第2話 知らないということは恐ろしいこと
ノバクがペールにオレの暗殺を命じてから約1週間が過ぎた。
今日はついに暗殺決行日だ。
ペールはバレたときのリスクを考えて弱気になっていて、なかなか実行に移さなかった。
ノバクやペトラ殿下に散々言われて、仕方なくといった様子だ。
もう5月も下旬。中間テストまで1週間を切った。つまり、今ネリーは元気がない。
中間テストの後には討伐演習がある。
討伐演習が終わったら何をしようかな。
委員会で希望者を募って、週末にでも何かイベントをやるか。
いつも普通の講習や演習だけやるより面白そうだ。
アカシャに相談しよう。まだ手を付けてない面白そうな情報はいくらでもある。
「はい、お待たせ。シチューセットだよ」
ぼーっと考え事をしていた状態から覚醒する。
食堂のおばちゃんが、頼んでいた食事をトレイに乗せてカウンターから出してくれたのだ。
オレはそれを一瞥した後、受け取らずにおばちゃんに声をかけた。
「ごめんなさい。ちょっと受け取るの待ってもらえますか?」
「え?」
オレの言葉におばちゃんが困惑している。
申し訳ないけれど、少し待ってほしい。
『アカシャ、シチューだけでいいんだよな?』
『はい。それ以外には毒は入っておりません』
念のためアカシャに声をかけつつ解毒魔法をかける。
もちろん事前に透明化の魔法を使っておいたので、目に現れている魔法陣は誰にも見えない。
解毒魔法自体にも透明化をかけた。
発光しちゃうからね。
もちろん、魔法の気配を感じられるような達人が近くにいないことも確認している。
「セイ、厨房の方は僕が見てこよう。おばさま、申し訳ありません。少しだけ厨房にお邪魔しますね」
アレクがおばちゃんに微笑みかけて、返事は待たずにカウンターの後ろにある厨房に乗り込んでいった。
場所は知ってるからすぐに戻るだろうけど、困惑しきってあたふたしている食堂のおばちゃんには本当に申し訳ない。
オレはおばちゃんが悪いわけではないことを、できるだけ懇切丁寧に説明しながらアレクを待つ。
カウンターには他のスタッフのおばちゃん達もいるのだが、オレ達のいるレーンだけが止まっているので、少しづつ後ろに人だかりができてきた。
こちらも申し訳ないけれど、利用させてもらうよ。文句はノバクに言ってほしい。
少しだけ待つと、すぐにアレクがペールを引き連れて帰ってきた。
「放せ! たまたまだ! たまたま厨房にいただけだ!」
ペールがキンキン声でアレクに喚き散らしている。
アレクはサングラスをかけていてもニコニコしているのが分かるが、文字通りペールを引き連れて来ている。
ペールがどんなに抵抗しても、アレクの歩みは止まらない。
アレクが掴んでるペールの腕、折れちゃうんじゃなかろうか…。
『アレクは魔法を使ったら殺すと耳打ちしております。ご安心を』
アカシャが念話で厨房でのことを教えてくれる。
何を安心するんだ。過激すぎるだろ…。
どうやらアカシャは、アレクが魔法を使ったことでペールも魔法を使ってしまうかもとオレが心配していると思ったらしい。
心配してなかったよ。アレクが油断するはずないじゃん。
対策の仕方が想像と違って、逆に心配になったくらいだよ。
「連れてきたよ。やはり厨房にいたね」
アレクがオレの前までペールを引きずって来た。
ペールは恐怖からか、声にならない声を上げながらアレクの手を振りほどこうと必死になっている。
かなり周りがざわついてきたな。
頃合いだね。
これ以上おばちゃんを困らせるのは悪いから、後は手早く終わらせよう。
「ペール。このシチュー、食ってみろ。オレが言いたいこと、分かるよな?」
オレは今初めて出された食事に触れることをおばちゃんに確認してから、シチューを手に取ってスプーンで掬い、ペールに差し出した。
毒が入ってるなんて言わない。
毒が入ってると言われたから食べないなんて言い訳は許さない。
「ひっ、ひぃぃぃぃっ……」
ペールは泣きながら首を横に振って嫌がる。
「厨房にいただけなのに、なんで嫌がるんだ? 理由があるなら言ってみろ。理由があるなら、食わなくていい」
オレは頑張って無表情になるように演技をしながらペールを脅す。
実際には、もう毒は入ってない。解毒済みのただのシチューだ。
ペールはただ泣きながら首を振る。
毒が入ってると自白しても、死にはしないだけでただでは済まないと思っているんだろう。
仕方なく、オレはペールにシチューを食わせようとするフリを始めた。
「……ど、毒を入れました…。許してください…」
ペールはガックリと項垂れながら自白した。
「分かった。許すよ。もうするなよな!」
オレはすぐにニヤッと笑って、おどけた調子で言った。
そして、シチューを乗せたスプーンを自分の口に入れる。
「「「「「ああっ…!?」」」」」
ペールだけでなく、周りで事の経緯を見守っていた野次馬達までがオレの行為を見て驚きの声を上げた。
「毒なんて入ってなかった。全部お前の勘違いだ。夢でも見てたんじゃないのか?」
オレはなかったことにしてやるよという意味に聞こえるようにペールに言う。
ペールは狐につままれたような顔をしてこちらを見ている。
「ただ…、もし仮に毒が入ってたとしてもオレには効かないぞ。そういう体質なんだ」
オレは皆が注目するように溜めてから、いたずらっぽく笑って大嘘を言った。
今日はこの情報を噂として流すために、皆様にお集まりいただいたのだ。
少なくとも、ペールからノバクやペトラ殿下には伝わるだろう。
『ところでアカシャ、このシチュー少し苦くね?』
『解毒魔法では味は変わりませんので』
解毒済みのただのシチューじゃなかった。
解毒済みの、少し冷めて苦いマズいシチューだった。
知らないということは恐ろしいことだ。




