第45話 王位継承戦
「ルールの確認をいたします! 対戦相手を死亡、気絶もしくは降参させた方の勝利となります!」
会場全体に試合開始直前のアナウンスが流れる。
元気の良さそうな女性の声だ。
実際にはフライングをしてはならないなど、非常に細かいルールがたくさんあり"契約"もしているが、それは観客達が知る必要はない情報である。
軽く砂埃が舞う中、オレは背中に背負った虹色の剣を抜いた。
サングラスを掛け終えた『大賢者』の爺さんも、腰に差していた真っ赤な杖、『焰魔』を抜いて構える。
「ワシに『焰魔』を返したこと、後悔させてやるぞ」
「むしろ、返さないで勝ったら後悔すると思ったんですよ」
爺さんが野獣のように笑うので、オレも煽るように笑う。
爺さんの装備は灰色に赤の刺繍が入った道着みたいなものと、その上に羽織った真っ黒なマントだ。
道着の方は爺さんが本気で戦う時の戦闘着で、炎系魔法の威力を高めるという効果が付いている。
マントの方は、王が今回のために貸し出した国宝だ。あらゆる魔法ダメージを大きく減衰できる。
王は本当になりふり構わず勝ちに来てるな。
オレの方はライリーに作ってもらった、いつもの冒険用装備だ。
黒のTシャツに焦げ茶色のレザージャケット、黒のデニムというカジュアルな普段着っぽいヤツ。
元の予定では『大賢者』とまともに戦うつもりはなかったから、専用対策装備とかは間に合わなかった。
とはいえ、魔力量を10%も増量できる『降魔の指輪』や、ダンジョン産のパッシブ系の指輪や腕輪は付けまくってる。
ま、それは『大賢者』の爺さんも似たようなもんだけど。
「告知の通り、これは『王位継承戦』! 『大賢者』ラファエル・ナドル様が勝てば、ノバク殿下が次期王に! 『天才』セイ・ワトスン様が勝てば、ミロシュ殿下が次期王となります!」
敬称から考えて、アナウンスの女性は平民か。調べてないから知らんけど。
さすがミロシュ殿下とジョアンさん。良い人選をする。
『はは。アカシャ、天才だってさ。お前のことだぞ』
『ご主人様自身は、平均よりやや上くらいの才能ですからね』
アカシャは紛れもなく天からもらった才能だけど、オレ自身はただの効率よく鍛えた人だ。
オレと同じだけの質と量で鍛えれば、かなりの人が似たような強さに到達できるのだから。
アカシャがいかに強力な能力かということ。
『さあ、やるぞ。オレと、お前で』
『はい』
「この国の行く末をかけた戦いが、今、始まる! 『王位継承戦』、用意! 開始っ!!」
開始の合図と同時にアカシャの切り札を使いつつ、"身体強化"、"思考強化"、"雷纏"を同時に発動しながら後ろに飛ぶ。
『大賢者』の爺さんは"思考強化"、"収束炎纏"、"身体強化"を発動しつつ、前に、つまりオレに向かって走り出した。
『いつもの必勝パターンをあっさり捨ててきましたね』
アカシャがそう考察しながら、この後の行動予測を上位20パターンほど送ってくる。
勝ち目が薄いと思ってるって言ってたのは本気だったらしいな。
オレはアカシャの行動予測を吟味しながら、そう思った。
格下相手への取りこぼしを無くすようないつものスタイルではなく、多少無理をしてでも格上を倒しうるスタイルを選択か。
精神状態は、覚悟→驚き→決断と推移している感じだろうか。
決断というよりは再確認?
アカシャの行動予測と合わせて考えると、おそらく少しでも接近して範囲攻撃の"収束灼熱"。
初見のオレの"雷纏"を見て一瞬驚くも、結局最適解は同じだと再確認したというところか。
「"収束灼熱"!!」
『大賢者』の爺さんの"宣誓"が轟く。
爺さんを中心に、纏った炎が大きく膨らんでいく。
オレがヘニルとの戦争で使った"スピキュール"と似たような技。
確かに最適解だ。
これを使わなければ、秒で勝負が付いてた可能性もあった。
オレは"雷動"で一瞬にして大きく距離を取り、炎の範囲外に逃れる。
「逃さん! "収束無塵"!」
半径50メートルほどに広がった半球状の灼熱の炎のさらに外側に、次々とバレーボール大の炎の玉が生まれていく。
凄まじい速度で作り上げられていく無数の玉は、オレとの距離を潰さんと、また逃げ場を作らせまいと襲いかかってくる。
それはさながら、炎の津波のようだった。
でも、囲まれてすらいない今の状況なら、回避は容易だ。
「"雷動"」
一瞬にして大賢者の後ろに回り込む。
ただし、"灼熱"の範囲外である70メートルほど後方だ。
全ての炎を避けて大きく迂回しても、雷の速さならばロスとも言えないような時間差だ。
「"落雷"」
すぐに"限定"は省略して大賢者の真上から雷を落とす。
『全て視えていると思いますが、防御魔法7層展開済み。3層で止まります。こちらの位置も把握されているようですね』
『初見でも対応してくるのはさすがだな』
直後、振り返った大賢者に雷が命中し、アカシャの言う通り防御魔法の3層目で止められた。
瞬時に再び防御魔法が7層まで張り直される。
おそらく"雷纏"を見た瞬間に、くらわないというのは無理だと判断したのだろう。
さらに、近付かれても厳しいと判断しているようだ。
"灼熱"の炎も半径30メートルくらいまで縮まったところで維持されている。
常時展開の魔法をかなり多めに使ってきてるな。
短期決戦にするつもりらしい。
「"雷纏"とはのぉ。嫌なところついてきおる」
再びこちらに向かって走りながら、大賢者がぼやく。
「'限定的な状況においてボズにやられる可能性がある'って言ってましたよね」
オレはニヤリと笑いながら、過去の大賢者自身の言葉を出す。
限定的な状況とは、単純に大賢者がボズを殺し切る前に接近を許した場合だ。
近距離から戦闘が始まった場合、それがあり得た。
やられる前にやる戦法に、やや弱いのだ。
弱点とも言えないような弱点だけどね。
だから、今も"雷纏"で一瞬で近付かれたり、攻撃を受けたりしないような魔法を使ってるってわけだ。
「…化物め。本当に何でも知っておるな!」
再び"収束無塵"の炎が迫ってくる。
先ほどよりさらに数倍に増えている。
背後の方にも発生し始め、オレを囲うように襲うつもりのようだ。
前回戦った試合の時とは違って、"収束"が使われているので一発一発の威力が桁違いだ。
"打消"以外では消しながら避けるのは難しい。
少し前までのオレだったら。
「"雷動"」
そう"宣誓"した瞬間、オレは空をかける一筋の稲妻となった。
詠唱待機しておいた魔法で透明な足場を作って踏み込みながら、上空の火の玉の隙間を縫うように駆けていく。
ほんの一瞬のタイミングのズレも許されない極小時間内の作業だが、今なら息を吸うようにできる。
"無塵"の炎もそこまで遅くはないのだが、まるで止まって見えるようだ。
火の玉の群れを抜けた瞬間、止まる前に詠唱待機していた"落雷"を今度は2発放つ。
上空で止まった瞬間。
オレの移動と合わせて、つんざくような雷の音が3つ、ほんの一瞬遅れて聞こえてくる。
大賢者の爺さんは、1発目の"落雷"を受けた直後に横に飛び退こうとしたようだが、2発目もしっかり着弾していた。
ただし、1発目の着弾から2発目の着弾までに防御魔法は張り直されていた。
あちらも凄まじい展開速度。
「バ、バカな…。"雷纏"での移動中に自由に動けるじゃと…? それではまるで……」
遅れて横に飛び退いた後に、上空のオレに向けて凄い勢いで顔を上げた大賢者の爺さんは、信じられないものを見たように呟いている。
声が拾えるかどうかは爺さん次第だけど、教えてあげよう。
「そうです。今のオレは、『刹那』に近いことができるんですよ」
オレは上空から、大賢者の爺さんを見下ろしながら言った。
身体強化系のパッシブスキルだけでなく、感覚強化系のパッシブスキルも重ねまくったオレの反応速度は、以前とは段違いだ。
それこそ、周りの速度が遅く見えるほどに。
アカシャをなめんなよ。
このあいだ手に入れた後天的スキルは、アカシャが特に有用だと判断したスキルの内、取得条件に運の要素を含むようなもの以外の。
全部だ。




