第47話 想定内
もう何度目になるか。
ワシがけしかけた収束無塵の火球を、セイ・ワトスンは余裕を持って避けきる。
避けきった瞬間に放たれる幾筋もの雷は、お互いに高速で移動しているにも関わらず全弾ワシが多重に張った防御魔法に着弾した。
一発着弾するたびに詠唱待機しておいた防御魔法を張り直す。
『並列詠唱』と『高速詠唱』がなければ、これだけで押し切られていたかもしれぬ。
自由自在。
いくら雷纏を使っていようとも、普通ならば火球の密度を上げて的確に配置すれば捉えられる。
しかし、奴は雷纏の超速移動の中ですら自在に方向転換を繰り返し、一瞬のうちに囲みを抜けよる。
速すぎて、完全に隙間なく囲む時間も与えてもらえん。
位置取りも、こちらから見ると最悪。常に、できればそこに行って欲しくないという位置に移動しておる。
詠唱速度も以前とは段違いじゃ。
近寄られた時点で負ける。
開幕時に使った"収束灼熱"をそのまま自身の周りに広範囲で維持することで近づけないようにしておるが、これはいくら『消費魔力半減』があるとはいえ、さすがにワシの方が先に魔力切れになってしまうじゃろう苦渋の選択。
何とか短期決戦で勝ちを狙うしかないじゃろう。
無駄撃ちと見せかけた準備を進めるうちに、見えてきたこともある。
スキル。スキルしか考えられぬ。
レベルはおそらく、想像と大差ない。
今も"収束"は使えん様子じゃからな。
しかし、どうやって…。
いや、スキルの取得条件すら情報として知っていたということじゃろうが…。
想像だにせんかった。
確かにスキルは後天的に発現することがある。
じゃが、成人前に発現する者など見たことがない。
ましてやあの動き…。
いったい、いくつのスキルを重ねておるんじゃ。
恐るべし、セイ・ワトスン。
想像を遥かに超えておる…。
わざわざ無駄とも思える一騎打ちを仕掛けてくるだけはある。
しかし、付け入る隙はある…。
詠唱速度と火力は、どうやらまだワシの方が上のようじゃ。
1発。ヤツが耐えきれん炎を1発だけ当てれば、それで勝てる。
"収束無塵・接続"
ヤツに気付かれぬよう、タイミングを見計らい"宣誓"も"限定"もせずに詠唱を行う。
決戦場に浮かんだ無数の無塵の火球が、一斉に枝を伸ばし近くの火球と接続していく。
一瞬のうちに、ワシ自身ごとヤツを閉じ込める、球状の炎が完成した。
「捕まえたぞ。セイ・ワトスン…」
ワシは移動を止め、ヤツに向かって宣言した。
周囲全てが分厚い炎の壁。
ワシに向かって来ようとも、"灼熱"の炎は健在じゃ。
いかに雷の速さで自在に動けようが、逃げ場がなければどうしようもない。
ワシは言葉を発することで時間稼ぎをしつつ、ヤツが"打消"で外に逃れようとしたときのために、炎の壁の外側に新たな"収束無塵"の火球を増やし始めた。
「火球を無駄撃ちすると見せかけて、離れたところに少しずつ、囲むように配置してたんですよね」
セイ・ワトスンも移動を止め、ワシの言葉に答える。
「そうじゃ。お主はワシの隙を窺うように、付かず離れず移動をしておったからな。かなり広い範囲を囲う必要があったが、この通りじゃ。知っておったような口ぶりじゃの?」
まぁ、知っておったのじゃろうがな。
此奴にこの程度の小細工が通じるとは思わん。
もっと一瞬で、奴の想像を上回る攻撃をする必要がある…。
「だとしたら?」
セイ・ワトスンは、挑発するように言った。
ふん。これが時間稼ぎということすら知った上なんじゃろう。
おかげで、外側の火球の準備も十分じゃ。
「生意気な小僧じゃ。後悔させてやろう。"閉じて焼き尽くせ。収束無塵・収焰"」
"宣誓"を行い、さらに愛杖『焰魔』で奴を指し、"限定"を行う。
この杖をこっそりすり替えて、あまつさえ余裕を見せて返却しおったことも後悔させてやる。
この杖を見ると少し前の出来事を思い出して、頭に血がのぼる。
落ち着け。集中せよ。
この攻撃はおそらく奴には効かん。
重要なのは、その後!
直径数百メートルはあるであろう巨大な球状の炎の壁が、セイ・ワトスンに向かって急速に収縮し始める。
むろんワシごと包み込むことになるが、自身の魔法でダメージを受けることはない。
奴は周りを確認することすらせず、薄い笑みすら浮かべているような余裕の表情でワシを見ている。
奴が取るであろう行動は、2択。
集中じゃ…。
これが最後の機会かもしれぬ。
炎がワシを通り過ぎ、奴の姿が索敵を通してしか見えなくなる。
着弾まで後少し。
どちらじゃ…?
"打消"で外に逃れるか、それとも…。
目を瞑り、感覚を研ぎ澄ます。
着弾の寸前、魔法の気配がした。
ほぼ同時に、2箇所から。
「やはり空間移動か!!!」
セイ・ワトスンが今までいなかった方の魔法の気配に向かって、外側に待機させていた"収束無塵"を全速で向かわせる。
間に合え!!
ワトスンに為す術もなく捕まってから、ずっと考えておった。
どうやってワシは捕まったのか。
あの時、ワシは魔法の気配を感じて飛び起きた。
その前には間違いなく、戦闘音も扉を開ける音も、人が入ってきた気配もなかった。
なぜか。
最初は、ワトスンが音も気配も消すような魔法を使い入ってきたのかと思った。
じゃが、だとすればワシはもっと早く魔法の気配に気付いていたはずだということに気付いた。
そして考えた末、結論に達した。
セイ・ワトスンの神に愛された能力は超高度な情報収集能力。
失伝魔法すらも含む、あらゆる魔法の情報を知っているのだと。
これは、奴が誰かに魔法を教わった形跡が全くないことの答えにもなる。
ワシが感じた魔法の気配は、失伝したとされる空間系の魔法に違いない。
知ってさえいれば、対策が立てられる。
皮肉じゃが、お主が与えた情報でワシに勝機が訪れた!
おそらく転移魔法を使ったと思われるセイ・ワトスンは、現れた後、ほんの一瞬ではあるが硬直していた。
当たる。
ワシがそう思った瞬間、奴が消えた。
いや、正確には雷光となった。
一瞬遅れて、耳をつんざくような雷の音が聞こえてくる。
避けられた…。
間に、合わぬか…。
「ギリギリに見えたかもしれませんが、何万回やっても同じですよ。あの位置に転移したのは、それで間に合うと知っていたからです」
雷の音の方向から、奴の声が聞こえてくる。
ギリッと音がするほどに歯を食いしばりながら、奴の方へ振り向く。
紫の雷光を纏ったセイ・ワトスンは、涼しい顔で無造作に剣を構えていた。
「ふん。次こそ当ててやるわい」
強がってはみたものの、今の攻防で大体分かった。
分かってしまった。
ワシの技は全て知られ、それぞれに対策も立てられておる。
今の攻撃すら、奴にとっては想定内だったのじゃ。
詠唱速度の差が大きく縮まってしまったのが、最も痛い。
以前くらい差があれば、なんとか当てられたものを…。
残された方法は、1つしかなかろう。
奴にとって未知の魔法を放ち、当てる。
空間系でも雷纏でも絶対に避けられないような魔法。
できれば"打消"すら間に合わないような。
そんな魔法があるならとうに使っておるが、それに近しい魔法をこの場で編み出すしかあるまい…。
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さて。
『ここまで追い詰めれば、初見の魔法で攻撃するしかないって考えてる頃だろうな』
オレはアカシャに事前の予測の確認をとる。
『はい。ここで考える可能性が最も高いという事前予測です。そして、いかなる新魔法であっても、現在の大賢者の能力値でご主人様が負ける可能性はゼロという結論です。油断だけお気をつけください』
『オッケー』
アカシャの返答に満足して、返事をする。
大賢者の爺さんが使ってくるであろう新魔法の内容も、たっぷりとアカシャや仲間達と研究済みだ。
仮に想定外であっても、見てからの対処で間に合うはず。
フィニッシュの時間が近づいてきたな。
今後のために、なるべく派手にいきたいところだ。




