第28話 ワトスンレポート
スルト王城、会議室。
文官から銀行の報告を聞いた、スルト王ファビオ・ティエム・スルトは戦慄していた。
「このようなことになることは予想されていた…。しかし、ここまで…。ここまで差が出るものなのか…?」
ワトスン銀行の正確な情報は分からないが、少し調べただけでも貸付によって圧倒的な差が出ていることは明らかだった。
「向こうは発案者。元々貸付先を考えていたのでは? どうやら、ワトスン銀行は自ら貸付先に営業を行って、提案をしているようです」
文官は王の疑問に対し自らの考えを述べつつ、情報を付け足す。
「なるほど、自ら貸付に。宰相、こちらも同じことをするのは可能か?」
スルト王が宰相に話を振る。
「可能ではあります。が、すぐには難しいです。一言で言いますと、情報が足りません。どこに貸付をすれば良いのか、それが分からないのです」
その質問は予想していたとばかりに、宰相は流暢に答える。
「やはり結局は情報か。こんなことまで分かるのだな…。こちらも採算が合うのであれば、調査を行い積極的に貸付を行え」
王は難しい顔で指示を出す。
「かしこまりました。採算は合うでしょう。しかし、それでもワトスン銀行との差は開く一方です。幸いなのは、張り合う必要はないということ。国が潤えば良いのですから、差は気にせず、こちらの利益だけを追求するべきです」
宰相は王をしっかりと見つめて、ゆっくりと言い聞かせるように話した。
それはあたかも、何かを必死に伝えているようだった。
「そう、だな…。そうするべきとは、分かっておるのだ…。よかろう。銀行はその方針で良い」
王は視線を落とし、自嘲気味に呟いた。
そして目を瞑って少しだけ考えた後、はっきりと宰相に決定を伝えた。
宰相はそれを聞いて軽くため息をついた後、気をとりなおしたように話し始める。
「かしこまりました。それから、こちらは確定情報ではないのですが、お耳に入れておきたい噂がございます」
宰相はそう言って、文官の方を見やって話を促す。
王は軽く頷いて、宰相が視線を向けた文官の方を見た。
「『ワトスンレポート』という単語をご存知でしょうか?」
「いや。初めて聞く」
文官の問いに、王が短く答える。
「ワトスングループが異常な成功を収めている理由とされる紙が存在するという噂があるようなのです。会長ジョージ・ワトスンが、銀行のトップや、傘下の商会の会頭達に渡しているらしい紙。それが『ワトスンレポート』です」
文官が説明すると、王は考える仕草を見せた。
「ふむ…。それは、あるだろうな。何らかの情報を伝える手段があるはずだとは思っていた。しかし、ジョージ・ワトスン? なぜ真偽が不明なのだ?」
王は少し考えた後、文官と宰相を見回しながら尋ねた。
「はっきりと存在を確認した者は誰もいないようなのです。話を聞いた者達の中には、中身はおろか、それらしき紙すら見たことがある者はおりませんでした」
文官は横に首を振り、答える。
「そうか。だが、おそらく『ワトスンレポート』はある。何とか手に入れろ。奴の能力の詳細が分かる可能性もある。我々が利用できるかもしれんしな」
王は文官の話を聞いた後、そう命じた。
会議の後、宰相は人払いを行い、王と2人で会議室に残るように手配した。
文官達には聞かせられない話なのだろうと、王もそれに応じた。
広い会議室にたった2人。
同じ方向を向いて王と宰相が座っている。
「王。ノバク様やパブロ・ペールの件を考えると、よほどのことがない限りセイ・ワトスンの報復を受けることはないでしょう。しかし、くれぐれも慎重に動かれますよう。必ず、どこかに越えてはならない一線があるはずです」
宰相は真剣な顔で王に注意を促す。
王はそれにピクリと反応し、険しい顔で宰相に尋ねる。
「これが、それに当たると…?」
「いえ。ただ、くれぐれも慎重に、決して刺激しすぎることのないようと申し上げているのです。下手をすれば、国が滅ぶとお思いください…」
宰相は、王の問いに対して否定をした。
そして、自らの言葉の意図を補足した。
それはいつか、王が言った言葉に酷似していた。
「ふっ。そうか。そうであったな…。しかし、『ワトスンレポート』は手に入れろ。ただし、セイ・ワトスンとジョージ・ワトスンは決して怒らせるな。加減はお前に任せる」
王は有無を言わせず宰相にそう告げて、席を立った。
「王! 彼とは共存できるのです!」
会議室から出ていこうと背を向けて去っていく王に対して、宰相も席を立ち、振り向きもせずに叫んだ。
「お前も裏の歴史は知っているだろう。スルト千年の歴史で最高権力者は常に王だったが、実質的にはそうとは限らなかったと」
王も振り返らず、それだけ言うと会議室から出ていった。




