第56話 黒幕
ミロシュ殿下の話を聞いて、直ぐにそれがどういうものかを察した人はそう多くはなかったようだ。
事前に話を聞いていたメンバー以外は、ほとんどが困惑した顔をしている。
「戦わない最強の軍とは…? 軍は戦うものでは?」
そんな顔をしていた官僚の1人が、代表するように声をあげた。
「それにはワシが答えよう」
ダビド爺さんがミロシュ殿下の話を引き継いでくれる。
『常勝将軍』であるダビド爺さんには事前に話を通してあった。
”理想ではあるが、兵を死なせたくないのはワシも一緒だ”と賛同してくれていた。
ただし、”戦いとなるならば、その最強の軍の力、遺憾なく発揮させてもらうぞ”とも言われている。
それは仕方がない。
さすがに一切戦わずに大陸統一が叶うとは思えないし、矛盾するようだけど圧倒的な力を見せつける場面は必要になるだろう。
『スルトとは戦うべきではない』と思ってもらうために。
戦争は気が重くなるだけで面白くないから、スルトのゴタゴタが片付きそうな今、しばらくは遊びたい。
ダビド爺さんの話を聞きながら、オレは後でアカシャや仲間と遊びの予定を立てることを決めた。
しかしそのアカシャから、残念な知らせが届く。
『ご主人様。隣国のヴィーグがスルトを攻めることを決定しました。明後日には進軍を開始する予定です』
『あの、スルトが焦ってるって判断してる懸念があったスパイの国か…。あいつだけは帰したの失敗だったな』
左手で額を押さえて、ため息を吐く。
右肩に乗っているアカシャも、少し残念そうに見える。
戦わない軍を作るとか息巻いて、舌の根も乾かぬうちからもう戦争かよ。
同じ隣国でもニブルは上手くいきそうなのになぁ。
まったく…。人の命さえかかってなければ、思い通りにいかないことも、それはそれで楽しめるんだけどね。
オレは悔しい気持ちを噛み締めながら、タイミングを見て挙手をした。
会場の人々の目線が、オレに向けられる。
「緊急の報告です。明後日、ヴィーグがスルトへ向けて進軍を開始する予定…」
領主館の会議室から、集まっていた重鎮達が慌ただしく帰っていく。
戦争の準備のためだ。
今回は特に準備期間が短いから、皆急いでいる。
そんな中、特に急ぐ様子もなくミロシュ殿下に挨拶に向かった、赤色の貴族服を着た壮年の男性が目に付いた。
3つの臣民公爵家の内の1つ、契約のモンフィス家の当主、ディエゴ・モンフィス…。
「ミロシュ殿下。改めまして次期王への内定、誠におめでとうございます」
相変わらず自信に満ちた様子、わざとらしいくらいの仕草だな。
「うむ。ありがとう。貴君はこの状況でも落ち着いているな」
「我が家は文官の家系。それも、戦争では戦後に特化した文官ですので」
「そうだったな」
2人の会話は当たり障りのないものだ。
彼が反省しているようなら、何も言うことはない。
もう終わったことだ。
でも、もしこれからもやるつもりなら、止める必要がある。
「今日の会議は素晴らしかった。特にセイ・ワトスン。彼さえいれば、殿下の治世は盤石でしょう」
「うむ。ワトスンを臣下として得られたことは、私の最大の幸運だと言える」
ディエゴ・モンフィスのオレを賛美する言葉。
それに頷くミロシュ殿下。
こうしてみても、ほぼ違和感ないように見える。
でも、アウトだ。
これまでのことを総合して考えると、お前は今、やったな。
オレは遠目で観察するのを止め、彼らに近づいてく。
すでに会議室には、この話を聞かれても問題ない者しかいない。
「今度はミロシュ殿下と僕で遊ぶつもりのようですね。愉快ですか? 貴方が思い描いたような状況になって」
ディエゴ・モンフィスに話しかけながら、ミロシュ殿下の隣へと向かう。
「何のことだ?」
『ほんの僅かですが、生体反応に変化が見られました』
ディエゴ・モンフィスの返答は相変わらず自信に満ちていて、動揺しているようには全く見えなかった。
しかし、アカシャは僅かな反応を拾ったようだ。
「とぼけるんですね。内戦になりかけた今回の顚末の黒幕は、貴方でしょう?」
正確には黒幕って言えるかは怪しいと思ってるんだけど、あえて断定するように言ってみる。
「とんだ言いがかりだな。なぜそういう話になったかすら理解できかねるが、当然、違う。真偽判定官を使っても良い」
はっきりと否定してきた。
ここまで強気で言われると、コイツの言ってることが正しそうに見えてくるのが恐ろしいな。
でも、オレ達はすでに確信を持っている。
騙されることはない。
「そうですか。それは良かった。丁度、ミロシュ殿下が連れてきているんですよ。今呼んで来ますね」
オレはにっこりと笑って、そう告げた。
会議室の入り口の方に目配せすると、ジョアンさんが頷いて外に出ていく。
すぐに真偽判定官を連れてきてくれるだろう。
最初からこういう予定だった。
それが分かれば少しは動揺するかと思っていたけれど、そんなことはなかった。
ディエゴ・モンフィスは、僅かにミロシュ殿下の様子を窺って、笑った。
「フッ。いいでしょう。お待ちしています」
『生体反応正常。警戒に値します。切り札をお使いください』
ディエゴ・モンフィス…。
尻尾を掴んだと思ったけれど、未だにアカシャにここまで言わせるか。
なぜこの状況でここまで余裕でいられる?
1度はアカシャを欺いたヤツだ。
オレに理解できるはずもないか。
ジョアンさんがいて良かったぜ。
そう思いながら、オレは切り札を発動した。
 




