第6話 2学年討伐演習 後編
さて、どうやって学園長に勝つか。
オレは透明な足場を蹴って森の上空を走りながら、思案する。
こちらが明確に勝っているのは、情報量、魔力量、チームの総合力だ。
明確に負けているのは、魔法の威力、同時に使える魔法の数、経験だな。
どうやら学園長は単独では動かず、ミカエルとノバクと行動を共にするようだ。
であれば、チームの勝利はまず間違いないだろう。
バラバラに動くオレ達とは、特に魔物の回収効率が違いすぎるからな。
でも、どうせなら個人としても勝ちたいじゃないか…。
森の中央の上空までたどり着いたオレは、いきなり思いつく限り最強の手札を試してみることにした。
『アカシャ、索敵範囲内の戦闘状態にない全魔物をターゲット』
『かしこまりました』
頭の中に広がるレーダーのような画面に映る魔物達に次々ターゲットが付いていく。
いくら索敵をしているからといって、何百匹もいる魔物全てを自分でターゲットを取るのは大変だ。
でも、オレにはアカシャがいる。
妨害しなければ、一瞬で勝負が決まっちゃうかもしれないぞ。
オレは眼下に広がる森に右手を向けた。
「"一斉掃討"」
索敵魔法と爆裂魔法と引力魔法の複合魔法だ。
森から魔物達の頭が吹き飛ぶ爆発音が連続して聞こえ始めた。
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森の中を走り、先程学園長が氷漬けにした魔物達を回収していく。
私や殿下が、魔物が突き刺さった氷の近くまでたどり着くと、学園長が氷を消して魔物が落下してくる。
私達が魔物の真下にたどり着いた直後に、魔物が地面に到達するよう計算してだ。
恐ろしいほどの制御力。
しかも、ほんの少しでも手を抜いて走ると間に合わないよう調節されているようにすら見える。
お曾祖父が国で1番魔法が上手いのは学園長だと言っているのも頷ける。
「ミカエル、君の"熱探知"は範囲が狭すぎる。それに消費魔力も多い。"索敵"を覚えるべきじゃ」
次の標的の回収に走りながら、学園長が私にアドバイスをしてくれる。
「学園長のおっしゃることは分かります。しかし、私は炎に近しい魔法にこだわりたいのです」
学園長のアドバイスは正しいだろう。
だが、我が『炎のナドル家』は炎にこだわったからこそ、ここまで大きくなったのだ。
決して、お曾祖父の威光だけで大きくなったわけではない。
「君の家の特殊性は理解しておる。じゃが、炎を極めるためにそれ以外の魔法を習得するという視点が、今の君には抜け落ちておる」
索敵魔法を覚えることが、炎魔法を極めるのにどう役立つのか?
「それはどういう……?」
学園長にさらなる説明を求めようと口を開いた時、森中から爆発音が連続して聞こえてきた。
「な、なんだ!? 何が起こっている!?」
ノバク殿下が、焦ったように学園長に状況の説明を求める。
「爆裂魔法の破裂音…? しかし、数が多すぎる。…まさか!」
そう呟いた学園長が浮遊の魔法を使って、上空に飛んだ。
その瞬間、私も思い至った。
誰かが、おそらくセイが、先程学園長がやったことと同じことをしたのだと。
勝負を挑んでおいて、私は何をしているのだ…。
炎纏に包まれた自分の体を見つめて、今自分に何ができるか、何をすべきかを考え始めた。
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「これは…。ワシと同じでは、ない! …マズい!!」
上空から見ると、木々の隙間からだけでも大量の魔物が頭を失って死んでいるのが分かる。
さらに、その魔物達がピクリと動いた瞬間、セイ・ワトスンが何をしたのか、おおよそ察しがついた。
複合魔法…。
索敵と討伐と、回収まで同時にやろうというのか!
どれだけ引き出しが多いんじゃ、彼奴は!
回収は何の魔法か分からんが、とにかく、これは止めなければ勝負にもならんぞ。
セイの位置は一瞬で分かった。
そこに向かって全力で飛ぶ。
何の魔法を使っているかは分からんが、全ての魔物はどうやらセイに向けて引き寄せられているように見える。
つまり、セイが浮かぶ真下ならば確実に妨害できるはずじゃ。
幸い、魔物よりワシの到達の方がずっと速い。
「さっきのお返しです」
まだまだ遠くにいるセイがワシに向かって左手を振り、よく通る声でそう言った。
次の瞬間、ワシの進路に巨大な水の壁が現れ、瞬く間に氷の壁に変わった。
水纏をよく使いこなしておる。
じゃが…!
ワシは一切飛ぶ速度を緩めず、右手を後ろに引き絞った後に前に突き出した。
「”打消”!」
突き出した右手から、緑色の魔力光が真っ直ぐ飛び出し、氷壁にワシ1人分が通れる程の穴が開いた。
さらにその魔力光は止まること無く突き進み、ワシが狙ったセイの真下へと向かう。
多少遠くて魔力を多く消費してしまったが、仕方あるまい。
「そう来ると思っていました」
じゃが、ワシの"打消"の魔力光が狙った場所を通過した時、その上空にセイはいなかった。
ワシの狙いを看破し、移動していたのだ。
しかし、これで確信した。
「やはり心は読めず、未来予知もできないようじゃな」
ワシはそのまま猛スピードで移動したセイの元へ向かって飛ぶ。
左手を引き絞りながら。
「げ、しまった…」
セイは瞬時にワシの本当の狙いに気付いたらしく、空中で何かを蹴ってワシから遠ざかろうとした。
ワシが行動し始めた瞬間には、何をやろうとしているか把握できると。
魔力の流れを情報として読み取れると見た!
しかし、分かったところで、もう遅い!
「"打消"!!」
今度は逃げるセイに向かって、大きく放射状に魔力光を放つ。
これだけ近づけば、どこにどれだけ速く逃げようともワシの"打消"の魔力光から逃れることはできん。
実際、魔力光がセイの真下付近まで到達した瞬間、セイめがけて飛んできていた魔物達が、糸が切れたように落下していった。
「あー、ちくしょう。さすが学園長…」
「ほっほっほ。台詞と表情が全然違うのぉ」
セイの表情は悔しいというよりは、楽しいとか嬉しいといったものじゃった。
ま、分からんでもないがな。
「でも学園長、今ので相当魔力使ったんじゃないですか? オレは落ちていった魔物を回収すればいいだけですし」
そう言ってセイは下に向かって降り始める。
自分の方が有利だと言いたいのじゃろう。
それはどうかな?
「ミカエル!!」
ワシは拡声魔法を使い、眼下へ向けて叫ぶ。
さあ、どうじゃ。
ミカエルが成長しておれば、ワシの意図が分かるじゃろう。
「"炎獄"」
魔法で聴覚を高めると、そう言うミカエルの声が聞こえた。
セイの仕留めた魔物達を燃やさぬよう、しかしセイが容易には近づけぬよう魔物達の周囲に炎の牢獄ができてゆく。
うむ。素晴らしい。満点じゃ。
「マジかよ! 面倒くさいことになったな!」
セイが楽しそうに言う。
ミカエルの魔法は『神に愛された能力』のおかげで、威力だけならばセイの魔法を凌ぐ。
速さを求めるならば、セイも"打消"を使うしかあるまい。
「それにしても、魔物はまだ残っておるのかね?」
セイが討伐した魔物の量はとんでもないものじゃった。
森の魔物が全滅していてもおかしくないほどに。
だとしたら、ここからの討伐演習は消化試合となってしまう。
「ああ。それについては心配ないと思いますよ」
セイがそういった直後、ワシの魔力がごっそりと減った。
…何が起こった?
ふと思いついて再び索敵を使うと、最初と変わらぬ程の魔物達が森に現れていた。
学園7不思議『おかしな魔物達』…。
『学園の支配者』か。
歴代学園長は『支配者』に対し、己の魔力を好きに使って良いことを誓う。
ワシが学園を離れられんのはそのためじゃ。
しかし、今持ってかれるのは、計算外じゃのぉ…。
セイ・ワトスンが『支配者』と近しいのも、ほぼ確定的か。
半ば分かっていたことじゃがな。
さて、ワシはミカエルと殿下の元に戻るとするか。
ミカエルはワシが索敵魔法を薦めた意味にも、きっと気付いたじゃろう。
複合魔法を使えば、炎魔法に多様性を持たせることができる。
炎魔法にこだわりつつ強化できるのじゃ。
自分のことを棚に上げて文句ばかり言う殿下にも、少しは変化があると良いが…。
その後、討伐演習は今年もセイ・ワトスンのチームの圧倒的勝利で終わった。
アレクサンダー・ズベレフとネリー・トンプソンの成長が、あまりにも凄まじかった。
それぞれが、少なくとも汎用性ではミカエルを優に超えておる。
そういう成績じゃった。
ただ、今年は去年と違い際限なく魔物が現れたので、他の者が割りを食うことはなかった。
どうやら、ワシとセイ、それからアレクサンダーとネリーが同時に魔力切れになっている間だけは魔物の出現が止まっておったようじゃが。
『支配者』に魔力供給をしていたのはこのメンバーということじゃろうな。
とにかく、おかげで概ね誰もが、学びのある演習になったようじゃ。
何より嬉しかったのはノバク殿下が、「本当に、努力すれば貴様のようになれるのだな?」と言って必死に討伐演習に励んでくださったことじゃ。
ただ努力するだけでは駄目で、ワシと同じように努力しなければならないことを伝えたが、分かっていただけただろうか。
ちなみに、ワシはセイに僅かに負けた。
結構本気だったんじゃが、恐ろしい奴よ。
しかし、今回でかなり、奴のできること、できないことが把握できた。
それは大きな収穫じゃ。
とはいえ、今回何より戦慄したのは、演習後にネリー・トンプソンが何気なく言ったあの言葉…。
「こんなにたくさん狩るのは久しぶりね!」
彼女だけで500体を超えとったんじゃぞ…。
査定するギルド職員が涙目になっておったんじゃぞ…。
ワシでさえ1日にこれほどの量を狩ったのは初めてなんじゃぞ…。
それをまるで…、日常的に狩っているかのように…。
王よ、もしあなたが本当にセイ・ワトスンを消すつもりならば…。
想定より、遥かに時間がありませんぞ…。
ワシは王に此度の報告と共に、セイを味方にすることを強く強く推すことを心に決めた。




