第59話 アレクの暗躍
「アレク。何するつもりかは分からないけど、アイツ意外と強いから気をつけろよ」
昨日の会議の後、セイは僕にそう言った。
契約魔法は使用魔力で期限が決まる。だから、使い手の魔力量は多ければ多いほど重宝される。
スルト国どころか周辺国で唯一の契約魔法を持つモンフィス家のレベル上げは、国策とされるほど重要視されていた。
厳重に守られながら、ただ攻撃魔法を魔物に当てるような接待レベリングではあるので、戦闘技術は決して高くない。
でも、レベルだけならばディエゴ・モンフィスは国内でも有数の高レベル者だ。
それはお祖父様からも聞いたことのある情報だった。
お祖父様は、軟弱者のレベル上げ方法なんて言っていたけれど。
「うん。心配してくれてありがとう。大丈夫、そんなことにはならないよ。でも、君やミロシュ殿下に少し手伝ってもらうことにはなると思う」
僕がそう付け足すと、セイもミロシュ殿下も快く聞き入れてくれた。
あとは僕が、しくじらなければいいだけだ。
『5秒後から、護衛以外の視界に入らなくなります』
『ありがとう。その間で、国選の護衛の視線が外れる瞬間を教えて欲しい』
『かしこまりました』
セイに借り受けたアカシャからの報告を受ける。
今日、ディエゴ・モンフィスは予定されていた契約魔法の前倒しのために、朝早くに屋敷を出た。
普段であれば彼自らが出向くことはほとんどないけれど、突然決まったヴィーグとの戦争が終われば大量の契約が必要になることは間違いない。
予定されていた契約の日程を調整することが、彼を始めとしたモンフィス家にとっての戦争準備だった。
そんな彼には今、5人の護衛が付いている。
モンフィス家の護衛が3人、国選の護衛が2人だ。
国選の護衛が付いているのは、契約魔法使いという貴重な人材が国外に流出することを防ぐ措置。
例えばモンフィス家が他国の勧誘を受けて引き抜かれたりしたら、スルトは大打撃を受ける。
つまり、国選の護衛はモンフィス家の監視でもある。
国選の護衛には、ミロシュ殿下から昨日の顛末と、国外逃亡のおそれがあることを伝えてもらっている。
だから彼らは今、厳戒態勢だ。
僕たちは約30メートルほどの距離を保ちながら、透明化した状態で彼らを尾行していた。
アカシャが言った5秒を過ぎた。
僕は詠唱待機していた石魔法と光魔法を発動する。
ゴトリ。
彼らから数メートル離れた場所で、大きめの石が落ちて転がる鈍い音がした。
厳戒態勢だった国選の護衛は、特に大きく反応してそちらに視線を送ったけれど、アカシャから報告はない。
少なくとも1人はディエゴ・モンフィスから視線を外していない証拠だ。
でも関係ない。
ほぼ同時に使った光魔法によって、ディエゴ・モンフィスはまるで蜃気楼のように消えていった。
後のことを考えて、ディエゴ・モンフィスが石の音に驚いた様子も、彼らが見ている映像では見えないようにしておいた。
『国選の護衛の視線が外れました』
アカシャからの報告が入る。
ディエゴ・モンフィス本人はまだ元の位置にいるのだけど、護衛達は消えたと思い込んで周囲を見回していた。
そして、彼らは僕が用意したディエゴ・モンフィスが走り去る映像を、離れたところに見つける。
僕の『完全記憶』とセイの『アカシャ』の力があれば、彼らの走り方を完全再現した映像を作ることは簡単だ。
やっぱり、僕とセイの相性は最高だね。
慌てて映像を追いかける国選の護衛達と、モンフィス家の護衛達を見ながら、僕は嬉しくなって笑った。
『よし。ここで待て。ビルは能力を全開に』
『『『はっ』』』
連れてきていたバビブ3兄弟に指示を出す。
ここまで上手くいっているのは、次男のビルの神に愛された能力による恩恵が大きい。
『認識阻害』。その能力は半径40メートル以内の対象の認識を阻害するというもの。
全力で使えば、先程の石の音すら気付けない者がいただろう認識阻害能力。
今回みたいに、多少の違和感を感じなくさせる程度の阻害はたやすい。
さらに今指示を出したことで、ディエゴ・モンフィスには全力の阻害がかけられているはずだ。
僕は3兄弟に指示を出した後、ディエゴ・モンフィスに向かって走る。
『ディエゴ・モンフィスは認識が阻害されていることに気づいている様子。全身を覆う防御魔法を多重に張っております』
アカシャからの報告を受ける。
何が起こっているか、敵がどこにいるか分からない中、認識が阻害されていても確実に効果が出る対応をしたようだ。
冷静な対応。強靭な精神力。
ディエゴ・モンフィス。やはり危険な存在だ。
普通なら、認識を阻害されているのだから、それに気づけることはないはずなのに。
でも。
「"打消"」
背後から左手をディエゴ・モンフィスに向け、小さな声で発声する。
"打消"は強制"宣誓"、強制"限定"だから、こればかりは仕方がない。
僕の魔力光が左手から発射され、ディエゴ・モンフィスの防御魔法を打ち消す。
セイよりもやや濃い緑色の光。
ディエゴ・モンフィスは"纏"を使えない。
だから、"打消"に対しては無力に近い。
この男は認識阻害されていても、防御魔法を消されたことに気づくだろうけれど。
絶対に彼の防御魔法の再発動よりも、彼が動き出すよりも、僕の方が速い。
それはアカシャが保証してくれていた。
左手から発射した魔力光がディエゴ・モンフィスを包み込んだ時には、僕は全力で"身体強化"した右の手刀を振り始めていた。
僕はセイと違って、アカシャにちょうどいい力加減を聞いたところで、自分の力を完璧にコントロールすることはできない。
だから、確実に気絶させられるだけの強さで右手を振った。
これで死んだら、その時は仕方がない。
僕の右手刀は、吸い込まれるようにディエゴ・モンフィスの首を打ち、彼は崩れ落ちた。
アカシャが教えてくれた位置にちゃんと当たったようだ。
どうやら、息もある。
『終わった。ブル、例の毒を使え』
『あいよっ。いや、はい!』
ブルが倒れ伏すディエゴ・モンフィスに近づき、右手を手刀の形にして構えると、彼の爪がみるみるうちに伸びて鋭利になっていった。
彼の神に愛された能力、『毒爪』の効果だ。
3兄弟はバルが偵察し、ビルが補助し、ブルが手を下す。
この方法で優れた暗殺者として活躍していた。
ブルがディエゴ・モンフィスの首筋に鋭利な爪を打ち込み、毒を注入する。
『よし。目的は達成した。場所を変えよう』
僕は全員に念話をして、ディエゴ・モンフィスに透明化をかけ、ビルに彼を担がせた。




