第34話 暗君
第1王妃ビクトリアが自ら動いてオレを殺すことを決めた夜。
彼女の動向を見張らせていた侍女からの報告を聞いた王が動いた。
オレを近日中に王城に呼び出すように伝え、翌日早朝に第1騎士団長との密談の準備を整えて、すぐに後宮に向かった。
イザヴェリアの領主館の自室で、肘掛け椅子に座りながらアカシャにその様子を見せてもらっていたオレは、深いため息をついた。
『残念ながら、もう予想が覆ることは無さそうだな』
『そうですね。こちらも予定通りに動かれますか?』
『ああ。皆に連絡しよう。王に先んじて、見張りは全て消しておく』
アカシャと話し、こちらもすぐに動き始めることを決める。
ジョアンさんが仲間になったことで、集めた情報を元にした行動予測の精度が段違いに上がっている。
ジョアンさんはオレとアカシャが苦手な、相手の感情を読むことを得意としているからだ。
王はバレていることを承知でオレに複数の見張りを付けている。かなり前からだ。
見張りが消されることも1つの情報なので、無駄ではないという判断らしい。
王が音を上げるまで消し続けるという選択肢もなくはなかったけれど、そうはしなかった。
オレはできれば王と敵対したくはないと思っていたからね。
とはいえ、今回みたいに重要な時にだけ見張りを消すと、"何か重要なことをしようとしている"という情報を読み取られる可能性が高い。
だから、何でもない時に数回だけ、見張りを消しておいた。
彼らは今、他国でオレ達のために働いてくれている。
契約魔法、ほんと便利。
「何かあったの?」
オレとアカシャの念話の雰囲気を察して、部屋でくつろいでいたベイラがこちらに飛んできた。
「王が動いた。こっちも動くぞ。今、念話で呼んだから、皆もすぐに来るはずだ」
「オッケー。面白くなってきたの!」
簡単に事情を話すと、ベイラは好戦的に笑った。
王が決断してオレを殺しに来るパターンが、1番早く全てが動き出すって予測だからね。
ジョアンさんの大陸統一案は、意外にも皆メッチャ乗り気だったんだよな。
正直、ネリーは反対だと思ってたんだけど。
大陸統一をすれば少なくとも今より平和になるし、結果的に最も民が死なないと考えたらしい。
まぁ、ネリーがいいと思うなら、おかしなことにはならないと思うんだよな。
オレはネリーの理想には絶対の信頼を置いている。
少し待つと、スルティア、ネリー、アレク、ジョアンさんが部屋にやってきた。
「念話で話した通りだ。まずは見張りを全員捕らえる。場所を映すから、分担を決めよう。細かい指示は現地で出す」
オレはそう言って、魔法で壁に見張り全員の配置を映し出した。
「ここまで詳細に把握できるのですか…。主殿は恐ろしいですね。敵でなくてよかった」
この中で唯一、アカシャの能力の全てを知っているわけではないジョアンさんが、それを見て感想を言う。
「ファビオを許せとは言わぬが、スルトを潰してくれるなよ」
オレがスルトを潰してしまうことを恐れたのか、スルティアが牽制を入れてくる。
そんな予定はないだろ? 心配性だなぁ。
1000年スルトを守ってきたんだから、当然と言えば当然なのかな。
「分かってるって。見張りを消すのは、ミロシュ殿下とエレーナ殿下に会いに行くのを報告されないためだ」
スルティアの言葉に対して、当然だろというニュアンスを込めて返事をする。
スルティアとゴードン村の家族がいる限り、オレがスルトを潰すことも、スルトを離れることもない。
仲間や家族が大事にするものは、オレも大事にすると決めている。
「じゃあ、行こうか。静かにね」
アレクが天使の笑顔を見せる。
「見張りも気の毒よね。全部バレてて、気がついたら捕まってるなんて」
ネリーが見張りのことを思いやった発言をする。
まるでオレが悪いみたいな言い方だなぁ。
殺さないし、ウチの暗部に再就職したら福利厚生はスルト王家より良いんだよ?
少なくともしばらくは、海外勤務だけどね。
「見張りの皆さんの将来については、気に留めておくよ」
割と本気でそう言いつつ、オレは皆と一緒に見張り狩りをすべく部屋を出た。
あ、ジョアンさんは実力不足なので留守番ね。
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後宮の廊下を、ビクトリアの部屋に向かって早足で歩く。
分かっている。
私は暗君だ。
宰相やロジャーが正しいのだ。
ノバクを切り捨て、貴族派の反対を押し切ってミロシュを次期王としてでも、セイ・ワトスンを取り込むべきだということなど分かっているのだ。
だが、どうしてノバクを切り捨てることなどできようか。
あれだけ望んだ最愛の妻との長男。
ビクトリアと2人で、周りからのプレッシャーに耐えに耐えて、やっと生まれたノバクを抱いた時の気持ちは他の誰にも分かるまい。
ビクトリアと結婚してから13年。
プレッシャーに耐えかねて犯した、私の人生最大の過ちでミロシュが生まれてから10年経っていた。
私だけがプレッシャーから逃げた。
それでビクトリアはおかしくなってしまった。
誰にでも優しかったビクトリアが。
全て私が悪いのだ。
ずっと後悔していた。
一生後悔するだろう。
2度もビクトリアを裏切ることなど、できようはずがない。
それが王として、正しくないとしても。
ビクトリアの部屋に着いた私は、扉を勢いよく開いた。
「ファビオ!? どうしたのですか。今日はいらっしゃる予定はなかったはず…」
突然の私の来訪に驚いている、椅子に座ったままのビクトリア。
私は白のネグリジェを着た彼女に足早に近づき、抱きしめる。
「ビクトリア。セイ・ワトスンは怪物だ。君は手を出さなくていい。私がやる。ずっと準備をしていたのだ。持てる全ての力で、君達を守ってみせる」
ビクトリアを力強く抱きしめながら、私は彼女に思いを伝えた。
「ああ、ファビオ。やっと決断してくれたのですね。一緒に貴方を誑かす平民を、根絶やしにしましょう」
私を抱きしめ返すビクトリアの言葉は狂気に満ちていた。
きっと、表情も。
彼女をそうしてしまった責任を、取るのだ。




