第54話 ニブルの王
カルロスが帰ってきた。
ホルガーから話を聞いた時には、もう生きて会うことはないじゃろうと思っておったが。
「よぉ、カルロス。よく帰ったのぉ。『大賢者』の暗殺には成功したのか?」
儂は玉座に大股を開けて浅く座り、やや前かがみになって威圧するように話しかけた。
暗殺に成功し、身元がバレることなく逃げおおせたのならば最良。
身元さえバレていなければ、失敗していても構わんが。
いや、帰ってきた時点で身元はバレておらぬか。
家族思いのこの男の性分からして、追跡されれば他国に罪をなすりつけ、国に帰らないくらいはやる。
「申し訳ありません、ニブル王。暗殺には失敗しました。俺はセイ・ワトスンに捕まり、奴の都合で生かされ帰ってきました…」
カルロスは跪いて顔を上げないまま、本当に申し訳無さそうに言った。
「なんだと? セイ・ワトスン? なぜ其奴がそこで出てくる? それにお前、なぜその状況で帰ってきた!?」
儂は玉座から立ち上がってカルロスに詰め寄る。
カルロスがこのニブルの者だと分かれば、報復だなんだとスルトが攻めてくる可能性は非常に高い。
今のスルトにはそれだけの戦力が揃っていると思われる。
スルトとヘニルの戦争の情報は断片的にしか入ってこなかったが、攻めてきたヘニルへの報復として国を奪ったようじゃった。
仮に同じ構図で攻められれば、ヘニルより国力が低い我が国に勝ち目はない。
スルトが我が国を攻めない理由は、国を取ったあとの維持が難しいというだけ。
スルトの気分次第で滅ぼされる可能性がある。
だから儂は、スルトの内戦というまたとないチャンスに飛びつこうとした。
戦力が激減したスルトにならば勝ち目があると考えたからじゃ。
しかし結局、内戦は起こらなかった。
王位継承戦などというもののせいで、スルトは少なくとも直ちに大きく国力を減らすことはなくなった。
その上、『大賢者』ラファエル・ナドルとセイ・ワトスンという特級戦力はどちらも存命じゃと?
これでは、ただ我が国がスルトに攻められる口実ができてしまっただけじゃ。
とても許容できる結果ではないぞ。
「セイ・ワトスンの神に愛されし能力…。答えは全てそれに集約されます」
儂に胸ぐらを掴まれ顔を上げたところで、カルロスは苦しげな顔をしつつも答えた。
「なに? どうしてお前がそんなことを知っている?」
「本人に聞いたからです。奴の能力は"あらゆる情報を手に入れる力"。スルトでは『情報支配』などと呼ばれているそうです」
その言葉を聞いて、儂はカルロスの胸ぐらを掴んでいた手を離した。
解放されたカルロスは、力なく項垂れた。
「……まさか、全て知られておったということか? 我が国が内戦に乗じて攻めようとしていたことも、お前が『大賢者』を狙ったことも、お前の素性も、全て事前から?」
腑に落ちる点はなくもない。
今まで儂が出した暗殺者も、間諜も、一時期を境に、スルトに行った者は誰一人帰ってきていないのだ。
今回のカルロスとホルガーを除いて。
「おっしゃる通りです…。何もかも、最初から知られていたのです。俺は、死ぬことすら許されず…」
項垂れていたカルロスが顔を上げ、人差し指を使って大きく口を開けて奥歯を見せつけてきた。
毒袋が、ない。
「毒袋の存在すらも、知られていたというのか。それで、なぜ生かされた? 奴の都合だと言ったな?」
ホルガーの報告を聞いて、『大賢者』を圧倒したというセイ・ワトスンがとんでもない化け物であることは、知ったつもりになっていた。
じゃが、カルロスのこの話が事実ならば、もしかすると。
もしかすると、セイ・ワトスンの真の恐ろしさは、そのとてつもない戦力ではない可能性がある。
儂は背筋が凍る思いをしながら、カルロスを問いただす。
「奴からの伝言です…。無駄な戦争をするつもりはない、本領安堵を約束するからスルトに服属しろ。損はさせない…と」
「くそっ。ふざけたことを! その場には、セイ・ワトスンしかいなかったのか!?」
「…? はい。奴だけでしたが…」
「ちっ。つまり奴は、それを決められる立場にあるということじゃ。もしくは事前に話し合って決めていたか。どちらにせよ厄介すぎるぞ」
悪態を付きつつ、『真偽判定官』を見る。
『真偽判定官』は青い顔をしながら、首を横に振る。
ここまでのカルロスの話に嘘はないか。
当然ではあるが、念入りに人払いをしておいて良かった。
「スルトは…、いずれはこのセントル大陸を統一するつもりらしいです。服属は早ければ早いほど得だと。変な工作などをしなければスパイを送ることを許可するので、ヘニルをよく見て決断してほしい、と言っていました」
「この大陸の統一じゃと…? 大それたことをいいよる。何様のつもりじゃ」
気に入らん。気に入らんが、調べる必要がある。
奴の能力の真偽、ヘニルの現状、その他もろもろとな。
「ニブル王…。王がどういう決断をするにせよ、俺はもう奴と敵対するのは御免です。1度対峙して分かりました。俺では何をどうやっても勝てません」
カルロスは震えていた。
こいつは儂のとっておきだったんじゃがな。
「カルロス、お前はヘニルへ行け。現状を調べて報告せよ。その間、儂は他のスルトの隣国に書状を送り続ける。同時にスルトを攻めようとな」
「王っ!! この城の会話ですら、奴は聞いているのです!」
儂の決定を聞いたカルロスは、大声で非難した。
「ふん。大丈夫じゃろ。本気ではないからな。セイ・ワトスン、貴様の能力の真偽を確かめさせてもらうぞ。全ての書状を止め、儂に送り返してみよ」
カルロスの言うことが本当ならば、これもセイ・ワトスンが聞いていることになる。
奴の能力を逆手に取って、奴の能力の真偽と奴の提案の確度を調べる。
はっきり言って、セイ・ワトスンが『情報支配』などという能力を本当に持っているならば、我が国の実力が劣っている以上、何をどうやっても勝ち目はないじゃろう。
であれば、本領安堵での服属は悪い条件ではない。
"契約"で保証してもらえるならば、良すぎるくらいじゃ。
とにかくまずは調査あるのみ。
「それから、言いにくいのですが…。セイ・ワトスンには『叡智』ジョアン・チリッチが協力しているようです」
「なん、じゃと…?」
カルロスが付け足した報告に目眩がする。
……それでは、全てが罠かもしれんではないか。
その後、他国へ出した使者は全て無事に帰ってきた。
書状を届けることは全て失敗し、全員が捕まって丁寧に送り返されたのだ。
その間、セイ・ワトスンの忠告を無視して、スルトが疲弊していると勘違いしたらしい1国がスルトに攻め込もうとして軽く蹴散らされた。
何のために間諜を送っておったのか。
攻めても攻められても、戦争という手段が詰んでいることは理解した。
セイ・ワトスンの能力が、少なくとも"情報を取得できる"ものであることは間違い無さそうじゃ。
ヘニルに送ったカルロスからは、定期的に信じられんような情報がもたらされている。
まだ交渉の段階にすら入っていないので何とも言えんが、スルトに実際に戦争を仕掛けたヘニルでこれならば、我が国への待遇も悪くはあるまい。
来年の収穫の時期を待って、奴らの改革とやらの成果次第ではこちらから恭順の意を示そうと考えておる。
問題は、どこからどこまでがジョアンの罠かじゃ。
全く分からん。




