第8話 おかしい…
今日、オレは珍しくミロシュ殿下に呼び出され、イザヴェリアの代官屋敷へと足を運んでいた。
あまりここに来ることは多くはないけれど、オレ達の領主屋敷と構造が同じはずなのに結構違って見えるんだよな。
調度品などの内装が違うだけで、こんなに変わるか。
面白いもんだ。
そんなことを思っているうちに目的の部屋に着き、案内してくれた執事さんが扉をノックする。
「セイ・ワトスン様をお連れしました」
「うむ。入ってくれ」
部屋の中から殿下の声がした。
護衛も付けずに1人だということはアカシャから聞いて知っている。
さて、何の話をする予定なんだか。
「ミロシュ殿下におかれましてはご機嫌麗しく。セイ・ワトスン、お呼びと聞いて参上いたしました」
オレは跪いて挨拶をする。
最近はオレの能力を知ってのことか、事前に誰とも相談していない首脳陣がやや増えた印象がある。
まぁ、そうは言っても限度があって、ほとんどの情報は筒抜けなんだけど。
1人では決められないことの方が圧倒的に多いからね。
今回に関してはミロシュ殿下の独断だ。
誰とも相談していないので、どんな話が出てくるかは想像の域を出ない。
「はは。挨拶は不要だ。君も多忙だろうに、呼び出してすまなかったね。そちらのソファーに掛けてくれ」
ミロシュ殿下はフランクな話し方で、自分の向かいのソファーにオレを座らせる。
そして執事にお茶を出すよう頼み、執事は一礼して出ていった。
部屋にはオレと殿下の2人だけになる。
「護衛も付けずに、良いのですか?」
単純にオレを信用していいのかという話ではない。
オレと密談したことを誰かに知られたら、疑いをかけられるかもしれないということも含んでいる。
「もちろん良いさ。私は君を信頼しているからね」
ミロシュ殿下はにこやかに答える。
たぶん、仮に疑われたとしても構わないということも含んでいるのだろう。
分かりづらいな。
オレは確定情報なしでは、腹の探り合いでミロシュ殿下や学園長、宰相などには勝てないだろう。
『身体情報を見る限りでは、嘘ではなさそうですね』
アカシャがオレに、ミロシュ殿下の発言についての推測を伝えてくれる。
『真偽判定』の能力のように完璧にではないが、かなり信頼できる精度だということは過去の実験で分かっている。
腹の探り合いで勝てなくても、情報を引き出すほどオレに優位な状況に近づいていくはずだ。
つまりオレがすべきことは、質問を多めにして情報を引き出すこと。
「光栄です。ではさっそくですが、この状況を作った理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
オレは単刀直入に聞いた。
普通に考えて、わざわざ殿下がこの状況にしたということは、2人だけで話をすることに意味があるはずだからだ。
「王が、君を排除する決断をするかもしれない」
急に真剣な顔になったミロシュ殿下は、小さめの声で特大の情報を語った。
話を振ったのはオレだけど、いきなりだな。
反応を誤ると、オレがすでにそのことを知っていることがバレてしまうだろう。
上手く演技できるといいんだけど…。
「ノバク殿下なら分かりますが、王が? なぜ?」
過剰に演技するとバレそうなので、一応実際に少しは疑問に思っていることを真剣に聞いてみた。
王がオレを排除したい理由は、力を持ちすぎているか、ノバクのためか、その辺りだろうと推測はできる。
でもオレは今までの行動で、力を持っていても野心はないことや、ノバクを害する意思はないことを、できる限りは示してきた。
ぶっちゃけ、第1王妃を中心とした何人かが少し我慢すれば全てが上手くいくはずだ。
それが分からない王ではないだろうし、実際ノバクにそうできないか確認している場面は何度かあった。
感情の問題だろうと分かってはいても、排除までいってしまうのはなぜだと思わずにはいられない。
結構、国に貢献してると思うんだけど。
「おそらくだが、ノバクのためだろう。ノバクが王になった後、君がいては不安が残るという判断だと思う」
ミロシュ殿下の推測も、オレ達の推測の1つと同じか。
そうだよな。
「私はどうすれば良いと思いますか? 現在以上の爵位や褒美は求めない、要職には就かないなどで納得していただけるならば、お約束できますが」
この国で自由に生きられる権利さえあれば、現状以上の権利は一切いらない。
現状で人生を楽しむには十分な権利がある。
あとはどう楽しむかを考えたい。
「君は無欲なのだな…。いや、君の力ならばどうとでもできるのか」
「いえ、私にできることは限られていますよ。現に、お話を聞いてもどうすれば良いか分からない」
これは本当のことだ。
相手から仕掛けて来なければ、こちらから仕掛けることはない。
ノバク達次第なんだよ。
さすがにサンドバッグになるつもりはないからな。
「うむ。一方的に嫌われることは、私もよく身に覚えがあるよ。こちらが何かをしているわけではないのだがな…」
ミロシュ殿下は何かを思い出すように俯いた。
そういえばこの人は、オレよりよっぽど理不尽に嫌われていたよな。
対処法が極端に限られていることなんて分かってるか…。
少し空気が変わったところで、ちょうど良く扉がノックされ、執事さんがお茶を持ってきてくれた。
一度話を止め、お茶を飲んで一息つく。
執事さんがおかわりのお茶を入れて再び下がると、殿下も再び本題に戻った。
「先程の話は一応、王にしておこう。それが判断に影響するかは分からないが。今日君に話をしたのは、対応を求めるためではない。危機を知らせるためだ。そして、君に味方する者もいるということを伝えたかった」
ミロシュ殿下は、どうやら今日のことを王に伝えるつもりのようだ。
独断でオレに危険を知らせたこと、言って大丈夫なのだろうか。
オレに言われなくても何か考えがあるんだろうけど。
「味方ですか?」
だから、オレはそれだけ聞き返した。
「私と宰相は君の味方だと思ってくれていい。ロジャーは少し危ういが、味方寄りだと思う」
オレの排除には反対の3人だな。
宰相も味方寄りくらいと思っていたけれど、目線が違えば感じ方も違うからな。
ミロシュ殿下のことだ。根拠がないとは思わない。
「貴重な情報、感謝いたします」
「君は知っていたかもしれないけどね」
オレがお礼を言うと、ミロシュ殿下は柔和な笑みでそう返してきた。
初めてだな。
オレの能力に言及してきた人物は。
今日も知っていてあえて触れないのだと思っていた。
どう答えるのが正解か…。
オレがやや油断していたタイミングでブチ込んでくるのは、さすがとしか言いようがない。
「私の力をご存知でしたか…。私も全てを知っているわけではありません。今日も知らない情報を教えていただきました」
例えば、宰相が思ったより味方寄りかもしれないとかね。
あと、ミロシュ殿下が思ったより野心持ってそうとか。
オレはニッコリと笑って話した。
もう能力を完全に隠す段階は過ぎた。
嘘はつかずに能力を過小評価させる方向に持っていく。
「そうか。ならば良かった」
ミロシュ殿下の笑みからは、どういった感情でそれを言ったかは読み取れなかった。
アカシャも何も言わないので、少なくとも確実にこの感情だと言える状態ではないのだろう。
まぁ、いいさ。
意趣返しというわけではないけど、オレもミロシュ殿下に言っておきたかったことがある。
「ところで話は変わるのですが、夏休みにイザヴェルを数日お貸しいただけますか? 貿易の日程はズレないよう、こちらで調整いたしますので」
「なに?」
ミロシュ殿下が驚く様子を見て少し満足したオレは、詳細を話し始めた。
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バタバタバタッと、王城に似つかわしくない騒がしい足音を立てて宰相が走っている。
扉の前の衛兵の静止を無視して、やはり王城に似つかわしくない大きな音を立てて玉座の間の扉を開け放った宰相は、息を切らしながら王の元へ走った。
「そんなに息を切らしてどうした? セイ・ワトスンの話ならば、ミロシュから聞いたぞ」
王は走ってきた宰相に向かって言葉を投げる。
ミロシュ殿下は、王がオレを排除するかもしれないということをバラしたところを省いて、オレと話したことを報告していた。
話の目的は、ノバクやペトラ殿下をあまり刺激せずに、学園では大人しくしているよう頼みにいったことにすり替わっていた。
真偽判定使われたら、どうするつもりなんだろう。
その辺りを考えてないはずはないと思うけども。
「そ、そうですか…。これでお分かりいただけましたか? やはり、セイ・ワトスンは国に必要な存在です。彼がいるだけで、どれだけ国が潤うか……」
宰相は膝に手を当てながら喋る。
そうか。財政をほぼ一手に担う宰相だからこそ、オレへの好感度が高いんだな。
ミロシュ殿下は宰相が財政に四苦八苦する姿を見て感情を予測したのだろうと当たりをつける。
宰相がオレの味方寄りなのは知っていたが、理由はあまり考えてなかったな。
考察せずともいずれ分かる情報だろうと思っていた。
「まだ見つかってもいない宝の話で大げさ過ぎるのではないか? 奴が言うのであれば、見つかったも同然であろうが…」
王は宰相に対して、呆れたように言った。
「何を言っているのですか!? もう宝は見つかったのですよ!! ヘニルで! 大量のミスリル鉱床が!!」
宰相が手を横に広げて、興奮して話す。
お、やっと話が噛み合ってないことに気付くか。
「な、ななな、何ぃ!?」
王は普段の威厳の出し方を忘れたように、素の姿で驚き、立ち上がった。
ヘニルには大陸第2の埋蔵量を誇るミスリル鉱床があった。
見つかっている中では、大陸1だ。
かなり深く掘らない限り発見できない状態だったので、今まで見つかっていなかった。
今回オレがヘニルへのコンサルティングの一環としてスタンに教えたのだ。
去年のヘニルの収入を超えた分の10%か。
オレの取り分、スゲーことになっちまうな。
アカシャが張り切ってるから、こんなもんじゃ終わらないだろうけど。
「ご存知ではなかったのですか!? では、ミロシュ殿下から聞いた『見つかってもいない宝の話』とは!?」
宰相が目を剥いて王に問いただす。
「な、夏休みに、イザヴェルを使って海に眠る財宝を手に入れに行くそうだ…。貿易の日程に支障がないようだから許可した…。大量のミスリル鉱床の話に比べれば、小さな話だ……」
ズシャアッという音を立てて、崩れ落ちるように玉座に座り直した王は、疲れ切った様子で言葉を絞り出した。
おかしい…。
ここは小躍りして喜ぶところだと思ってたんだけどな…。
『おかしい。ここは小躍りして喜ぶところだと思っていたのですが…』
アカシャがオレと全く同じことを言っていて笑った。




