第5話 2学年討伐演習 中編
「いやいやいや! 待て待て待て! お前の参加が許されるわけがねぇだろう!」
マスター・シュウが慌てふためいて、学園長を止めようと声を上げる。
そりゃそうだ。
なぜ、実技テストの側面もある学園生の討伐演習に、学園長が参加するという発想になるのか。
「許す許さないを決めるのはワシなのじゃが?」
学園長はいつも通りの落ち着いた様子で、髭をイジりながら答える。
おいおい。すっとぼける気かよ。
「それは立場の話だろ!? 常識を考えろ!」
マスター・シュウは、大げさなくらいに身振りを交えながら学園長を説得する。
学園長と旧知の仲であるギルドマスターの反応で、周りの者も学園長が冗談を言っているわけではないということを理解した様子だ。
ざわめきが大きくなり、オレたちの周りにどんどん人が集まってくる。
「ほっほっほ。常識が常に正しいとは限らんじゃろ。安心せよ。成績はあくまで個人の活躍でつける。ワシが参加しても問題無い」
どうやら学園長の参加は確定のようだ。
引くつもりは一切ないように見える。
でも、どうしてだ?
まさかオレと戦いたくて参加するなんて個人的な理由じゃあるまいし…。
そんなことを思っていると、やはり同じことを疑問に思ったのか、マスター・シュウが学園長に聞いてくれた。
「目的はなんだ? それ次第では、ギルドは協力を止めるぞ」
討伐演習はギルドの協力があってこそ成り立っている。
素人に魔物の査定とかは難しいからな。
参加者を決めるのは学園でも、主催はギルドなのだ。
マスター・シュウは場合によっては討伐演習を中止にしてでも学園長を止めるつもりのようだ。
「ここは学園じゃぞ。決まっておろう、教育じゃよ」
「教、育…?」
学園長の黒い目が、いつも以上にギラつく。
マスター・シュウは教育と言われてもピンとこないようだ。
オレも分からない。
学園長が入ることで、なぜ教育になる?
まさか討伐演習中に直接教えるわけではないだろうし。
『分かるか、アカシャ?』
『いえ。情報が足りません。推測の幅も大きすぎます』
アカシャも分からないか。
どういうことだろうと首を捻っていると、学園長がこちらを見て笑みを深めた気がした。
もしかして、誰にも相談しなかったのはこのためか?
情報を小出しにして、オレの反応を見ている?
学園長や宰相とは、あまりやり合いたくないんだよな。
知恵比べでは勝てないからだ。
分かりやすく情報を絞っているスルト王の方がまだマシだ。
与えられた検証不可能な情報が罠である可能性…。
学園長が思考を語っているときは警戒しておこう。
アカシャは語られた事実の真偽しか判定できないからな。
例えば今で言うと、学園長が参加する目的が教育でなかったとしても、オレにそれを見破る手段はない。
身体情報で分かることもあるけど、それは確実じゃない。
「そう。教育じゃよ。今年の2年生を中心に、今の学園生は急速に成長しておる。だからこそ、ここらで見せておくべきじゃと判断した」
「なんだ? なんのことを言っている…?」
学園長はマスター・シュウに向き直り、話を続ける。
学園長の声は先程より明らかに大きい。
周囲に集まった学園生にも聞こえるようにしているのか?
「セイ・ワトスン、ミカエル・ナドル、アレクサンダー・ズベレフ、ネリー・トンプソン。この4人は2学年のみならず、全学年でも最上位じゃ。そして、共通点がある」
学園長は、マスター・シュウからミカエル、アレク、ネリーと視線を移し、最後にオレのところで視線を止めた。
その仕草は、明らかにオレに答えろと言っているように見える。
「『神に愛されている』…ですね?」
オレは答え、正解を確かめた。
学園長は満足そうに頷く。
「そうじゃ。強くなる過程で、壁にぶつからぬものなどおらん。その時に、才能がないから、『神に愛されていない』からと諦めて欲しくないのじゃ。強くなれないのは、その心にある」
学園長は目をギラギラと輝かせながら、ここにいる誰より真剣な顔で語る。
なるほど。そういうことか。
マスター・シュウも納得したような顔をしている。
「その心にあるだと!? だが、実際には『神に愛された者』ばかりが強いではないか!」
少し離れた場所から、怒りに満ちた声が聞こえた。
周囲の人垣をかき分け、興奮した様子のノバクが現れる。
肩で息をするその様子は、ノバクが『神に愛されていないこと』を不満に思っていることをよく示していた。
「では、殿下。あなたは、この4人より鍛えていると言い切れますか?」
「なっ……!」
ノバクは学園長の質問に絶句する。
言い切れないよな。
誰がどう見ても、オレ達の方が鍛えてるから。
「そういうことです。才能のない者はそれを言い訳にして諦める。ゆえに、努力した才ある者ばかりが輝いて見える。努力しない才ある者も埋もれているというのに」
学園長は残念そうに語る。
そうだね。何なら、神に愛されていない者でも、努力して高みに上ったら天才とか言われてるよね。
それは本人からすると、とても不本意だろう。
誰より学園長がそれを知っているはずだ。
「お、お前に何が分か………!!」
ノバクの叫びが途中で途切れる。
学園長に噛みつこうとして気付いたようだ。
学園長、『賢者』ロジャー・フェイラーが『神に愛されていない』ということを。
「君達に見せよう。鍛えに鍛え抜いた、才能なき者の輝きを。断言しよう。努力次第でここまでは来れると」
学園長の言葉を聞いて、誰かが息を呑む音が聞こえた。
いつの間にか、周囲の生徒全員が学園長の言葉を一言も聞き漏らすまいと、すぐ側まで近付いて来ている。
「君達の指針となるのは、彼等ではない。このワシじゃ」
もう誰も学園長を止められないだろう。
そういう雰囲気ではなくなった。
マスター・シュウも言いたいことはあるようだけど、諦めたようだ。
今止めれば、学園生に恨まれそうだしね。
「ところで、どうやって皆に見せるのですか? 討伐演習をしながら学園長の動きも見るのは、難しいと思うのですが」
だから、オレは別の疑問を口にした。
「そこは君達に相談しようと思うておった。君達は、学園内の過去の映像を映し出せるのじゃろう? お願いできんかのぉ?」
学園長はしれっとした態度でお願いしてきた。
いじめ事件のときのこと、耳に入ってたんだな。
これもどこまでできるのか試されてるような気がするけど、断りづらいお願いだ。
まぁ、でも面白そうだから乗ろうじゃないか。
森の入り口で、演習のスタートの合図を待つ。
今年ももちろん、3人1グループのパーティーメンバーはアレクとネリーだ。
1軍2軍で20パーティーが緊張した面持ちで今か今かとギルドマスターを見つめる。
結局、学園長はノバクとミカエルと組むことになった。
あぶれたテイラー・デミノールが入ったところだけ、4人パーティとなっている。
あくまで個人個人の活躍を成績として付けるから問題無いそうだ。
チームの勝ち負けには直結するような気もするが、この演習では名目上、チームの勝ち負けは飾りにすぎないらしい。
「それでは、これより2学年討伐演習を始める。用意!」
マスター・シュウが手を上げて号令をかけ、2年生全員と学園長が一斉にサングラスをかける。
相変わらず、この光景はシュールだ。未だ慣れない。
「始め!」
マスター・シュウの手が掛け声と共に振り下ろされる。
開始の合図と同時に各パーティーが森へ走り出す。
『アカシャ、切り札だ。範囲はオレ達と学園長のパーティ』
『かしこまりました』
即座に指示を出し、アカシャがオレの体内に入っていく。
誰にもバレないけど、ちゃんと開始後にやった。
これはスポーツみたいなもんだからな。フェアにいきたい。
続けて身体強化と思考強化の魔法を使う。
この2つの魔法は、ある程度のレベルの者なら誰もが使うものだ。
「「「「"索敵"」」」」
直後、オレ達3人と学園長が索敵の魔法を使った。
学園長が1番速い。
詠唱速度の差だ。
オレはアカシャがいるからやる必要はないんだけど、たぶん学園長の目的はオレの力を測ることも含まれてる。
去年やって、今年はやらないのは不自然だ。
さらに続けて"水纏"の準備を始めたところで、重要な情報が入る。
学園長が土魔法と氷魔法をほぼ同時に詠唱している。
纏ではない。
土魔法のターゲットが、オレ達の周囲!?
攻撃禁止じゃねぇのかよ!?
『ご主人様、禁止されているのは直接攻撃です。戦闘中の横取りを除けば、妨害は禁止されておりません』
アカシャがオレの動揺を読み取ったのか、ちょうど聞きたかったことを教えてくれる。
なるほど。確かに、絶対にオレ達に当たらない範囲だ。
でも、そういうことなら、氷魔法の範囲を考えると厄介すぎる。
学園長の方が詠唱速度が速いから、もう間に合わない。
せめて、一瞬で脱出して次に繋げるしかないな。
完成した水纏の操作を始めると同時に、オレ達をドームに閉じ込めるように、周囲10メートルくらいの地面がせり上がってきた。
「セイ!」
「このまま走れ! もう斬ってる!」
たぶん、どうするのかって意味で名前を呼んだネリーに言葉を返す。
ちょうどオレ達の前方の土壁が、ウォーターカッターでバラバラになるところだ。
だけど、学園長が作ったこの土壁が魔力抵抗になって、本命である氷魔法の妨害には間に合わなかった。
土壁からオレ達が脱出するのと、学園長が"宣誓"を終えるのは、ほぼ同時だった。
「"銀世界"」
学園長が魔力を届かせた範囲全てが凍りついていく。
今更妨害しても、近いところしか止められない。
それでは無意味だ。
「あれは止められない! ここから挽回するぞ!」
オレはネリーとアレクに状況を簡単に説明する。
「さすが学園長ね! 相手にとって不足はないわ!」
ネリーは呼び寄せたミニドラへ飛び乗りながら、楽しそうに言った。
「僕は学園長より、セイの方が強敵だと思うけどね」
アレクも楽しそうに言った。
今回アレクは"風纏"を選択したようで、文字通り風の如く駆けている。
敵って…。
確かに今回、バラバラに狩ろうって話はしたけどさ。
別に勝負してないし、チーム戦なんだけど。
そう思いつつ、オレも楽しくなって口角を上げながら、透明な足場を作って空へ駆け上がる。
「いやー、絶景だねぇ」
目の前に広がる、前方の広範囲が凍りついた森を見ながら軽口を叩く。
あの範囲の魔物は全滅だ。
地面から上空に向かって大きく伸びた氷柱のようなものが森の上にたくさん飛び出している。
その全てにはご丁寧に、モズの早贄のように魔物が突き刺さっているのだ。
皆への魅せ技としては完璧に近いだろう。
強烈すぎて、オレ達とミカエル以外の生徒の足が止まっていることを除けば…。
「ほれ、殿下、何をしておるのです? 早く回収して次に行きませんと、あっという間に追い抜かれてしまいますぞ」
学園長が、目の前に広がる光景を見て呆けているノバクに催促している。
教育はいいんだけど、あんまりスパルタ過ぎると、前みたいに誰も付いてこれなくなっちゃいますよ…。




