第60話 面白き人生
「ここは…。…そうか。アレクサンダー・ズベレフ。君か、こんなことをしたのは」
ディエゴ・モンフィスが目を覚まし、床に転がったまま、僕の姿を見て納得したような声を上げた。
僕たちはあの後、スルティアに学園の森の中に作ってもらった地下室の中に移動していた。
以前スラムの組を潰した時に作った地下室はすでにダンジョン化を解除していたので、今回のために作ってもらったんだ。
「そうです。貴方はセイの脅威になり得る。スルトにとっても害悪だ。僕は貴方を処分することに決めた」
僕は無表情で淡々と告げた。
そう、ディエゴ・モンフィスは他国へと逃亡したと見せかけて、ここで死ぬんだ。
ディエゴ・モンフィスの目線が、わずかに僕の周りの四方に動く。
できるだけ気付かれないように、今いる場所の情報を得ようとしたのだろう。
壁が土で固められた殺風景な地下室、人数は僕を含めて4人という情報以外は手に入らなかったはずだけど。
僕は『完全記憶』の特性のおかげで、相手のわずかな変化に気づきやすい。
「処分か。それは君の独断かね? ミロシュ殿下やセイ・ワトスンがその判断を下すとは考えづらい。後で叱られることになる。止めておきたまえ」
処分すると告げられたにも関わらず、床に転がったままにも関わらず、ディエゴ・モンフィスには妙な余裕があった。
怒るでもなく、怯えるでもなく、諭すように僕に意見をしてくる。
なんなんだ、この男は。
おかしい。
首から下が動かないことや、魔力が上手く練れないことには気がついているはずだ。
そして、ディエゴ・モンフィスからはその原因がブルの『毒爪』にあるとは分からないはず。
なのに、どうしてこんなに余裕でいられるんだろう?
「ご心配なく。それより、貴方を今生かしているのは質問があったからです。貴方は、僕の家族の死やガエル・トンプソンが敗戦の責任を押し付けれれたことなどにも、間接的に関わっていたのではないですか?」
この男と会話をすることが得策とは言えないことは分かっている。
それでもすぐに殺すことを選ばなかったのは、どうしてもこの質問をしてみたかったからだ。
僕は小さい頃、1度だけこの男と叔父が話しているのを見たことがある。
その内容は、今考えると…。
『アレク。当時の状況を私が見せることも可能ですが』
『ありがとう、アカシャ。でもいいんだ。僕は、ただこの男に聞いてみたいだけなんだよ』
僕がディエゴ・モンフィスにした質問を聞いて、隣に浮いていたアカシャが提案をしてくれたけれど、断った。
事実はもはやどうでもいい。というより、確信がある。
知りたいのは、この男の心の中。
本当に、何もかも、好奇心なんてくだらない理由でやったのか。
そんなことのために…。
「フッ。真偽判定官もいないこの状況で、それに答えて何の意味がある? どう答えても君の自己満足以上の結果は得られない。だが、私を生かすと『契約』するならば、君の自己満足に付き合おう」
ディエゴ・モンフィスは、僕を小馬鹿にするようにそう答えた。
僕は気づけば、ギリッと音が出るほど歯を噛み締めていた。
自己満足。そのとおりさ。この男の言う通りだ。
ただ自分なりに納得できるものが欲しかった。
でも、もういい。
目的を見失ってまでやることじゃない…。
「もういい。終わりにしましょう」
僕が右手を振り上げると、ブルが『毒爪』を構えてディエゴ・モンフィスに近づいていく。
「待て。私を殺すと、同時にたくさんの者が死ぬことになる。君はそれを知っているのか?」
「え?」
僕は上げていた手をおろし、ブルに待つように伝える。
聞いていない。
セイは僕がこの男を殺すことも想定していたと思うけれど、僕はセイからそのことは聞いていなかった。
『そうなのかい?』
『事実です。ご主人様はご存知ないことです。しかし、この者とその契約を行っているのは、一部の犯罪奴隷のみです。死が確定している者以外に、その契約に合意する者などおりません』
アカシャに聞くと、セイも知らないことだったらしい。
質問しなかったんだろうな。
でも、そういうことなら。
「危うく騙されるところだったけれど、僕はセイと違って甘くない。必要な犠牲だと思うことにするよ」
僕は再び右手を上げようとする。
「君は今、何を…。いや、待て。私を殺せば、スルトは難しい契約が不可能になる。君達は知らないだろうが、息子達ではできない契約が存在するのだ。スルトは私を失うわけにはいかない」
ディエゴ・モンフィスは、僕が今何かから情報を得たことに気づいたのだろう。それを言いかけた。
でも、それを言えばより自分が窮地に陥ることにも気づいたのか、触れることを止めた。
セイの能力が貸し与えられるものであるという情報は、確かに重要なものだ。
ディエゴ・モンフィスが死ぬ理由が、また1つ増えた。
『初めてこの男に焦りのようなものが生まれましたね』
アカシャが嬉しそうに言う。
「それは貴方が息子達に、意図的に効果が落ちる魔法陣を教えているからでしょう? 安心してください。その問題は解決されます」
僕がその発言をしたとき、ディエゴ・モンフィスに決定的な変化があった。
「知って、いたのか……!」
その言葉と表情で、僕には全て分かった。
ディエゴ・モンフィスは僕の言葉で気付いたんだ。
それを知っているということは、つまり僕達が『契約魔法』の魔法陣の形を正確に知っているということだと。
ディエゴ・モンフィスの自信の源は、スルトで唯一無二の『契約魔法』の使い手であるということだったらしい。
その前提が崩れることで、自信が揺らいでいるのを感じる。
「ある程度のリスクをとっても、契約魔法が使えないフリをしておいて正解だったみたいですね」
さすがセイだ。
情報を隠しておくことで大きな有利をとった。
「フッ。そうだな。これはもう、どうにもならないようだ。面白き人生であった」
ディエゴ・モンフィスは先程までの様子が嘘のように、諦めが早かった。
そして、死を受け入れるのも、恐ろしいほどに早かった。
軽く笑って目を閉じる姿を見て、改めて理解できない不気味さを感じた。
「…やれ。ブル」
色々思うとことはあったけれど、僕は短くそう告げた。
すると、目を閉じていたディエゴ・モンフィスが、突然カッと目を見開き、愉快そうに笑いながら僕を見て話し始めた。
「アレクサンダー・ズベレフ。次期公爵である君が、なぜ平民出身のセイ・ワトスンの腰巾着に甘んじる? 立場は君が上なのだ。君が、上に立つべきなのだ。おかしいと思ったことは、本当にないの……かっ………」
ディエゴ・モンフィスはブルが首に致死性の毒を打ち込むまで、好き放題に喋って逝った。
「アレクの旦那……?」
ブルが少し心配そうに、僕の名前を呼ぶ。
僕はディエゴ・モンフィスの亡骸を冷たい目で見ながら、それに答えた。
「なぜ僕が、この男の処分を任せてもらったか言っていなかったね」
バビブ3兄弟が息を殺すように僕の言葉に集中しているのが分かる。
「僕なら、絶対にこの男の言葉に惑わされることがないからさ。今日から暗部の統率は僕がやる。セイにも苦手なことはあるからね。僕達がセイを支えるんだ」
「「はっ!!」」
「旦那ぁ!」
僕の言葉にバルとビルが真面目に返事をし、ブルが嬉しそうに声を上げる。
『ふん。終わったようじゃな。カス野郎はこのまま埋めて良いんじゃろ?』
『スルティア、見てたんだね。うん。それで頼むよ。それなら誰にも見つからないだろうし』
ダンジョンの中の様子を自由に見られるスルティアは、どうやら一部始終を見ていたようだ。
言い方に怒りを感じる。
ディエゴ・モンフィスは最期、僕がセイを裏切る様子を想像して楽しんでいたようだけど、そうなることは絶対にない。
友達を裏切って権力を得る世界の、一体何が楽しいのか僕には理解できない。
上とか下とかどうでもいいんだ。
セイと友達になってから僕の人生がどれだけ楽しいか、ディエゴ・モンフィスには到底理解できないことだったのだろう。
僕にディエゴ・モンフィスの人生の楽しみが理解できなかったように。
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