強がりを言ってしまった。
分かってはいるけど。
情報の有無ってのは、それほどに違いがあるんだよ…。
そう思っていると、ちょうどアカシャがオレの左肩の上に現れ、いつもどおりにちょこんと座った。
「ご主人様。ただいま戻りました」
アカシャは目を瞑って、恭しく報告をする。
可愛すぎかよ。
「おかえり。アレクの方は終わったのか?」
「はい。多少の問題が残っており後処理が必要ですが、目的は果たしました」
アカシャに聞くと、そのように返ってきた。
「問題があるの? 手伝うわよ」
「ガ!」
アカシャの報告を聞いていたネリーとミニドラが、任せておけといった感じで声をかけてくる。
「よし。さくっとここを完成させて、アレクと合流しよう」
オレはそう言ってアカシャに指示を出し、複合魔法の発動準備を始めた。
設計図、そしてその設計図通りにするにはどんな魔法を使えばいいか、魔法の発動規模、必要魔力、などなど。
全ては情報だ。
作業を終えたオレ達はすぐにイザヴェリアの領主館でアレクと合流し、ミロシュ殿下やジョアンさんを含めた皆でディエゴ・モンフィスについての情報を共有した。
「ディエゴ・モンフィス…。正直私は契約魔法の問題さえ解消されるならば、始末すべきと考えていた」
「私も同意見でした。しかし、まさかこのような手段で嫌がらせをしてくるとは…」
ミロシュ殿下とジョアンさんが、当時はあえて語らなかった心の内を話しつつ、感想を述べる。
「セイならこの情報を手に入れるだろうから、殺されないと思っていたんじゃない?」
「それはそうかもしれない。アレクが事前にこれを知らなかったのは、オレの責任だ。ごめん、アレク…」
ネリーが言ったことが正解な気がする。
そう思ったオレは、アレクに頭を下げた。
ディエゴ・モンフィスは今日家を出る前、同じく仕事で出かけようとしていた息子達に一声かけていた。
『もし近いうちに私が死んだら、セイ・ワトスンとその周辺を疑え』
口角を上げて、愉快そうに言ったその言葉に、彼の2人の息子達は声を揃えて返事をしていた。
その時アカシャはすでにアレクに貸し出されていて、そしてアカシャはそれをアレクに伝えなかった。
オレはアカシャに、アレクにディエゴ・モンフィスの情報を全て伝えろとは言っていない。
アカシャがアレクに言わなかった理由は2つ。
聞かれなかったから。
そして、アカシャはディエゴ・モンフィスをオレの脅威として排除したかったから。
アカシャはオレの質問にそう答えた。
アカシャは悪くないけど、オレが事前に指示しておけば、アレクと情報を共有して相談した上で行動できた。
明らかにオレの失態だ。
せっかく上手くディエゴ・モンフィスが国外に逃亡したように見せかけたのに、これでは台無しだ。
「いや。セイは悪くないよ。というより、僕はむしろ結果的には良かったと思っているんだ。たとえ事前に聞いていたとしても、僕の結論は変わらないよ。変に躊躇しなくて済んだ」
「アレク…」
モンフィス家ごとでも消していたと言っているのと変わらないようなアレクの言葉に、オレは言葉が出てこなかった。
「あの男は脅威だった。自分が死んだ後ですら、こうして足を引っ張っている。息子達と僕達が対立することは、彼にとってはさぞ愉快だろう」
「うむ。ワシも見ておったが、あいつはいなくなって良かったと思うぞ。だから後は、これからどうするかじゃ」
アレクが続けた言葉に、スルティアが同意する。
確かに、今更どう反省したところでディエゴ・モンフィスが生き返るわけでもない。
脅威だったという意見も、いなくなって良かったという意見も納得できる。
だから後は、これからどうするか。
モンフィス家は、確実にオレ達に疑惑と不満を向けるだろう。
排除はできなくはないけれど、難しい。
モンフィス家そのものを潰すのは、スルト国全体が不満を持つことだからだ。
『契約のモンフィス家』は、それだけ重要な家だ。
「話し合うしかないよな。元々、そのつもりだったんだろう?」
アレクはディエゴ・モンフィスのみを排除して、モンフィス家をミロシュ殿下の陣営に引き入れるつもりだった。
ディエゴ・モンフィスが罪を犯したことは見せられる。
国外逃亡も状況的に証明できるはずだった。
そして何より、ディエゴ・モンフィスが息子達に意図的に低い効果の契約魔法を教えていたことを、オレ達は証明できる。
当主が逃げたモンフィス家に同情的に接して、信頼を得る自信がアレクにはあったらしい。
真偽判定も、どうとでもなるからな。
それこそディエゴ・モンフィス式に誤魔化す手もあるし、真偽判定官に嘘を付かせるという手も実はある。
真偽判定官が嘘を付けないのは、そのように『契約』している王だけ。そして王はもはやオレ達が掌握している。
でも、だからこそ、誰よりそれを知っているモンフィス家が、最初からオレ達に強烈に疑いの目を向けている状況は非常にまずい。
「そうだけど…、前提が変わっているからね…。話し合いとは名ばかりの脅しにするしかないかもしれない。最悪、モンフィス家を消す覚悟もするしかないと思う」
アレクがそう言うと、ミロシュ殿下もジョアンさんも考え込む様子を見せた。
ジョアンさんでさえすぐに代案が思い付かないのであれば、アレクの案は少なくとも悪くないものなのだろう。
「まるでディエゴ・モンフィスの呪いなの…」
ベイラの呟きは、ひどく納得するものがあった。
全員が思案する中、アカシャから新しい情報が入る。
『モンフィス家の双子がこちらに向かって移動を始めました。敵意はない模様。話し合いに来るものと推測します』
まだどうするか決まってないのに。
オレは頭を抱えながら、そのことを皆に伝えた。




