第20話 決意
立ち上がった足が、テーブルに突いた手が、わなわなと震えるのを感じる。
なんで、どうして。
みんなオレを信じてくれたんだろ。
一緒に村の人間を説得して、全員で逃げるんじゃないのかよ…。
混乱した思考のままに、父ちゃんを睨み付ける。
「どうして? 信じてくれたんじゃなかったのかよ!」
父ちゃんは優しい顔になって、ため息をついてからオレの疑問に答えた。
「信じてるさ。言っただろ?」
「じゃあ、どうして…。盗賊団と戦っても勝てない。殺されるだけだぞ」
「先祖代々の畑を捨てて逃げられねえ。もちろん、女子供は逃がすように村長に提案する。お前達は大丈夫だ」
「「ふざけんな!」」
今度は兄ちゃん達が立ち上がって父ちゃんに抗議する。
「父ちゃんの決定には従う。でも、俺達にも戦わせてくれ。こういう時のために、俺とジルは鍛えてきたんだ」
「兄ちゃんの言うとおりだ。オレ達も戦うぞ!」
そうじゃない。何言ってるんだ兄ちゃん達は。
「アルもジルもまだ成人してないでしょう。ダメよ」
「そうだよ。アンタらまで戦うことはない」
母ちゃんも婆ちゃんも、反対するところはそこかよ。
まず戦うことを止めろよ。
「違う。そういうことじゃないんだ。まず全員で逃げて、盗賊団が去った後に戻ってくればいいだろ。それなら畑を捨てることにはならない」
「それはできない」
父ちゃんは頑なだった。
意味が分からない。
どう考えても、オレの提案の方が合理的だろ。
誰も死なず、一時的に放棄するとはいっても、先祖代々の土地だって守れる。
何が不満なんだ。
「そうだ。父ちゃんはアカシャを直接見たことがないから信じられないんだろ? 今、アカシャを呼んで説明してもらうから…」
父ちゃんはオレの言葉を、首を横に振りながら遮った。
「信じてるって言っただろ。悪ぃな。理屈じゃねぇんだよ」
オレの目を見つめる父ちゃんの目は、どこまでも真っ直ぐだった。
本当に今の言葉が全てであるということを直感的に感じてしまったのは、オレがこの人の息子だからだろうか。
「理屈じゃないは、ずるいよ。どうやって止めればいいかわからないじゃないか」
拗ねるように呟いてみると、父ちゃんは笑った。
「まーだ諦めてねぇのか。村長んとこ行くぞ。同じ説明して、止めてみろ。村長の決定が、村の決定だ」
父ちゃんは立ち上がってオレのとこまで来て、しゃがんで目線を合わせてくれた。
そして、いつもの表情で笑いながら、頭をぐりぐり撫でるものだから、オレはすごく泣きそうになった。
結果から言うと、村長は父ちゃんと同じ考えだった。
やはり、理屈ではないそうだ。
オレのせいでこんなことになったことを謝罪したが、謝ることなど何もないと拒否された。
その代わり、ワシらの選択についても謝らんぞいと村長は笑っていた。
失意のうちに家に帰ったオレを、家族と家に来ていたケイトが慰めてくれたが、その後の夕飯は味がしなかった。
『理解できねぇ。理解できねぇよ。アカシャ』
ベッドに横になり、天井を見ながら腹の上にいるアカシャに愚痴をこぼす。
部屋では兄ちゃん達の寝息だけが聞こえる。
3歳の時に、オレも子供部屋に移動してきていた。
ずっとリビングで寝ていた父ちゃんはオレと入れ替わりで元の部屋に戻っている。
『そうでしょうとも。先祖代々の畑が大事というならば、ご主人様の提案こそを飲むべきでした』
盗賊団がこの村の畑を使って永住するなんてありえない。
絶対に奪うものを奪ったら次に移動するはずなんだ。
奪わせておけばいい。
逃げて生き延びて、戻ってきてやり直せばいいじゃないか。
なぜ、それを理解しながら自ら死ににいくような選択ができるんだ。
『理屈じゃないんだとよ…』
理解できない。意味が分からない。
自ら死ぬことに意味があるのか? それとも、意味なんてないから理屈じゃないのか?
それすら分からない。
『理屈じゃない、ですか。合理的な考えのご主人様や、合理的な考えしかできない私には想定も想像もできなかった言葉でしたね』
『そうだな…』
その言葉を聞いたときのことを思い出して、悔しくなって意味もなく寝返りをうつ。
アカシャは器用にちょっとだけ飛んで、横向きになったオレの脇腹の上に座り直した。
『問題は、ではこれからどうするか、です。いかがいたしますか?』
『オレはこの村の誰も死なせたくない。特に家族は絶対に死なせたくない』
家族や村のみんなの顔を思い出す。諦めるなんて有り得ない。
絶対に何とかする。
オレは強く拳を握りしめる。
『かしこまりました。そうなると、強引に全員逃がすか、何とか盗賊団を退かせるかになるでしょうか』
『そうだな。いくつか確認しておきたいことがある。まず、アカシャは戦っても勝てないと言ってたけど、勝てる可能性は0%なのか?』
『いえ、0%ではありません。10%ほど勝利の可能性もあると予測します』
『絶対に勝てないわけではないんだな。その10%の時はどういうときを想定してるんだ?』
『ご主人様が最高の状態、盗賊団の頭が最悪の状態であること、切り札と"雷纏"を使用していることが最低条件です』
"雷纏"の時点で生存率40%くらいじゃねぇか…。
"纏"はまだ完璧には程遠い。
失敗してもダメージのない"水纏"でずっと練習してるが、成功率はせいぜい40%というところだ。
『なるほど。ひとまず分かった。次に、強引に全員逃がすってのだけど、やろうと思えばできるのは分かる。でも、やったらどうなると思う?』
『分かりかねます。これは感情の問題が大きすぎて、推測できません』
『だよなぁ。ほぼ間違いなく死ぬって分かってても戦う覚悟の人達だ。無理やり逃がされて、その後どうなるのか想像もつかんな…』
『はい。とはいえ、少なくともご主人様が死ぬ可能性はありません。私としては、こちらを推奨したいところです』
『おいおい。でも、こっちもひとまず分かった。じゃあ、最後の確認だ。アカシャの未来についての推測は、どれくらい当たるもんなんだ?』
アカシャの情報が100%正しいのは知ってる。
だからこそ、オレはアカシャは全て正しいと盲目的に信じていた。
でも、冷静に考えるとアカシャが推測を誤ったことは何度かあったんだ。
そして、今回に関しては、逆にそこが突破口になるかもしれない。
『天候など自然に関しては、近未来ならば100%と言って良いでしょう。しかし生物に関しては、知的な生物ほど。いえ、感情を持った生物ほど推測の精度が下がります』
『人間に関してなら?』
『人間ほど感情に左右される生物はおりません。私の推測が外れることも、かなりあるでしょう』
『そうか』
『私と同等の情報を持ってさえいれば、ご主人様の方が感情を理解できる分、推測の精度が高くなるかもしれません』
欲しかった答えだ。
思わず体勢を勢いよく元の仰向けに戻して、天を仰いだ。
アカシャも再び少しだけ飛んで、オレの腹の上に座り直した。
兄ちゃんのどちらかの、うーんという声が聞こえる。
『やべ、起こしちゃったか?』
『いえ、寝言ですね』
兄ちゃん達は、決定には従うと言いつつも、一緒に戦うことを諦めていなかった。
父ちゃんに何とか認めさせようと、ずっと掛け合っていた。
オレへの文句などは、たった1つもなく。
絶対に、絶対に死なせてなるものか。
『アカシャ。決めたぞ。盗賊団を退ける。初めてお前に頼るんじゃなく、使いこなしてみせる。残りの日数で、どんな手を使ってでも、勝てる確率10%を100%に変えてやる』
盗賊団のやつらに、情報を制するものが戦いを制するってことを教えてやる。
それが、どんなに悪辣な手段でもだ。
オレはその後しばらくアカシャから必要そうな情報をありったけ聞き取り、作戦を練って、明日から動き出すべく睡眠をとった。