第55話 最強の軍
「そんなわけでさ、これからスルト国内では意見が通りやすくなると思う。この村のことを隠し通す必要もなくなったけど、どうする?」
今日は実家で、皆で楽しく夕食をとっていた。
オレはスルティア学園入学後も、少ないときでも週に1回はこうして実家で夕食をとっている。
「このままでいいんじゃねぇか? 無理に隠す必要はないってくらいでよ。明日村長とも話しとくぜ」
父ちゃんは、どっちでも良さそうな感じだ。
村長に判断を丸投げするつもりだな。
でもたぶん、村長も似たような判断かな。もしくは現状維持か。
「それにしても、セイがあの大賢者様に勝っちまうとはねぇ。貴族様になったって言ったときも驚いたもんだけど」
セナ婆ちゃんがオレについての感想を言う。
ただ、婆ちゃんはたぶん、あんまりよく分かってない気がする。
貴族様とか言いつつ、オレはともかくあいつらにも畏まった態度なんてとったことないからな。
「おばさま、このアップルパイ、すっごく美味しいわ!」
「あらあら。おかわりもあるわよネリーちゃん」
「アンの料理はいつも最高なの!」
「ベイラちゃんったら。セイが持ってきた素材がいいだけなのよ」
婆ちゃんに限らず、母ちゃんもこんな感じである。
ベイラは元々だけど、ネリーとアレクとスルティアも、オレの事情を話してから後は、こうして夕食に呼んでいる。
家族からすれば、貴族である前にオレの友達という感覚らしく、最初からこんな調子だ。
オレは少し焦ったけど、皆は全く気にしない様子で、むしろこんな環境を楽しんでいるようだ。
「やはりお兄様方はセイのことをよく分かっていらっしゃる!」
「だろ? セイはスゲーんだよ」
「そのとおり。ご主人様は至高なのです」
アレクは兄ちゃん達とメチャクチャ仲がいい。
大半はオレの話なので、オレは極力聞かないことにしている。
普段あまりオレ以外と話さないアカシャが、ここにはよく混ざっているのも見て見ぬふりをしている。
「スルティアさんの恋愛話は、いつもとっても面白いわよね!」
「ふはははは! そうじゃろう、そうじゃろう。わし、本とか出そうかのぉ」
…それはスルティア学園であった実話集だろ? せめて存命中の人の話は止めておけよ?
ケイト姉ちゃんは恋愛話が大好きで、スルティアはどや顔で語るのが大好きだ。
この組み合わせは意外だったけど、仲がいい。
オレは楽しそうに夕食をとっている皆を横目で見て、笑う。
ゴードン村は今日も平和だな。
オレは自分の人生を楽しむために好きなように生きることを決めてるけど、この平和だけは絶対に守ることも決めている。
「もう安全も担保できるから、王都観光に来ても大丈夫だよ」
「おお。じゃあ収穫の時期が終わったら皆で行くか」
今まで止めていた王都観光の話をすると、父ちゃんはいたずらっぽく笑った。
これから大陸統一をするなら、いくら理想を掲げても少なくない血が流れるだろう。
それでも、成し遂げた後は、こんな風に笑って大陸観光の話でもできるといいな。
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空中都市イザヴェリアの領主館。
そこに次代の王政を担う重要人物達が集まっていた。
かつての円卓会議のメンバー、3つの臣民公爵の当主、官僚のトップ達、それからオレ達だ。
「本当に私が宰相を続投するということで良いのですか? ジョアン殿こそ適任と考えますが」
宰相は自らよりも、ジョアンさんこそが新しい宰相として相応しいとミロシュ殿下に進言していた。
「いや。君がいいのだ。君がファビオ王に判断を改めるよう何度も具申していたことは知っている。それを聞き入れなかった王を、最後まで裏切らなかったこともな」
「ミロシュ殿下…」
「君こそが真の忠臣だ。宰相として、父に引き続き私を支えて欲しい」
「はっ。身命を賭して!」
ミロシュ殿下が宰相を説得し、宰相はそれに従った。
宰相はファビオ王と仲がいいから裏切らなかったわけではないからな。
ミロシュ殿下を裏切らないことも信用できる。
あの宰相のことだから、ファビオ王を裏切らなければ負けてもこうなるところまで読んでた可能性もあるけど。
それならそれでいい。
どちらにせよ、宰相がミロシュ殿下を裏切ることなく支えるという結果は変わらないというのが結論だ。
それに、ジョアンさんには別の役目がある。
「騎士団、魔法師団、官僚達も、ファビオ王に付いていたかは関係なく、これまで通りよろしく頼む」
「「「「「はっ」」」」」
継承戦後の王との話で分かっていたこととはいえ、ミロシュ殿下の言葉を聞いた彼らの声色は明るい。
ほとんどが、あの時王城にいたメンバーだからな。
どちらにつくとか選ぶ間もなく、仕事をしていたら王城から出るに出られない状況になった人達も多かったのだ。
「今言った通り、しばらくはファビオ王と同じ体制で王政を行う。しかし、次第に人が足りなくなるだろう。我が治世では、このセントル大陸をスルト国として統一するからだ」
ミロシュ殿下の発表に、大きめの会議室がどよめく。
全く知らなかった者達は、顎が外れんばかりに驚いている。
「私が、1000年続く戦乱の歴史を終わらせる。平和で、豊かで、差別のない国を創るのだ」
ミロシュ殿下の演説が続く。
ミロシュ殿下は立場上、これまで全くと言っていいほど自らの思想を語らない人だった。
でも、その心の内はジョアンさんとかなり似通っていた。
大陸統一とは考えていなかったようだけど、スルトを平和で豊かで差別のない国にしたいと強く考えていたようで、それを実現する案としてジョアンさんと意気投合していた。
「そのために私は軍制改革を行うことに決めた。これからの戦いは、諸君らのこれまでの常識を全て覆すようなものになるだろう」
どよめいていた会議室は、いつしか息をするのも忘れているように静まって、誰もがミロシュ殿下の話に聞き入っていた。
「新しいスルト軍の目標を掲げる。ただし、これはあくまで理想であり、現実にはそうはならないだろう。しかし、よく覚えておいて欲しい」
無理だということは分かってる。
でも、できる限りそうする。
少なくとも一部はそうしてみせる。
オレは地球の歴史に詳しくないけれど、伊達政宗は豊臣秀吉の圧倒的な戦力に対し、戦わずに恭順を示したって聞いたことがある。
それをやる。
できる限り多く。
ミロシュ殿下の声を介して、オレ達の願望が語られる。
「我がスルトは、戦わない最強の軍を作る」




