第7話 まだ間に合う
討伐演習の翌々日、王城にはスルティア学園長『賢者』ロジャー・フェイラーが訪れていた。
「討伐演習の報告ということだが、どうであった? 学園長の演習参加など、前代未聞だぞ」
玉座に座る王ファビオ・ティエム・スルトは、呆れているのか疲れているのか判断に難しい表情で、学園長に声をかけた。
人払いはされておらず、玉座の間には多くの者がいた。
今回も人払いをしなかったのは、わざとだろうな。
『大賢者』ラファエル・ナドル。
第一王子ミロシュ・ティエム・スルト。
王都ギルドマスター・シュウ
第一王妃ビクトリア・ティエム・バーティ
他にも、宰相、第一騎士団長、第一魔法士団長、さらに大臣や護衛の騎士などがいる。
今回は全員が学園長の来訪を知ってこの場に来た者だ。
「結果だけはすでにご存知でしょう。ほぼ全力だったと付け加えておきます」
玉座の正面で跪ひざまずき、頭を下げたまま学園長が話す。
王は学園長の言葉を聞いて、玉座の背もたれに頭を付けて天井を見た。
王はそのまま数瞬目を瞑り何かを考える素振りを見せた後、改めて学園長へ向き直った。
「そうか。セイ・ワトスンについて、どう思った?」
王が学園長に問う。
かなり大雑把な聞き方だな。
おそらく、色々な意味を含めて聞いているのだろう。
「能力については情報収集・解析能力で間違いないかと。鑑定の上位能力であれば、鑑定を弾く理由や以前の真偽判定の結果にも説明が付きます。読心や未来予知はできないようですな。範囲は不明ですが、少なくとも学園全域以上。以前イザヴェルがあった位置まで届く可能性が高い」
学園長は軽快とまでいかないまでも、さらっとした声で話した。
言っていることは全て正解だ。
ここにいる全員にはアカシャの能力がある程度バレちまったな。
バレたところで大した影響はないだろうけど。
ほとんど対策の立てようがないはずだから。
「ふむ。先の戦争でも、あの『壱天』すら出し抜いたと聞いている。ここでの会話は知らない様子だったと聞いていたのだがな…。それで?」
王が学園長に続きを促うながす。
「能力の性質上、おそらくセイ・ワトスンの真価は戦闘能力そのものではありません。全ての物事で理論上の最高効率を出せるのでしょう。例えば、その成長速度は彼の周りを含め、人知を超えています」
学園長、本当に油断ならない爺さんだ。
そこまで分析されているとは思わなかった。
そう。アカシャは戦闘より、それ以外でこそ真価を発揮する。
王は疲れたように溜息をつきかけ、止めた。
「して、結論は?」
王は短く、しかし真剣な目で学園長に聞いた。
「まだ間に合います。…セイ・ワトスンは絶対に味方とすべきです。たとえ、王位継承権を見直してでも」
学園長は結論として、とんでもないことを言い出した。
それをここで言うと、間違いなく凄まじい反応を示すヤツがいるはずなのに。
「ノバクを次期王から外せと言うのですか!! 恥を知りなさい!!」
案の定、第一王妃が凄まじくデカい声で学園長を叱責した。
ここで初めて学園長が顔を上げ、第一王妃の方を見る。
「たとえ、と言ったではありませんか。しかし、それほど重要なことなのです。あなたにそれを分かっていただかなければ、また失敗する」
学園長は朗らかに言ったが、目には怒りをたたえているように見えた。
「あら、何のことかしら?」
第一王妃はとぼけているのか、それとも本当に覚えていないのか分からない反応をした。
以前、学園長が王にした進言は、第一王妃がノバクに色々吹き込んだせいで台無しになった。
学園長は間違いなく、そのことを言っている。
「ノバク殿下も成長しておられる。余計なことを吹き込むのはお控えいただきたい」
学園長は声を荒げるようなことはなかったが、今度こそ怒っているのは明白だった。
「お前も平民の味方か、フェイラー!」
再び第一王妃が叫ぶ。
ヒステリーかな。精神的な病気はアカシャでも判別がし辛い。
身体情報からある程度は予想できるけれど。
極度のストレスから精神的な病気になってしまった可能性はあり得る。
「もうよい。報告ご苦労であった。下がれ、ロジャー」
王は自身の考えを語ることはなく、それだけ言った。
第一王妃が話に入ってメチャクチャになったのは分かるけど、やや不自然に思えるな。
やはりオレに盗聴されている可能性を考慮してるのだろうか。
「はっ」
学園長は短く返事をして、黙って玉座の間から下がった。
もっと言いたいこともあっただろうに、学園長の王への強い忠誠を感じるやり取りだったな。
『ご主人様。ロジャー・フェイラーの「まだ間に合う」という発言の際、本人と王、宰相、ラファエル、ミロシュの5人の身体情報に変化がありました。他は気付いていないようですが、おそらく、今ならまだ始末できるという意味を含んでいると思われます』
映像を見終わった後、アカシャから補足があった。
盗聴対策か。やはり学園長は油断ならないな。
示し合わせていたわけでもないのに、よくやる。
ちゃんと気付いたメンバーも凄いな。
オレは正直、気付けなかったよ…。
ただ、学園長がオレを味方にすべきだと言っていたこと自体はどうやら本気だったようだ。
この日を境に学園長と宰相、そしてミロシュ殿下が、オレを味方にすべきだという主張を明確に始めた。




