第12話 ミスリルとアクエリアス
オレの海人語を聞いた海人達は、明らかに動揺した様子だった。
「'あなた方は…、なぜ、私達の言葉が分かるのですか?'」
先頭にいた年かさの海人が、戸惑いながら尋ねてくる。
子供のころ、いや赤子のころの教育で、アカシャから一通りの言語は覚えさせられたからな。
アカシャさんのスパルタ教育は伊達ではないのだよ。
最悪忘れてもアカシャが同時通訳できるんだけど、細かいニュアンスや感情まで読み解くには、やはり直接やり取りできた方が良い。
「'言葉が分かるのは私だけですよ。たまたまツテがあったんです。…それより、急いでいるのでは?'」
事情を知っているオレは、にこやかに質問をはぐらかしつつ、本題に入ることを促した。
「'はっ…! そ、そうでした。力を持った地人の方々。どうか、我らを救ってはいただけませんか?'」
そう言って年かさの海人が頭を下げると、後ろにいた他の海人達も頭を下げた。
いいですよと即答してしまいそうになるのをグッとこらえる。
事情は全て分かっている。断る気はない。
でも、それではあまりに不自然で怪しいし、交渉もしづらくなってしまう。
「'事情をお聞かせ願えますか? できれば、私達はあなた方と友好を深めたいと考えております'」
なんとなく詐欺師みたいな言い方だなと思いつつ、オレは知っている事情を聞き始めた。
「というわけで、彼らはリヴァイアサンという魔物を、オレ達に退治してほしいそうです」
オレは海人達に聞いた事情を、かいつまんで皆に説明した。
この海人達の集落は、近くに巣食ってしまったリヴァイアサンのせいで滅びの危機に瀕している。
「リヴァイアサン…。伝説の魔物ですね。EXランクとされています」
ノーリー教頭が細い目を限界まで開いて、真剣な顔で言う。
「EXランク…。勝算は…、ありそうね」
エレーナ先輩が呟きながら、オレを見てニヤリと笑った。
『最善手』を使ったか。
「そうですね。どうにかなると思います。ですので、急ぎ討伐に向かってもよろしいでしょうか? 彼らが安全に集落を離れるため、何人かが囮となっているらしいのです」
急ぎ助けにいかなくては。
オレはエレーナ先輩にそういうニュアンスで話した。
後のことを考えると、エレーナ先輩の許可をもらっておきたい。
「いいわ。いってらっしゃい」
エレーナ先輩は面白そうに答えた。
「私も同行しましょう。邪魔にはならないと思いますよ」
「私も同行したい」
ノーリー教頭とミカエルがオレに同行することを告げる。
「ええ。心強いです」
戦力はオレ達だけでも十分だけど、この2人がいればより楽に討伐ができるだろう。
「先輩…、ボクはやっぱり足手まといッスか?」
シェルビーも同行したいようだけど、自信がないみたいだな。
自分の力をちゃんと把握してるのは偉いね。
となりのセレナも同じ気持ちみたいだ。
「そうだな。シェルビー達じゃ、まだちょっと危険だと思う。エレーナ先輩やクーン先輩と一緒に、ここに残る海人達の歓待を頼むよ」
言葉が分からないだろうけど、そこは何とか頑張って欲しい。
「分かったッス…」
シェルビーはしゅんとした顔で答える。
そんな顔するなよ。しょうがないな。
「重要な役目だぞ。これが終わったら、海人との貿易が始まるからな。ミスリルとアクエリアスの交換貿易が中心だ」
オレはシェルビーとセレナとクーン先輩を見て、いたずらっぽく笑う。
「「「「「ア、アクエリアスッ!?」」」」」
3人だけでなく、エレーナ先輩とノーリー教頭まで一緒になって激しく驚いている。
後ろにいる生徒達や教師も衝撃を受けたようで、ざわついている。
うむうむ。皆しっかり歓待してくれそうだね。
アクエリアスは別名『海のミスリル』。地上では超希少金属だ。
海では逆にミスリルが希少なんだけどね。
「話は終わったの? さっさと行くの」
好戦的なベイラが、うんざりしたように催促してきた。
仲間達は、すでにアレクに魔法をかけてもらって水中に適応できるようになっていた。
皆やる気満々だね。
「ああ。悪い。囮の人達もいるからな。行こう」
『囮は逼迫しているというわけではないので、多少は問題ありません』
死の危険はなさそうだけど、かなり怖い思いはしてると思うんだ。
オレはベイラに答えつつ、アカシャの情報を聞きながら思った。
オレ達を先導する海人達は魚並み、いやそれ以上の速さで泳いでいる。
凄まじい速度で海中の景色が変わっていく。
足にある、あのフィンみたいなヒレがそれを可能としているのだろう。
さらに体も、少しではあるが魚が泳ぐときのようにクネクネしている。
どう見ても地上の人間には不可能な動きだ。
ではどうやってオレ達が付いていっているかというと、もちろん魔法である。
具体的にはオレが"水纏"で全員をジェット推進させている。
水の抵抗を感じないようにするサービス付きだ。
皆何らかの方法で水中を移動する力はあるんだけど、今回は位置取りが重要な戦いだ。
全員の位置を調整するために立候補した。
理由は指揮が取りやすいとか、移動速度に自信があるとかそんな感じにしたけど。
これも嘘ではない。
「ミカエル! できそうか!?」
「ああ! いける!!」
ミカエルは自信に満ちた笑みで答えた。
彼がオレに見せた手のひらの上には小さな炎が点っている。
今回ミカエルにはトドメをお願いした。
魔法の威力は、ミカエルがナンバーワンだからだ。
ただ、最初ミカエルは自信がなさそうに遠慮した。
水の中では炎の魔法の威力が減衰するからだ。
でも、それは勘違いであることを、オレはミカエルに教えた。
それはオレ自身もアカシャに教えてもらうまで勘違いしていたことだった。
魔法の炎には完全燃焼も不完全燃焼もない。
つまり、酸素の有無は関係ないのだ。
水に触れたときの温度の低下もミカエルの火力なら全く問題ない。
炎が消えたり大きく威力が減衰するのは、常識から来るイメージによるものである。
強いイメージを持てば、それは起こらない。
オレはミカエルにそれを伝えた。
さすがミカエル。
できるとは思ってたけど、あんな小さな炎でも維持できるんだな。
オレは脳の血管が切れるんじゃないかってくらい集中しないと、海中で炎を出すのは無理だ。
「見えたわ!」
ネリーが声を上げる。
遠くにものすごく大きな蛇のような生き物が見える。
いや、蛇というよりは中国の龍に近い感じか。
生で見るのは始めてだけど、すげえな。
アカシャによると全長約300メートル。
胴体も直径約10メートルあるらしい。
地上の村や町と同じように、この海の集落も周囲に魔封石が埋まっている。
魔物は魔封石をとても嫌がる。それがなかったらとっくに滅びてただろうな。
結局まともに外に出られず、滅びかかってるけど。
でも、先祖代々の土地を離れられないっていう彼らの気持ちは良く分かるつもりだ。
前に似たようなことがあったからね。
「'我々では何とか逃げることはできても、とても倒すことはできぬ。頼むぞ!'」
「'任せて下さい!'」
ここまで連れてきてくれた海人の1人が、前方に向かって光魔法で合図を送った後、オレ達を置いて離脱していく。
オレは力強く返事をした。
合図を受け取った囮になっていた海人達は、少しだけリヴァイアサンをオレ達の方へ引っ張った後、やはり離脱していった。
あの集落で最も力のある海人達でも、逃げるのが精一杯か。
弱点を知っていれば、多少は戦えたんだろうけど。
「さぁ、やろうか。皆よろしく」
リヴァイアサンがオレ達を見つけてターゲットを海人達からこちらに変えたので、皆に声をかける。
「任せるの!」
先制攻撃担当のベイラが元気よく返事をして、皆も頷く。
「"暴風"」
ベイラが海中で無理矢理使った風魔法によって、リヴァイアサンの周りの水流がメチャクチャに荒れ始める。
「!? …!?」
リヴァイアサンは突然、まともに動けないほどの水流を受け混乱している。
ベイラの全力の風魔法だ。
そう簡単には動けねぇだろ。
リヴァイアサンは怒りの咆哮を上げながら、水流を耐えきる。
水流というリヴァイアサンに相性の悪い攻撃ということもあり、これくらいではダメージを与えることはできない。
しかし、ベイラの攻撃の狙いはダメージではなかった。
「!?」
リヴァイアサンはオレ達を見失って混乱している。
『弱点その1。巨大すぎるゆえに死角が多い』
アカシャの声が響く。
リヴァイアサンの腹付近の死角に移動していたオレは、久々の魔法を使うべく正拳突きの構えをとった。
「"インパクト"!」
拳がリヴァイアサンに当たる瞬間、"宣誓"をする。
対象に近ければ近いほど威力が強まる浪漫の塊。
衝撃魔法だ。
「…………!!!」
リヴァイアサンは悶絶している。
そりゃそうだ。ボズにさえダメージを与える代物だからな。
コイツになら当て放題だぜ。
オレはガンガン衝撃魔法をリヴァイアサンの腹にぶち込んでいく。
「!!…!!…………!」
いい加減にしろよと言わんばかりに、リヴァイアサンがオレのいた位置に腕を振り下ろす。
『弱点その2。動作も大きく、見切りやすい』
再びアカシャの声が響く。
ましてや、切り札を使っている。
避けるのは楽勝である。
切り札の範囲はリヴァイアサンと、今回一緒に戦うメンバーだ。
移動役をオレが買って出たのは、このアドバンテージを活かすため。
これで誰も被弾しない。
「面白い技です。私の技と少し似ていますね」
リヴァイアサンが腕を振っている隙にオレが後頭部に送り込んだのはノーリー教頭だ。
この人が魔法と言わず技と言ったのには理由がある。
「"爆裂拳"! はあああああ!」
殴る、蹴る、殴る、蹴る、殴る、殴る、蹴る。
ノーリー教頭が超速で放つ打撃、その全てがインパクトの瞬間に爆発を起こす。
繰り出す自身の攻撃も爆発で加速しているので、もう普通の人ではどこがどう爆発してるかすら分からないだろう。
爆裂魔法と格闘を合わせた近接技。
それがノーリー教頭の戦闘スタイル。
学園長を除く、学園の実力主義筆頭だからな。
バリバリの武闘派である。
「!?…!? !! ッ!?…!!」
リヴァイアサンは腕を振り切った後、たまらず首を後ろに振るが、すでにノーリー教頭はそこにはいない。
ノーリー教頭は離脱しながら、両太ももに装備していた銃型魔道具を両手に抜き、先程攻撃していた位置に向けて発砲した。
2丁拳銃の中身は両方爆裂魔法だったようだけど、威力がショボい。
普通の魔石の出力じゃ、やっぱりこんなもんか。
「やはり威力に改良の余地ありですね。水の中での使用に耐えられるのは悪くありません」
ノーリー教頭も威力には満足していないようだ。
そもそもこの人が魔道具研究を始めたのは、遠距離魔法が使えないというハンデを克服するためだからな。
それにしてもリヴァイアサンさんよ、頭を後ろに振ったせいで、首がガラ空きだぜ。
「どりゃあ!!」
スルティアが身体強化を使っただけの普通のパンチを繰り出す。
「!!??ッ」
目の玉飛び出しそうなくらいに悶絶するリヴァイアサン。
ぐえっ…という声が聞こえてくるようだ。
スルティアの攻撃は凄いだろ。
誰よりもレベルが高いスルティアが、人間では有り得ない身体能力を活かして攻撃するとこうなる。
スルティアは位置もあまり良くないので、1発攻撃したら離脱させる。
リヴァイアサンを狩ったら、後で支配者権限で生み出せるか試してみないとな。
オレは裏の計画も上手くいったことをほくそ笑む。
「…………」
リヴァイアサンが涙目になりかけながら、逃げようとし始める。
「逃さないよ」
アレクがそう言ったときには、すでにリヴァイアサンの胴体の一部がガッチリと凍りついていた。
リヴァイアサンのパワーなら、少し暴れればすぐに解けてしまう拘束だけど、一瞬動きを止められれば十分だ。
「尻尾もらいっ!」
ネリーが土魔法で創ったバカでかい剣を振り下ろす。
本来このくらいの攻撃は通らないんだけど、リヴァイアサンの尻尾は切り飛ばされた。
「…ッ!?……!!」
なぜ、とでも言いたげだな。
リヴァイアサン自身も知らなかったか。
生まれてから負けなしだったのが裏目に出たな。
道理で楽勝すぎると思った。
『弱点その3。打撃でのダメージが蓄積すると、肉質が柔らかくなる』
『弱点その4。自分のことを知らなかった』
アカシャの声に続けて、オレも1つ付け加える。
『違いありません』
アカシャは少し笑ったように言った。
「終わりだ。"炎焼斬"」
リヴァイアサンの背中辺りの死角にいて、ずっと魔力を練ってきたミカエルが魔法を唱える。
リヴァイアサンの首に、炎で出来た首輪のようなものが現れ、強烈な速度で締まる。
オレは水蒸気爆発が起こらないように水をコントロールする。
マジかよ。ミカエルのヤツ、アカシャの予測を超えやがった。
予想よりかなり多くの魔力を使わなければ、制御しきれないらしい。
なんとかミカエルの魔法がリヴァイアサンの首を焼き切るまで、耐えきった。
「ふぅ。なんとかなったな。皆おつかれさま。これでもう海人の集落は大丈夫だ」
オレは皆を集めて、ニヤリと笑って宣言した。
こうしてオレ達は無事EXランクの魔物の討伐に成功して、海人達を救ったのだった。




