第21話 盗賊団のゴリラ 前編
あたちはベイラ。
妖精郷アールヴヘイムの妖精なの。
どうちても外の世界を見てみたくて、アールヴヘイムを出て旅をちていたの。
みんな外の世界は危険って言ってたけれど、刺激のないアールヴヘイムはあたちには退屈だったの。
初めて立ち寄った人間の村で、初めて出会った人間達はとってもいい人達で、楽しかったの。
一緒に人間の遊びをちたり、たまに獣やモンスターを狩ったり、作物を育てたり。
あたちの魔法は大活躍だったの。
妖精は魔法が得意。
弱いモンスターくらいなら相手にならないの。
人間って、ほとんど貴族っていうのしか魔法が使えないみたい。
だから、あたちは村の人達にとっても褒められたの。
あたちは得意になって、村のみんなに魔法を教えてあげた。
村の人達は大喜びで、あたちも楽ちかった。
でも、楽ちくて幸せな日々はずっとは続かなかった。
ある日、村に盗賊のクソ共が現れたの。
村のみんなは必死に戦った。
あたちも村のみんなを守るために戦った。
みんなが弱いながらも魔法を使えるようになっていたこともあって、武器を持った盗賊達とも、あたち達は互角以上に戦えたの。
特に、あたちにとっては大ちたことなかった。
あのゴリラ以外は。
盗賊団の中に、一人だけおかちなヤツがいたの。
凶悪な人間の顔をちた、服を着たゴリラ。
ゴリラとちか言い様のない体格をちた凶悪な顔の人間かも。
背格好は、縦も横も他の盗賊の2倍くらい。
大きさからして人間じゃないの。
カシラと呼ばれていたゴリラは、強かった。
ううん。強いなんてものじゃなかったの。
意味がわからなかったの。
村のみんなの魔法どころか、あたちの魔法でも全く効いてなかった。
あたち得意の風魔法は、大きな木でも一発で切り倒せるのに。
ゴリラには小さな切り傷すら付けることができなかったの。
ゴリラには、誰が何をしても傷1つ付けられなかった。
剣で切られても、刺されても、矢が当たっても、ゴリラは笑ってた。
戦ってた村の男達は、ゴリラに素手で引き裂かれた。
文字通り引き裂かれたの。
優しかったおじさんも。面白かったお兄さんも。
とっても勇敢に戦ったけど、最後は恐怖で叫びながら引き裂かれた。
だって、あんなの、無理。
どうちてアールヴヘイムのみんなが、外の世界は危険って言ってたか、やっと分かったの。
あたちもとっても怖かったけど、殺されていく村のみんなを何とか助けたくて、がむしゃらに魔法を撃ちまくった。
でも、やっぱりゴリラには全く効かなくて。
ゴリラがあたちの方に向かって来たとき、あたちは死を覚悟ちた。
ゴリラが向けてきた手のひらの大きさは、人間よりちっちゃいあたちの体ほどもあった。
握り潰されて殺されるって思ったの。
そう思ってたら、ゴリラはあたちを掴まえて、低くて野太いダミ声でしゃべった。
「はっはぁ。妖精かよ。こりゃあ珍しい。売ればとんでもねぇ金になるぞ」
あたちは殺されずに捕まった。
そこからは、最悪だったの。
ゴリラはあたちを左手に握ったまま、右手だけで村のみんなを殺ちて回った。
戦いに出ていた人達はみんな殺されて、守る者が誰もいなくなった村で略奪が始まった。
あたちはゴリラの手の中で抵抗したけれど、ダメだったの。
金になるものは全て奪われて、女の人は強姦されて、見た目のいい子供は奴隷にするのだと捕まった。
勝てるわけがないのに、それでも抵抗した人達は全員殺された。
あたちはゴリラの手に握られたまま、全部を見ていたの。
生き残ったのはお年寄りと女子供だけで、蓄えも奪われた村が滅びるのは間違いなかったの。
クソ盗賊共があたち達を連れて村を出ていくとき、ゴリラが言い放った言葉を、あたちは一生忘れない。
「せいぜい頑張って余生を楽しめ。何とか生き残れたら、また奪いに来てやるよ。ぎゃはははは!」
呪い殺ちてやる。ゴリラと一緒に高笑いしてたクソ盗賊共も全員。
あたちも、生き残った村の人達も、きっと生まれてから今まで、あんなに泣いたことは1度もない。
あれからどれだけ時間が経ったかちら。
あたちは今、クソ盗賊が用意した金属の鳥かごの中にいるの。
クソ盗賊共はあの後、1番近い大きな町を目指ちたようなの。
奪ったものを売るために。
捕まった村のみんなは、奪われた物と一緒にそこで売られていった。
あたちだけ、売られなかったの。
もっと高く値段が付くはずなんだって。
次にまた別の大きな町に寄ったときに売るらちい。
みんな、無事だといいけれど…。
クソ盗賊共は、また村を襲うつもりみたい。
大きい町で、ここ数年大豊作の村があるって情報を手に入れたらちい。
何日か前から、その村に向かって移動ちてるみたいなの。
また、あんな悲劇が起こるのかちら。
野営中で眠りこけているクソ盗賊ども。
あたちの手で殺ちてやれたら。
できもちない妄想をしながら、眠りもせず星空を眺めていたら、突然、空に大きな火の玉が現れたの。
火の魔法?
とてつもない魔力が込められてるの。
もしかして、妖精女王が助けにきてくれたの?
火の玉はあっという間にさらに大きくなっていく。
え? あれ? あんなのが落ちてきたら、あたちも死んじゃう!
慌てて自分の前に水魔法で障壁を造る。
これでも最悪の場合死んじゃうだろうけど、いいの!
ゴリラさえ殺せるなら、あたちごとやるの!
寝ている盗賊を起こさないよう、心の中で空の妖精女王に決意を伝えたの。
あたちの決意が伝わったのか、妖精女王の火の玉が凄まじい勢いで落ちてきた。
火の玉は、まるでそこにいるということが分かっているかのように、真っ直ぐゴリラの元に向かっていって、直撃した。
あたちとゴリラは結構離れていたけれど、それでもすごい熱風があたちのところまで伝わってきた。
幸い水魔法の障壁のおかげで大丈夫だったけれど、熱風が止んだとき、障壁の水は熱湯に変わってたの。
火の玉の火力は凄まじいの一言で、落ちたところは土すら溶けてガラス化してた。
ただ、それでもゴリラは生きてた。
ゴリラの近くで寝てた盗賊共は、死体すら残らず燃え尽きたにも関わらず。
ゴリラはゆっくりとした足取りであたちの方に向かってきた。
いつも腰巻きしか着けてないゴリラ。
今はその腰巻きすら燃え尽きて裸だ。
もう色んな意味で死ねばいいのに。
「おお。これやったの、テメェじゃねぇよなぁ。妖精ちゃんよぉ」
「あたちじゃないわ。それぐらい分かるでしょう」
「だよなぁ。犯人に心当たりはねぇか? 火傷しちまったじゃねぇか。手下もずいぶん死んだ。見つけ出してぶっ殺してやる」
「知らないし、知ってても教えないの。お前も死ねば良かったのに」
あの火の魔法で火傷だけなんて、このゴリラ化け物すぎるの。
ゴリラはこんなことが起こったのに、ニヤニヤ笑っている。
「そりゃあそうか。ぎゃはははは! まぁ、いい。次来たらぶっ殺してやるだけだ」
妖精女王。助けに来てくれるのは嬉しいけど、もう来なくていいの。
あのゴリラは強すぎるの。
妖精女王でも殺されちゃう。




