第35話 スルティアの覚悟
見張りは数分で片付いた。
"危険察知"持ちはいなかったし、常時索敵を使っていられるほど魔力量が多いヤツもいなかったからね。
というか、それくらい優秀であれば、さっさと捕まえて部下にしてるんだよな。
透明化と消音の魔法を使って、屋敷の見張られていない窓から出てこっそり近づけば楽勝だった。
アカシャがいなけりゃ、どこが見張られてない窓か知るのも難しいんだけどね。
「次の見張りの交代まで3時間と少し。それまでにミロシュ殿下とエレーナ殿下との話を済ませよう」
屋敷に戻り、捕まえた見張り達に簡単な説明と"契約"だけ急ぎ済ましたオレは、残っている皆にそう話した。
「次の見張りも消しちゃえばいいんじゃないの?」
「間に合わなければね。相手に与える情報は少なければ少ないほどいいんだよ」
ベイラの質問に答える。
今までも何回か見張りを消したことはあるが、2連続はない。
いつもと違えば、確実に何かやっていたと思われるだろう。
タイミングが良すぎるから、どちらにせよ疑われはするだろうけど。
僅かな有利を積み重ねるのも、情報戦では重要なことだ。
「帰った後、堂々とギルドに行きましょう。私が登録すれば、確実に上層部のみ騒ぎになります。いい目くらましになるはずです」
「なるほど。いいですね」
しばらくは正体を隠して行動すると言っていたジョアンさんだが、ここでスルト上層部には正体を明かすことにしたようだ。
スルトとしても、現状で魔導王国との国際問題は避けたいだろうから、公表することはないはずだ。
というか、必死に隠すだろう。
上手く行けば、ジョアンさんをこっそり迎え入れるために見張りを消したと勘違いしてくれる可能性もある。
「またアリソンが死ぬわね」
「必要な犠牲さ」
ネリーがボソッと言ったことに、アレクがさらっと答えている。
…すまん、アリソンさん。
やっと、ホワイトな職場に改善したのに。
このお詫びは必ず早めにしようとオレは心に誓った。
「ついにこの時が来たのじゃな。行くぞ、セイ。わしも覚悟は決まっておる」
「ああ。頼りにしてるよ。スルティア」
スルティアは今回、オレのために2人に正体を明かしたいと言ってきた。
1度は丁寧に断ったけど、スルティアの意志が固かったのでお願いすることにした。
あの2人ならスルティアを利用しておかしなことをしようとは思わない気がするし、最悪の場合でもオレ達がスルティアを守ればいい。
守るために縛り付けるのは間違ってると、オレは思う。
「こんばんわ。セイ。こんな時間にあなた1人で訪ねてくるなんて、珍しいじゃない。愛の告白かしら?」
学園の寮にいたエレーナ先輩を訪ねると、彼女はいつも通りの余裕の笑みでオレを部屋に迎え入れた。
後ろに2人の護衛を立たせ、優雅にソファーに座っている。
ドアを開けてくれた人は、そのままドアの前を守っているようだ。
事前に念話機で、急ぎ会いたいということは伝えておいたから、急用だとは分かってるはずなのに、まさか会うなりからかってくるとはね。
「1人でもないですし、愛の告白でもありませんよ、エレーナ先輩。お願いしたとおり、『最善』の状況を整えてくださってありがとうございます」
オレはそう言いながら、仲間の透明化を解除する。
突然4人と妖精が現れたことに、部屋付きの護衛達が大きな反応を見せる。
「この人数で来るって話はしたでしょ。問題ないわ。というか、セイがその気なら人数に関係なく、どうにもならないわよ」
エレーナ先輩は軽く手を振りながら笑って言う。
ドアの前にいる人も含め今、この部屋には王と通じる可能性のある人物はいない。
エレーナ先輩が『最善手』を使って、この場にいるべきでない人間にはしばらくの間お使いに行ってもらったからだ。
オレはエレーナ先輩の対面の3人掛けのソファーの中央に座った。
両隣には、スルティアと、ジョアンさんが座る予定だったが、ジョアンさんより先にネリーが座った。
何してんだオメーはよ…。
そういう目で見たら、ネリーはフイッと目をそらした。
ま、いいか。
ジョアンさんが重要なのはミロシュ殿下との話の方だ。
ここではたぶん、出番はないだろう。
ジョアンさんも同じ意見だったのか、すでにアレクと一緒に後ろに立っている。
「王が、オレを消すことを決めました。力になっていただけませんか?」
オレは単刀直入にそう切り出した。
「いいわよ。私はあなたに付く。前にもそう言ったでしょう? ただし、王になる気はないわ。キャメロン…弟もダメよ。まだ幼いもの。ミロシュお兄様にしてちょうだい」
驚く護衛たちをよそに、エレーナ先輩は余裕の笑みを崩すこともなくハッキリと自分の意見を言ってきた。
「ありがとうございます。そうおっしゃるのではと思っていました」
ニッコリと笑って、協力に対してのお礼を言う。
「私は、あなたでもいいと思っているのだけど…」
エレーナ先輩はいたずらっぽく笑う。
またからかってきた。
ネリーとスルティアは余計なこと言うなよって顔してるし、アレクはそうですよねとばかりに頷いてるし、お前ら顔芸下手すぎかよ…。
「僕じゃ人がついてきませんよ。大義がない。やる気もないですけどね」
「そう。ふふ、わりと本気で言ったのよ」
オレも笑顔を崩さずポーカーフェイスで答えるが、エレーナ先輩はどこ吹く風といった様子だ。
わりとって辺りが、からかってるんだよなぁ。
こっちもお返しするけど。
オレは口角を上げる。
「やりたくない理由の1つを、ご紹介します。僕の右隣に座る彼女、不死者のスルティア様と言います。『建国の母』『スルトの守護者』『学園の支配者』、そのように呼ばれていますね。彼女が建国王の血を絶やさないことを望んでいます」
オレがスルティアを紹介すると、初めてエレーナ先輩の目が大きく見開かれ、驚きの表情へと変わった。
やってやったぜ。
「あなたが…、『学園の支配者』…様? まさか、1000年以上、ずっと…?」
いつも動じないエレーナ先輩が、明らかに動揺している。
後ろの護衛の人なんて、跪いた方がいいのか迷ってるのか、すっごいオロオロしている。
さぁ、スルティア。
場は完璧に整った。
ここで威厳のある言葉を頼んだぜ。
もう協力は取り付けてるけど、お前からの言葉なら、それがより強固になることは間違いない。
「うむ! わしがスルチアじゃ!…………!!!」
スルティアのヤツ、噛みやがった……!!
そして、やってしまったどうしようって感じでオレの方を見てやがる…。
マジかよ、スルティア様とか言っちゃったんだけど、オレ…。
ベイラは頭の上で腹抱えて笑ってるし、メチャクチャだよ。
『台無しですね…』
アカシャさんですら絶句してるんですが…。
エレーナ先輩も、何が起こっているの?といった様子で凍りついている。
どうとでもなりそうではあるんだけど、どうすんだこれ…。




