第46話 失敗作
信じられない光景が、目の前に広がっていた。
あのラファエルが、まるで相手になっていない…。
今も、あの平民、セイ・ワトスンが紫と茶色に染まった剣を振り上げただけで、大地ごとラファエルが空中に打ち上げられた。
ラファエルは"浮遊"と思われる魔法を使い、素早く大地から飛び退き体勢を整えたが、その瞬間には紫の稲妻が閃き空を覆う。
一瞬遅れて、万雷が轟く。
いくつの雷がラファエルを襲ったのかも認識できない。
速すぎる…。
ラファエルは何をどうやっているのか、その全てを防御魔法で防ぎ切っているようだが、防戦一方だ。
もはや目の前に広がっていた荒野は、ラファエルの炎によって火山にでもなったのかというほど赤熱し、変わり果てている。
しかし、ワトスンは全く危なげもなくラファエルの攻撃を避けながら、自身の攻撃は全て当て続けている。
お互い無傷ではある。
それでも、誰の目にも明らかだった。
一方的だっ……!
セイ・ワトスンが、ラファエル・ナドルを圧倒している。
耳障りな実況も、私や他の観客と同じように驚きながら、それを大声で語っていた。
そんな…。
そんな……!!
あのラファエルだぞ。
『大賢者』とまで呼ばれ、過去には王都まで迫った敵国の軍を1人で焼滅させたなど数々の伝説を持つ、あのラファエルだ。
セイ・ワトスンが化物であることは私も身にしみて知っている。
特に2回目に闘技大会で戦った時には、分からされた。
ロジャーに鍛えられ、ある程度の実力を身に着けたからこそ分からされた圧倒的実力差に、私自身絶望もした。
だが、ここまで強かったのか……。
横目で父上の顔色を窺うと、真っ青だった。
やはり父上も、奴の力がここまでだとは想像していなかったのだろう。
もし、もしこのままラファエルが負けてしまったら、私達はどうなってしまうのだ…?
私達は、また平民に出し抜かれてしまうのか?
私が嫌な想像をしていると、近くにいた者の中で今最も声を聞きたくない者の声が耳に入ってきた。
「素晴らしい……。おそらくはスキル。そうじゃったか。情報とはつまり、取得条件すら…。急に欲張り始めたのは、ごく最近手に入れたからか?」
ロジャー・フェイラーは眼前で行われている戦いを、目を大きく見開きながら凝視していた。
「ロジャー。貴様、よくもここにいられたものだな」
私はロジャーに苦言を呈した。
コイツが私達に味方さえしていれば、今頃…。
だが、ロジャーは謝罪するわけでもなく私を横目で見て、やれやれという顔をした。
「状況が分かっておらぬようですな。私がここにおらねば、ラファが負けたときに誰があなた方を守るのですか? あなた方を手土産にしようと考える者達から」
ロジャーの言葉を聞いて急いで周りを見回すと、違和感のある反応をする者が何人かいた気がした。
「き、貴様らっ……」
怒りが込み上げてくる。
荒野の四辺に設けられた観客席。その内この観客席にいるのが、全て王族に近しい者というわけではない。
しかし、私達の近くに座るものは基本的に全て王族に近しい者なのだ。
その中に、負ければ私達を手土産にミロシュの下に馳せ参じようと思う者がいるというのかっ。
「このような事態になることを、あなただけは確実に防ぐことができた」
「何だとっ!?」
ロジャーはまだ私に意見するつもりらしい。
私だけ? どういうことだ?
「責任は、もちろん我々大人にある。しかし、私も宰相も、そして王も、ワトスンとは敵対してはいけないと言ったはずです。敵対さえしなければ、あの力を手に入れていたのは、あなただった」
「平民の力に頼ることなど、できるはずがないだろう!!」
そう言いつつ、ロジャーの言葉も多少は分かっていた。
セイ・ワトスンは、私の下で働く用意があった。
奴本人がそのようなことを言っていたからだ。
だが…。
私は母上をちらりと見る。
母上は爪を噛みちぎりながら戦いを見ていた。
「嫌いな者と仲良くならずとも、上手く立ち回る。そういう方法もあるのです。私達は、あなたの教育に失敗した。あなたには、申し訳ないことをしたと思っております」
止めろ。これ以上、私に分からせるな。
母上と父上が、間違っているはずがない。
父上の様子を窺うと、母上に寄り添うように手を回していた父上は、悲しそうに目を下に向けた。
………!!!
「もう、よい……。分かった。それ以上言うな…」
父上は、父上は、分かった上で。
そうか…。
もうこれ以上、何も考えたくはない。
私は考えることを止めて、ただ目の前の戦いに集中することにした。
もう、ラファエルが勝つことにすがるだけだ。
ラファエルが勝っても、その後どうしたら良いか分からぬがな。
戦いは、相変わらずワトスンがラファエルを翻弄していた。
「一方的にやられているように見えますが、ラファも百戦錬磨。何かを狙っているようです。それに、まだ全てを見せた訳では無い」
「そうか」
ロジャーは私の考えを汲み取ったのか、ただ優しげに戦いの解説をし始めた。
「ただ問題は、それすらワトスンには全て知られているだろうということです」
「…そうか」
ふっ。もはや失敗作であった私でも分かったわ。
セイ・ワトスンを、敵に回してはいけなかった。
全てが、手遅れだがな。




