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第39話 プロパガンダ

 セイ・ワトスンが『叡智』ジョアン・チリッチを引き入れた。

 この一報を聞いたときには焦ったものだが、今のところおおむね私のプラン通りに進んでいる。



「やはり、来ませんでしたか」


「うむ。それは仕方あるまい。……正式に! セイ・ワトスンを、反逆者として国中に知らしめる!」



 日が暮れる頃、第一騎士団長が残念そうに言ったことに私は同意した。

 そして、この玉座の間だけでなく、王城全てに響き渡るような声で、セイ・ワトスンを反逆者とすることを宣言した。




 あの翌日、私は王として正式にセイ・ワトスンを呼び出した。

 理由は、ヘニルの復興と開発に対する報告と、『叡智』に関する報告を直接せよということにした。


 ようは、謀反むほんの疑いを晴らせということだ。


 謀反の疑いがあるという噂を流したのは私だが、それは十分に広がり、私の元を離れ、最近では外から私にそのような報告が上がってくるようになった。


 謀反の疑い。その大義名分が無ければ、いくら私が王といえども、多大な功績をあげているセイ・ワトスンを処罰するには角が立つ。


 せっかく功績をあげても王の都合で切り捨てられると貴族達に思われれば、功績制度そのものがらぎかねない。

 必ず、非はワトスンのがわにある、そうする必要があった。


 その意味では、ワトスンが私に黙って魔導王国から『叡智』を引き抜いてきたことは、都合がいいとも言えた。


 ヘニルの現状と『叡智』の現状は、第3者から見れば、いかにもワトスンが謀反を企んでいそうな状況になっている。


 事前に第一騎士団長とは打ち合わせを済ませており、ワトスンがもし、のこのこと王城に報告にくれば、報告の後に難癖をつけて切り捨てる手筈てはずだった。


 しかし、再三に渡る「早急に」という呼び出しにも、セイ・ワトスンは体調不良とうそぶいて応じず、3日が過ぎて現在に至る。



「ここまでで特筆すべき出来事は、第2王妃様と第3王子殿下が行方不明となったこと。第2王女殿下とセイ・ワトスンが関わっている可能性は高いでしょう。そして、その組み合わせもまた、脅威です」



 私の宣言によって玉座の間が慌ただしくなる中、宰相は冷静に状況を分析していた。



「分かっておる。あれからすぐに、エレーナとワトスンが接触することのないよう注意を払っておる。念のため、ミロシュにもな。今のところ、どちらにも動きはない」



 私が大義名分を求めたように、セイ・ワトスンも無実を保証してくれる後ろ盾を求めるはずだ。

 いずれきっと、どちらかに接触を試みるはず。

 それを何とか阻止する。



「彼がその気になれば、見張りのたぐいは意味をなしません。報告が上がってこないだけで、すでに動いていることまで視野に入れるべきです」



 宰相はそう言うが、ではどうしろと?



「…それは実質、対策不可能と言っているのと変わらん。ワトスン反逆のれが広まり次第、ラファ…『大賢者』を派遣する。それで良いか? ヤツが何を企てようと、それで終いだ」


「それしかありますまい」



 予定より早くラファを出すことを提案すると、宰相は同意した。


 できれば、ラファを出すのはもう少し後にして、何とかワトスンを王城におびき出すようにしたかったが、仕方あるまい。

 何らかの企みを実行に移される前に殺した方がよかろう。


 ラファからは、戦う場所によっては王都が焦土と化すと聞いているがな…。





 明くる朝、王城の文官たちの総力を上げた触れ書きが王都中に張り出された。


 ギルド、銀行、広場、人々が頻繁ひんぱんに利用するあらゆる場所に、目につく形で、セイ・ワトスンが反逆者となったという説明が掲示された。


 それは凄まじい勢いで広まっているようで、昼間にはすでに、王城に多くの問い合わせが殺到しているようだった。


 どんな問い合わせだろうと、答えは1つにしろと厳命している。


 セイ・ワトスンは間違いなく反逆者である。捕らえて王城に差し出せ。という答えだ。


 もちろん、セイ・ワトスンを捕らえられる者などいないだろう。それは期待していない。

 しかし、世論をそのように形成するのが大事なのだ。


 最悪、国外に逃亡されることは大目に見る。

 逃亡先の国には圧力をかけ、何とか始末できるよう手は尽くすが、もはやここまで来ると、国に居座られるよりは良い。



「予想より広まりが早い。ラファを呼べ!」



 夕方、1日中玉座の間で報告を受け続けていた私は、触れが十分に広がるまでそう遠くないと判断し、ラファを呼ぶように命じた。


 興奮で冷静さを欠いているのか、『大賢者』ではなくラファと呼んでしまったが、まぁ良いだろう。


 その直後だった。


 数人の文官が、息も絶え絶え玉座の間に走り込んで来たのは。


 今日は実に多くの者がここに報告に来たが、こうまで切迫した様子の者は初めてだった。

 しかも、同時に何人も。



「何事だ!!」



 私は何かあったことを確信して、玉座から立ち上がって報告を促した。



「「「「ミ、ミロシュ殿下が!!!」」」」



 文官達が一斉に声を上げる。


 ミロシュだと!? 


 あいつの周りには影を何人も忍ばせてあったのに。


 しかも、セイ・ワトスン達の見張りは、『叡智』の1件があったあの1日以外は無事で、ミロシュとの接触は無かったはず…。

 宰相の言うように、どこかの時点で接触されていたか。


 文官達に詳細を求めると、実際に目にした方が良いということで、バルコニーへの移動を促された。


 実際に目にした方が良い? どういうことだ?


 混乱しながら、バルコニーに移動する。

 そして、王城内からバルコニーへと一歩を踏み出そうとすると、



「王! いけません! お下がりください!」



 一緒に付いてきていた宰相に必死になって止められた。


 どういうことだと宰相と文官達を見ると、宰相は安心したように長く大きく息を吐いた。



「念の為です。バルコニーでは、魔法が使えるのですよ」



 宰相の言葉を聞いて、私は青ざめた。


 どんな情報でも手に入れることができると思われるセイ・ワトスン。

 つまり、私がバルコニーに出た瞬間を狙っていても何らおかしくないということか…。


 私は今ようやく、セイ・ワトスンが生きている限り、自分が王城から一歩も出られないことに気付いた。



「くっ。化け物め…」



 私は、信じがたい奴の力に対して悪態をつく。



「その化け物を相手にすると決めたのは、あなたです。王…。外は私が見てまいります。もう少しお下がりになってお待ちを」



 宰相の私をとがめるような言葉に、素直にうなずく。


 宰相達を待っている間、バルコニーの方から漏れ聞こえてくるミロシュの声だけで、いかに不都合な事態が起きているかは把握することができた。



「そうか。ミロシュ…、お前は決めたのだな…」



 ミロシュの声を聞きながら、独り言を言う。


 ミロシュは明確に私を批判し、セイ・ワトスンの無実をき、民達の心理をあおっている。


 時折ミロシュではない声も混じっているが、こちらは声が小さめでここからは聞き取れない。




 やがて、一通り全てを把握した宰相が戻ってきた。


 どうやらミロシュは何度も同じ話をしているようで、今もミロシュの声は聞こえ続けているが、その内容は先ほど聞いたものとそっくり同じだった。



「セイ・ワトスン…。やはり、敵に回してはいけなかった…。国際大会のアレは、この時のためだったと言うのか…?」



 宰相はすっかり意気消沈して、ブツブツ呟いている。



「宰相、説明せよ。何があったのだ? ミロシュの声は余にも聞こえていた。それ以外に何が…」



 宰相の両肩に手を置き、説明を促す。


 非常にまずい状況というのは分かる。

 対策を打たねばなるまい。



「映像でした…。王も、国際大会の際にご覧になったでしょう。()()、現在や過去を映す映像です。王都中、どこでも観れるようですよ…」


「どんな映像が流れていたのだ!?」



 私は、宰相にさらに詰め寄った。

 背筋に悪寒が走るのを感じる。


 映像の内容によっては、全ての前提が崩れる。



「ミロシュ殿下が演説する様子と…。あなたと第一騎士団長が密談する様子など、セイ・ワトスンをおとしいれるための、あらゆる証拠映像が…」



 宰相は、もはや諦めたように目をそらしながら、覇気のない声で答えた。


 セイ・ワトスンを処罰するための大義名分…。

 その前提が、崩れる…。


 民達は、信じるだろう。


 国際大会の時のただ1度の経験で、あれが実際に起ったことを再現する映像だということを知ってしまったから。



「あれは、あれは…、『支配者』がいる学園だからできたことではなかったのかっ!!」



 私は宰相にすがり付くような姿勢のまま、膝から崩れ落ちた。


 こんなこと…。

 私の信用は地に落ち、ミロシュの信用は盤石になる。

 力関係が、逆転する恐れすらある。



「今すぐ、全てが捏造ねつぞうであると発表ください。根拠を示すことは、極めて困難ですが…」



 宰相は力なく話す。


 真偽判定官に嘘を付かせる方法は…、ダメだ。

 第三国から中立の真偽判定官を連れて来られれば、むしろ傷が広がる…。

 正しいことを言っているのは、向こうなのだ。



「なんということだ…」



 私はよろよろと立ち上がり、今すぐ対応をすべく重い足を動かし始めた。


 できることを、しなければ。


 ここからは、国を二分した戦いになるかもしれぬのだから。






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 ジョアンさんが整えた舞台で、ミロシュ殿下がいさましく演説をしている様子を、アカシャを使って映像化する。


 ジョアンさんは、自分が映らない場所からカンペを出している。

 カンペと言っても、喋る内容自体が書かれているわけではない。


 もっと感情に訴えかけるように、だとか、民の最後の1人まで理解できるよう要点を絞って、といった感じだ。


 彼いわく、大衆の心理に訴えかけるには、ミロシュ殿下自身の熱のこもった言葉でなければ意味がないそうだ。



『効果は抜群のようですね。平民の大半は、王を批判しミロシュ殿下とご主人様を支持している様子です』



 アカシャさんはオレが反逆者呼ばわりされることにご立腹だっただけに、今はご満悦らしい。

 いつも平坦な声が、わずかに弾んでいるような気がする。



『証拠映像付きだからね。こっちは嘘は言ってないし』



 あくまで真実としてはこちらに正当性がある。

 それがこの世界では特に強い。

 真偽判定とかがあるからね。



『ご主人様に情報戦を挑んだ事自体が無謀なのです』



 アカシャが辛辣しんらつに言う。

 まぁ、オレにっていうか、アカシャにだけどね。


 あと、そもそも向こうはこれが情報戦だという認識が無かったかもしれない。

 情報戦って概念があるかどうかがまず怪しいし。



『それにしてもスゲー効果だなこれ。プロパガンダって言うんだっけ。ヤバすぎ…』



 特定の方向に大衆心理を誘導する情報戦の方法。


 あまりに強力だし、なんというか、エゲツねぇ…。


 絶対に悪いことには使っちゃいけないヤツだなと思った。






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― 新着の感想 ―
[一言] (勝手に)人物紹介 人類史上最高の愚王:ファビオ 国だけでなく人類が歩み始めてから類を見ない暗君 セイ・ワトスンと敵対し持てるもの全てと民の信頼をなくした愚か者 後世の歴史学者からは「なぜそ…
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