第18話 オレのせいだ
アカシャの言葉を聞いてから、どれぐらい放心してしていただろうか。
どんなに絶望していても、どんなに足元が崩れ去った気分になっても、まだ死んだわけではないと思い至ったとき、少しだけ頭が働いてきた。
少し冷静になって脳裏に浮かんで来たのは、なぜ盗賊がここを襲おうと決めたのか。
考えれば考えるほど、1つの思考に埋め尽くされる。
オレのせいだ。
オレのせいだ。
オレのせいだ…。
「なぁ、アカシャ。その盗賊団がこの村を標的にしたのって、オレのせいか?」
「盗賊団がこの村を標的にしたのは盗賊団のせいです。ご主人様のせいではありません」
表情も声も変わらないアカシャだけど、決して冷たい訳じゃない。
その返答は、オレに嘘が付けないアカシャの精一杯の気遣いが溢れていた。
オレはちょっと泣きそうになった。
「はは…。気を使ってくれてるのか。ありがとう。でも、そういうことじゃないんだ。オレがこの村を豊かにしたことは、盗賊団の標的の選定に影響したか?」
「否定できません。盗賊団の会話の中に、ここ数年で豊かになった村があるらしいという言葉を確認しております」
「そうか。やっぱり…」
村長が急激な変化を心配してたのは、こういうことまで考えてのことだったのかな…。
村を豊かにしたことが間違ってたとは思わないけど、目立ちすぎないようにしながらやるべきだったのか?
くそっ! どうしてこんなことに…。
後悔以上に、自分の思い通りにならない苛立ちが強いことに吐き気がする。
傲慢。
全てが上手くいくと、愚かにも深く考えずにやりたい放題やった結果がこれだ。
「一応聞くけど、予測はできなかったんだよな?」
「はい。盗賊団が存在する以上、確率上の危険は常に存在していますので。それに、彼らは豊かさよりは近さを優先することが圧倒的に多いのです。村を豊かにすれば襲われるとは一概に言えません」
今アカシャにしている設定は、ほぼ確実に起こりうる危険に対しての警告だ。
起こりうる全ての危険の可能性の警告とすると、今回の盗賊団どころか近隣に存在する全ての盗賊団が来る可能性から、ドラゴンが気まぐれに村を襲いに来る可能性まで、ありとあらゆることを警告されてしまう。
だから、アカシャが予測して警告を発することはできなかったのは仕方がない。
それでも、そうだとしても、オレがこのようなことが起こりうる可能性があると警戒しておくべきだったのだ。
急激に豊かになれば噂が拡がって、盗賊に襲われずとも権力者に目を付けられるかもしれないし、豊かな土地を求めて戦争が起こることだって考えられる。
出る杭は叩かれるって言うじゃないか…。
豊かにするにしろ、もっと自然に、時間をかけて少しずつやるべきだった。
そして、その間にそれを守る力を付ける。
取り返しが付かなくなってから気付くなんて、なんていうバカなことをしてしまったんだ。
「盗賊団をどうにかして倒したりできないのか?」
「まともに戦えば、ほぼ確実に殺されるでしょう。全力を出し、村の全員と協力して、切り札を使ったとしてもです」
「物を差し出して交渉して帰ってもらうとかは?」
「かつてそうした村もありましたが、抵抗した場合より幾分被害が抑えられたという程度です」
それで、村を捨てて逃げるしか全員が生き残る方法はないって予測になるってことか…。
オレは座っている木陰から正面を見渡す。
収穫後の麦畑が広がっている。
慣れ親しんだ我が家の畑だ。
今年の収穫は、初めてオレも直接手伝った。
「今みんなで逃げれば、全員助かるんだよな。確実に盗賊団から逃げ切れるんだな」
「2、3日中に逃げ出すことが出来れば、盗賊団はなぜ村がもぬけの殻なのかも分かないという状況になるでしょう」
「そうか」
「盗賊団の次の行き先が、偶然逃げた先だったということが絶対にないとは言い切れませんが、極力そうならないよう予測いたします」
「そうか」
後ろに倒れ込み、地面に仰向けになって空を見る。
木の枝と青々と茂った葉っぱの間から見える空は、快晴とは言えないものの晴れていて、オレの今のぐちゃぐちゃの心の中とは全く違っていた。
こういうときは雨が降ってくるもんじゃないのかよ。なんて思ってみて、転生してから自分が世界の中心にいるような気になっていた自分に改めて気付く。
本当に傲慢だったなぁ。
「オレは、アカシャさえいれば何でもできる気になってたよ」
「申し訳ありません。私はあくまでも情報を手に入れられるだけです。直接的には、何もできません。ご主人様は、ご主人様にできることしかできないのです」
「謝らないでくれよ。オレがバカだったんだ。そもそも、アカシャの能力を考えて神様に頼んだのはオレだ」
アカシャのおかげであらゆる情報を手に入れられるから、知らなかったからできなかったことができるようになる。
でも、自分ができること以上のことはできない。アカシャの能力の本質を考えれば当たり前だ。
何でもできるわけがない。なんてバカなんだ。
『ケイトがこちらにやってきます』
ケイト姉ちゃんが? アル兄ちゃんでも探しに来たのかな?
体を起こして、こちらにやってくるケイト姉ちゃんの方を見る。
ケイト姉ちゃんもこちらに気付いたようで、頭の上の大きなピンクのリボンとポニーテールを揺らしながら、オレのところへやってきた。
「あら、セイちゃん。こんなところでお昼寝? アルがどこにいるか知らない?」
『アル様は、ジード様とジル様と狩りに行っております。すでに収穫がありますので、昼食には帰ってこられるでしょう』
「アル兄ちゃんなら、父ちゃんたちと狩りに行ってるよ。たぶん昼飯には帰ってくると思う」
「そう。じゃあ、また後で来るわ。ところで何かあった? いつもニコニコしてるセイちゃんらしくない、ひどい顔をしてるわ。体調でも悪いの?」
今の心の中が顔にも出ちゃってたか。
「ううん。体調が悪いわけじゃないんだ。ちょっと、いや、すごく失敗しちゃってね」
「そうなの。それは辛いわね」
「ねえ、ケイト姉ちゃん。もし取り返しが付かないような失敗をして、村のみんなに迷惑をかけちゃったら、どうする?」
思いきって質問してみると、ケイト姉ちゃんはきょとんとした顔になった。
そんなに変な質問だったかな?
「ごめんごめん。あまりに身に覚えがあることだったから、びっくりしちゃったわ。そんなの簡単よ。ちゃんと謝って、きちんと反省して、自分にできる限りのことをするだけだわ」
「あっ」
そうか。迷子事件。
ケイト姉ちゃんは当事者だった。
「もしかして誰かに聞いたことがあった? 私はたいしたことできてないけど、サムはすごいわよ。あれ以来すごく真面目に頑張っててね。今じゃ村で一番に足が速いのはサムよ。大人より速いんだから」
「それで…。それで許されたと思う?」
あまりにもいじわるな質問だったけど、どうしても聞かずにはいられなかった。
「さあ。それは分からないけど、やってしまったことはなかったことにはならないわ。だから、できる限りのことをするしかないじゃない」
「うん。そうだよね。ごめん。変なこと聞いて」
「いいわ。それに、あれも悪いことばかりじゃなかったわ。あれがあったからこそっていうのは、私にもサムにもあったから。例えば、アルがすごく格好いいって気付いたこととかね」
「あはは。ぶれないね。ケイト姉ちゃんは」
前世も合わせるとずっと年下なのに、オレよりずっと偉いな。
「じゃ、私はいったん家に帰ってご飯食べて来るね。アルによろしく。セイちゃんが何やっちゃったか知らないけど、なるようにしかならないわよ」
「うん。ありがとう」
ケイト姉ちゃんが去って行くのを見送りながら、自分にできる限りのこととは何かを考えた。
そして、今自分が何をすべきか、自分なりに考えた。
『アカシャ。帰るぞ。家族にオレのことを打ち明けよう。全部伝えて謝って、村の全員で盗賊団が来る前に逃げる』
『かしこまりました』
今度こそ上手くやってみせる。
そう思っていたオレの考えは、まだまだ甘かったのだと痛感することになった。