第31話 平和な世界
夏休みが終わり、前期期末試験を経て、スルティア学園の後期の授業が始まった。
ネリーは以前ほど試験に苦戦することがなくなり、「勉強の仕方が分かった」と胸を張っていた。
アカシャが「たいしたものです」と言っていたくらいだから、その成長の凄まじさが分かるというものだ。
まぁ、まだまだ1軍の平均点には届いていないけれど。
それから、今年は国際大会がないので、闘技大会が通常日程である後期の始めに行われた。
2学年はオレが優勝したんだけど、決勝のアレクとの試合は最高に面白かった。
もはやアレクは試合のルールの中ではミカエルよりも強い。
学園全体としては、委員会に熱心に参加していた者とそうでない者で明暗が分かれた。
上位は全て強化指定選手が占め、あまり参加していないものは一部の例外を除き、ことごとく早々に敗退した。
『国際大会強化委員会』の成果であることは誰の目にも明らかで、魔法を重視する貴族にとって、この結果は決して無視できないものとなったようだ。
元々かなり参加率の高かった委員会だが、この日を境に全校生徒が目の色を変えて参加するようになった。
さらに、その余波を受けて委員会が主催する情報共有会がさらに勢力を増し、生徒会が主催する情報交換会は事実上崩壊した。
そのほか夏休み後に大きく変化したこととしては、学園生の何人かがオレに接触してきたことがある。
本人、もしくは親が情報に敏感なようで、銀行のことやミスリルやアクエリアスのことなどを質問してきたり、領地のコンサルティングについての詳細を求めてきたりした。
特にコンサルティングについては、ヘニルでの結果がはっきりと出る前に検討を始める貴族がいるとは考えていなかったので、驚いた。
何しろ、第1王妃からコンサルティングを受けるなと指示が出ているのだ。確実に目をつけられるだろう。
まさか結果が出る前からそのリスクを犯す貴族がいるとはね。
オレやアカシャの当初の想定を超える進行速度だ。
コンサルティングで結果を出せば、オレは単純に儲かるだけでなく、儲けさせた貴族からの支持を得られることになる。
未来予測としては、コンサルティングを受けているか受けていないかで酷く差が付き、受けていないものからは依頼が殺到するだろう。
それは、無駄な戦いをしなくとも王家からオレを守る力となるはずだ。
ただし、それは間に合いそうにない。
というより、どうやら王がそのような状況になることを恐れている節があるので、間に合わせてはくれないだろう。
「いよいよ王が決断をしそうな気配が出てきたな」
オレは浮遊大陸の領主館の自室で椅子に腰掛け、アカシャから様々な情報を見せてもらいながら、今後の予測をしていた。
最近はジョアンさんが領主館に滞在している関係で、夜は学園の寮より領主館で過ごすことが多くなっている。
「はい。王と大賢者の動きには最大限注意を払っております。また、暗殺についても警戒を強めております」
左肩の上に座るアカシャが、いつものように平坦な声で報告する。
アカシャに今まで以上に警戒されたら、相手がアカシャでも持ってない限り暗殺なんて無理でしょ。
オレのアカシャが優秀過ぎて助かる。
「今までも避けてきたけど、今後は王城への呼び出しは全て無理にでも理由を付けて断るしかないな」
魔封石で造られている王城は、オレを騙し討ちするには最適な場所だ。
魔法が使えなければ、分かっていても避けきれないという状況が発生しやすくなる。
例えば、魔法が使えない状況で騎士団数人に囲まれれば、子供のオレでは為す術もなく殺されるだろう。
切り札を使っていてもだ。
「そうですね。ご主人様が王城に入ることを恐れているという情報も、今後のことを考えると重要となるでしょう」
アカシャの言葉に頷く。
オレが王城での暗殺を恐れているのは事実であると同時に、
王に知っておいて欲しい情報でもある。
あえてこちらから知らせるつもりもないけれど、機会があれば伝わるようにしたい。
これを強く印象づけておけば、いざという時により効果が高まるはずだからだ。
「不利な情報すら逆手に取る。情報を制するっていうのはこういうことだよな」
オレはニヤリと笑った。
「…ご主人様。ジョアンが訪ねてくるようです。内容は、ご主人様に対する苦言。なるほど、これは聞いておいた方が良いでしょう」
ふいにアカシャが、この後ジョアンさんがこの部屋にやってくることを伝えてきた。
聞いておいた方がいい苦言か。気になるな。
オレはアカシャから簡単に内容を聞きながらジョアンさんを待つことに決めた。
少し経つと、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
ジョアンさんだということは分かっているので、どうぞと声をかける。
「主殿。先程初めて聞いたのですが、この屋敷は主殿の屋敷ではないのですか?」
ジョアンさんは入ってくるなり、本題を切り出した。
「そうですよ。オレとアレクとネリーの屋敷です」
この浮遊大陸の領主はオレ達3人という特殊な状況だ。
もちろん、この領主館も3人の共有ということになる。
「では、主殿の男爵としての屋敷は?」
「…ありません」
オレはちょっと申し訳なさそうに答えた。
そう。ジョアンさんは先程、この屋敷の使用人に聞いて初めてこの事実を知ったのだった。
そしてオレは、一代とはいえ貴族でありながら、屋敷も家来もまともに持っていないことをジョアンさんに怒られた。
オレとしては、事実上持っているようなものだから問題ないと思っていたのだが、ダメらしい。
実家があるネリーとアレクは問題ないけど、オレは貴族なのに家も持っていない者として侮られてしまうとのことだった。
こんな感情由来の常識なんて知らんがな…。
「主殿の立場を考えても、財力を考えても、全男爵の中で最も豪華な屋敷を建てて然るべきなのですよ!」
「ご、ごめんなさい…。あ! そういえば、ここにはいないけど、家来ならいっぱいいますよ! 各国のスパイを捕らえて再利用してるんでした!」
ジョアンさんの圧に押されて、オレは言い訳じみた言葉を絞り出した。
「暗部ばかりではないですか…。というか、やっぱり貴方の仕業でしたか!」
ジョアンさんは呆れたように言った後、頭を抱えた。
彼は魔導王国のスパイが戻って来ないのはオレのせいだろうと当たりを付けていたようだからね。
全部始末されたと思っていたみたいだけど、そんなもったいないことはしない。
よほど忠誠心が高すぎて見込みがない者以外は、全て"契約"してオレ達のために働いてもらっている。
「はぁ…。そんな量の契約魔法をどうやって。…いえ、失伝魔法すら使える貴方です。何を使えてもおかしくないのでしょうね。もちろん、このことは黙っておきますよ」
オレが少し説明しただけで色々把握したらしいジョアンさんが、1人で納得している。
当たっているので、オレも訂正はしない。
「で、結局オレはどうすればいいんです? 男爵としての屋敷を建てて、使用人を雇えばいいですか?」
オレは開き直ってジョアンさんに結論を求めることにした。
どちらも全く問題はない。
せっかくだから、たっぷり金を使って、金を循環させよう。
「そうですね。ただ、せっかくですので、使用人を雇うだけでなく、最高の家臣団を作ることを提案します。各国に埋もれている優秀な人材を集めるのです。主殿の能力なら、できるでしょう?」
ジョアンさんの提案は面白いものだったけれど、明らかに何かを企んでいるであろう提案でもあった。
そしてこれは、アカシャから事前に聞いていないことだった。
『アカシャ。何か知ってるか?』
『いえ。今まで誰にも話した形跡はありません』
『そうか。本人に聞くしかないな』
アカシャもこれについての情報は持っていないようなので、何かを企んでいるとしても、ジョアンさんだけの企みであるということだ。
「できますけど、何を企んでいるんです? 今のオレに、そこまでの家臣団は必要ないでしょう」
オレがそう聞くと、ジョアンさんは意味ありげに微笑んだ。
「主殿とはまだ短い付き合いですが、それでも確信したことがあります」
「…確信? 何を?」
ジョアンさんは、オレの態度とかで何かを確信したのか?
オレはもったいぶるジョアンさんに、先を促した。
「平和な世界に、興味はありませんか?」
ある。
そう思うと同時に、ジョアンさんが何を企んでいるのか、大体の見当がついた。




