第14話 ベルジュ
東の隣国ベルジュ。
かつてお祖父様が併合し、今ではスルト領ベルジュとなった小さな国。
歴史上この地は何度も、スルト領であったり、そうでなかったりするのだけど、現在はスルト領となっている。
当時、第1功をあげたお祖父様は、ベルジュの一部を領地として与えられた。
ヘニルにおいては、お祖父様だけでなく、僕やネリーも領地をいただいている。
ただ、ヘニルとベルジュで決定的に違うのは、ヘニルの王家は領主の1人として生かされ、ベルジュの王家は潰されたことだ。
今回、僕はベルジュの領地の視察をするにあたり、あえて馬車の移動を選んだ。
民の反応を見るためだ。
窓にかかるカーテンを軽く開け、隙間から見える民の顔を記憶していく。
「これは、想像以上に良くないな…」
民達の顔は暗く、ズベレフ公爵家の紋が付いた馬車を見る目からは、ときおり憎しみを感じることもある。
セイが、ヘニルよりもまずベルジュに行った方がいいよと言うわけだ。
これで立派な公爵になりたいなどと、よく言えたものだな。
僕は過去の自分の発言を思い出して、唇を噛み締める。
「アレク様、ご気分が優れませんか?」
専属の執事が、僕の顔を見て声をかけてくる。
初老の彼は、僕の病気が治ってから、お祖父様が付けてくれた。
まだ短い付き合いだけど、優秀な人だ。
僕が病気の頃からずっと面倒をみてくれているメイドの2人も、心配そうに声をかけてくれた。
「いや、大丈夫。先を急ごう」
僕は彼らに声をかけた。
ほとんど全てを知った上で、やることもほぼ決めて来た。
現地の民達の感情という新しい情報も得た。
今度こそ、立派な公爵となるための第一歩を踏み出すのだ。
「これはこれは! アレク坊ちゃま! 大きくなられて! ようこそいらっしゃいました」
ベルジュのズベレフ公爵領の代官屋敷につくと、代官が手もみをしながら僕達を出迎え、歓迎した。
ここまで記憶してきたやせ細った民達の姿とは異なり、かなり肥えている。
着ているものも、かなり良いものだ。
「出迎えご苦労様。先に知らせたとおり、今回の目的は視察だ。領地の様子を色々見させてもらうよ」
僕は笑顔で話した。
本当はこの場で代官をクビにしたいけれど、そういうわけにもいかない。
情報は上手く使わなければ意味がないからね。
「ええ。ええ。もちろんですとも。存分に見学していってください」
代官も笑顔で話す。
彼が、今回僕に取り入ることで、次代での地位をさらに向上させようと目論んでいることは、セイに聞いて知っている。
「そうか。では早速、帳簿を見せてもらえるかな?」
僕は笑顔でそう切り出した。
代官の執務室の金庫に保管されていた帳簿に軽く目を通し、執事に渡す。
執事もパラパラと帳簿をめくって異常がないかをチェックする。
「問題はないようだね」
「ええ。そのようです」
僕が話を振ると、執事は1つ頷いて答えた。
「そうでしょう、そうでしょう。品行方正、清廉潔白が私のモットーでして!」
代官はものすごい笑顔で、手もみをしながら嬉しそうに語る。
「それは良いモットーだね。でも、せっかくの視察だ。1箇所くらい普通は見ないような場所も見てみようか」
僕も笑顔で代官に話す。
ほんの僅かに代官の顔が曇ったのを、僕は無駄に記憶した。
「ええ。ええ。なんなら、1箇所と言わず何箇所でも。もちろん見られて困るようなものは何もございませんので」
代官はすぐに笑顔を取り繕って、自信満々に返事をした。
「そうか。じゃあ、そこの本棚の裏でも見てみようかな」
僕は笑顔のまま提案した。
そこに裏帳簿を隠したことは、知っている。
「本棚の裏でございますか? かなり本が詰まっていますし、重いのでは?」
執事が僕の提案に対する感想を言った。
事実を知っている僕からすれば余計なことだけど、確かに最初の1箇所を本棚の裏とするのは普通ではないだろう。
「……アレク坊ちゃまが見たいとおっしゃるのです。しかし、確かにかなり時間がかかるでしょうな。他の場所の視察の間に本をどけさせておきましょう」
代官が、おそらく短い間に必死に考えたであろう提案をしてくる。
この状況でも笑顔であることは大したものだ。
知っていなければ、騙されていたかもしれないね。
「いや。すぐに終わるよ。魔法は結構得意なんだ」
僕はそう言ってサングラスをかけながら、本棚に近づく。
使うのは、身体強化と重力魔法。
重力魔法は消費魔力が非常に大きく、魔法抵抗がある生物には実質効かないと言っていい魔法なんだけど、こういう魔法抵抗のない物体につかう分には便利な魔法だ。
と、セイが言っていたのを思い出して、クスリと笑う。
この本棚を僕の体重くらいに減らすだけなら、今の僕の魔力量を考えると、大したことじゃない。
ゴトリと音を立てながら、本が詰まったままの本棚が持ち上がる。
大きいし、本を落とさないようにしているから持ちづらいけど、それだけだ。
「どうだい? 裏に何かある?」
「素晴らしい倍率の身体強化でございます。我々に見せたかったのも頷けますな。………え?」
本棚を持っている僕では見づらいので、執事に本棚の裏を見るように促すと、執事は僕が力自慢をしたかったのだと勘違いしたようだった。
孫を褒めるような調子で話しながら、本棚の裏へと向かった。
僕はまだ子供だからしょうがないかな。
でもどうやら、ちゃんと見つけてくれたようだ。
「こ、これは……!」
執事が裏帳簿を見て驚いているだろう反応に満足しながら、僕は本棚を元の位置に戻した。
「裏帳簿に隠し財産。代官、君はクビだ。このことは、お祖父様だけでなく、王にも報告する」
その後、裏帳簿だけでなく、それを裏付ける隠し財産も、蔵に隠されていた地下倉庫で発見した。
僕は笑顔を消して冷徹に、代官に沙汰を下した。
「アレク坊ちゃま! ど、どうか、どうか王への報告だけはお許しを!」
代官は地面に這いつくばって、僕の足にすがりつく。
王に報告すれば、家ごと降爵させられるか、死罪のどちらかだろうからね。
彼は3男だけど、実家の国への貢献を考えると後者かな。
必死になる理由は分かる。
彼の奥さんや子供も、彼の死後は平民になるだろうし。
「そうだね。いくつかの約束ごとを守って、王都のお祖父様の元で真面目に働くなら許そう。もちろん、モンフィス家に頼んで"契約"もしてもらう」
王都での給料はちゃんと出すけど、今の財産は全て没収。モンフィス家への支払いはそこから出す。
いいね? と告げると、代官は真っ白になりながらも、頷いた。
死ぬよりはいいだろうし、真面目に働くなら悪いようにはしない。
僕はセイを見習って、確実に自分のために働く人材を手に入れた。
「お見事です、アレク様。神算鬼謀を極めたような立ち回り。爺は恐れ入りました」
執事が僕に頭を下げながら褒めてくる。
僕ではなく、セイが凄いんだよ。言えないけれどね。
ここにセイがいれば、情報を制すればこんなこともできると、笑って僕に言ったんじゃないかな。
「やめてよ、爺。僕もお祖父様も、今まで全く気づいていなかったんだ。反省するばかりだよ。だから、これから全力でベルジュを立て直す」
今、ベルジュにはスルトへの不満が溜まっている。
いつ反乱が起きてもおかしくないかもしれない。
だからその前に、スルト領で、ズベレフ領で良かったと思えるよう、民達を幸せにする統治をする。
それが僕の考える、立派な公爵になるということだ。
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