第21話 ファビオ・ティエム・スルト
人払いがされた王城の一室で、宰相が私に詰め寄る。
「王! セイ・ワトスンに関しての噂の発信源の1つが、まさかあなただったとは! なんということを!」
最初はビクトリアが流した噂だった。
それにノバクやペトラが追随し、そして、私も続くことにしたのだ。
誰にも相談することなく。
独断でだ。
なぜ独断で決めたかは、当然、セイ・ワトスンに情報を与えないためだ。
「セイ・ワトスンもそれを知っているだろうと言うのだろう? 安心しろ。余はまだ、奴との敵対を決めたわけではない」
私は宰相に語る。
本心ではなく、建前を。
ただ、嘘というわけでもない。
どちらでも立ち回れるようにしているのは、事実だからだ。
極めて片方を選ぶ可能性が高いというだけで。
「ひとまず! それを聞いて安心いたしました…。しかし、噂を流したということは、敵対の準備であると捉えられていてもおかしくないのですよ!」
宰相は少しほっとした表情を見せた後、困り果てたように髪を掻きむしりながら早口でまくし立てた。
「分かっておる。しかし、ビクトリア達の噂だけでは、王族の立場が悪くなるだけになる可能性が高かった。それほど、今のセイ・ワトスンやワトスン商会の力と人気は大きい」
宰相はおそらく私に、実際のところはともかく、セイ・ワトスンと敵対していないということを言わせに来てくれたのであろう。
仮にここでの会話すら知られているのであれば、これでセイ・ワトスンの警戒を解ける可能性もあるからな。
ロジャーが持ってきた、心までは読めないという情報は大きい。
「…ワトスン商会は、もう潰せません。大きくなりすぎました。潰れれば国も半壊するでしょう…。先の戦争では多大な貢献もしています。このまま味方にしておけば良いのです」
宰相は願うように言った。
セイ・ワトスンとワトスン商会は味方にすべきという宰相の考えは、おそらく本心なのだろうな。
ただ、私がどちらを選ぼうが、私に味方することも決めているのだろう。
少なくともセイ・ワトスンに味方するつもりであれば、宰相は今日ここへ来る必要はなかった。
さらに深読みするならば、セイ・ワトスンは潰してもワトスン商会は潰すなということも考えられるか。
密談すらできぬというのは、厳しいものだ。
「忠言感謝する。前向きに考慮しよう」
私は再び、どちらでもとれる言葉を放った。
それを聞いた宰相は真顔になる。
「王。あなたは親や夫である前に、王なのです。スルトが最も繁栄する決断を期待しております」
「分かっておる…」
頭ではな…。
心の中でそう付け加える。
私は、ビクトリアをまた裏切ることだけは、できないだろう。
思えば、ミロシュが生まれた時からか。
私が王である前に、夫となってしまったのは。
愛しているのだ。
たとえ、壊れてしまっていても。
狂おしいほどに…。




