第108話 コンサルタント
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「また、あなたは平民を贔屓するのですね。恥を知りなさい」
玉座の横に立ち、冷たい目でスルト王ファビオ・ティエム・スルトを見下ろして言葉を放つ女性。
第1王妃ビクトリア・ティエム・バーティだ。
ちなみに、バーティというのは彼女の旧姓で、スルトを名乗れるのは王の直系だけである。
美人ではあるのだけど、目つきが鋭すぎてカマキリを連想してしまうとオレは思った。
「違う。違うのだビクトリア。功績に対する褒美があるから、国が成り立つ。どうしてそれが分からない?」
王は第1王妃を見上げ、困り果てたように話す。
「それならば平民への褒美を思い切り減らせば良いでしょう。それでも平民へは過分です。泣いて喜ぶでしょう?」
自分が正しいと信じて疑わない第1王妃は、決めつけるような話し方をする。
根拠もない思い込みでよくここまで自信満々に話せるな…。
「駄目だ。セイ・ワトスンの活躍は周囲の者も強く認識している。その褒美が不当に少なければ、王家の不信につながる。これは王家とセイ・ワトスン個人だけの問題ではないのだ」
王は根気強く第1王妃に説明を続ける。
王妃が気づいているかは分からないけれど、誰もオレの活躍を認識していなければ褒美を与えないということも視野に入ったってことだな。
先代の王がネリーのじいちゃんにした仕打ちのようにね。
今回の戦争は、アレクのじいちゃんに腐った貴族を極力排除して組織してもらったから、あの時のようにはなっていない。
戦争は情報戦なのだよ。最初から最後までね。
「もう結構です! あなたがどうしても平民に褒美を出したいことはよく分かりました」
自分の思い通りにならないことを察した第1王妃は、怒って玉座の間から出ていった。
おいおい。会話のキャッチボールすら出来てないぞ。
明後日の方にボールを投げて、どうしてキャッチできないのと怒られるような理不尽さだ。
「私が…」
状況を黙って見ていた宰相が、王妃を説得しようと退室しようとする。
「よい。そなたも無駄だということは分かっているだろう。仕方のないことなのだ…」
王はため息をつきながら宰相を止めた。
宰相も困ったような顔をしながらもそれに従う。
うん。まぁ、説得は無理だよね。たぶん…。
しかし、なるほど。
やっぱり交渉の余地がありそうな感じだね。
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「王よ。セイ・ワトスンから書状を預かってきております。今後始まるヘニル併合の話や論功行賞の前にお読みいただきたいと」
私は非公式でとアポをとってきたスルティア学園の学園長、『賢者』ロジャー・フェイラーから手紙を受け取った。
「奴が余に手紙か。いつぞやを思い出すな」
私は口角を上げながら呟き、手紙を広げる。
以前スラムの件についても、こうしてロジャーを介して交渉してきた。
スラムと浮遊大陸、どちらも我が国に大きな利益をもたらしたが、奴の思い通りに動かされたという思いは今でも強い。
「当然、手紙は事前に徹底的に調べてあります。もちろん内容も」
宰相が真剣な面持ちで話す。
その顔を見て嫌な予感を覚えながらも、私は手紙を読み始めた。
「相変わらず面白い小僧じゃ。だが、ワシは反対じゃな。たぶんワシらの想像の軽く倍は上手くいくじゃろ。財力を与えすぎる」
せっかちなラファが私が読み終わる前に意見を言い始めた。
「私は賛成ですね。確実に国は富むでしょう。戦争が終わったばかりで財政も厳しいのです」
ラファがそうしたことで、宰相も自分の意見を言い始めた。
非公式の場だから遠慮がない。
「ワシも賛成ですな。ワトスンに野心はない。国が豊かになるのならば良いではないですか。それにこれなら、第1王妃様も納得されるのでは?」
ロジャーまで…。
しかし、確かに…
「これは…」
全てを読み終わったとき、思わず声が出た。
よく吟味せねばならん。
だが、これはあまりに許可してしまいたい誘惑にかられる提案だった。
…騎士団長と魔法士団長からのヒアリングでは、セイ・ワトスンは極めて強力な情報収集能力を持っていると思われるが、王城での会話などを知っている様子はなかったと報告を受けた。
しかし、やはり念のため疑い続けておくべきか。
全てを傍受されている可能性。
そう思わざるを得ないほど、この交渉は私に対して絶妙だった。
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結果から言うと、交渉は上手くいった。
ヘニルが出した条件はほぼ全て受け入れられ、今後行われる条約の締結をもってヘニル国はスルト国に併合されることが決まった。
元ヘニル王やスタンなど、今後のヘニルで重要な役割を担う者達には、これから詰める条約の内容を遵守するよう契約魔法がかけられる予定である。
「ヘニル王の責任を問う者があれほど少ないとはな。貴様、何をした? 戦争の時の調略もそうだ」
空中都市イザヴェリアの領主館に滞在しているスタンがオレに聞いてくる。
スタンとしてはヘニル王を処罰しろと言う者がかなりいるだろうと予想していたらしく、そうならなかったことにオレの関与を疑っているのだ。
正解だけど、たまたまかもしれないじゃん。
「そこにいる3兄弟。オレたちの諜報部隊で、戦争の時の調略担当だよ」
オレは部屋の隅に立っているバビブ3兄弟を見て、嘘ではないことを言った。
バビブ3兄弟が誇らしげにお辞儀をする。
一部はあいつらが担当している。
特に国境砦の戦いではたくさん暗躍してもらった。
「嘘をつけ! 少なくとも真偽判定官が調略されていたのは絶対にあいつらじゃないだろう!」
スタンがプンプン怒りながら言う。
おお、鋭い。
あの人はアカシャがやったんだよ。言わないけど。
昔兄ちゃん達にやったみたいに伝言してもらったんだよね。
アカシャは許可した人にのみ見えるから。
「嘘ではないよ」
アレクが笑いながら言う。
うん。嘘ではないよね。
「ぐっ。負けたにも関わらずこれだけの配慮。私が怒る権利など欠片もないことは分かっている。しかし、腹が立つ!」
スタンの怒り方はどことなく、仲間内で「腹立つわー」と言っている感じに聞こえた。
「もうすっかり仲良しなの」
ベイラがテーブルの上で葡萄をつまみながらニヤニヤして言った。
つまむというには体に対して葡萄が大きすぎるけど。
やっぱりベイラもそう思うかぁ。
「仲良しではないわ! 大体、何なのだ貴様への報酬は!? 貴様はあれで納得なのか! ヘニルは強制だぞ!」
スタンは怒ってるのか、オレを心配してるのか、ヘニルを心配してるのか分からないことを言う。
ツンデレか。
「まぁね。これからよろしく頼むよ、スタン」
「驚く準備してた方がいいわよ。はっきり言って楽勝だから」
オレに続いて、ネリーがスタンをからかうように言う。
第3功となったネリーやアレクへの報酬は普通だが、第2功とされたオレへの報酬は特殊だ。
オレの希望ということで、国内の他領に対するコンサルティングを行う権利を王から賜ったのだ。
領主の許可もしくは希望を得て、他領の財政についてコンサルティングする。
コンサルティングを始めた前年の収支を基準にして、改善した分の10%がオレの取り分となる。
基準点を超え続ける限り、毎年、永続的に。
ただし、改善しなければ無報酬。
あくまで王家を通じて領主と正式に契約した時のみという条件だ。
後者はオレが言い出したことではなく、王家ができるだけコントロールするために出してきた条件である。
最悪、強制となっているヘニルのみでもいいと思っているので頷いた。
その代わり、全面的にヘニルの主張を通した内容になるよう交渉したのだ。
現在、第1王妃はせっせと、オレがお願いしてきても許可を出さないようにと派閥の各領に伝達している最中である。
そんなことをしなくても、オレからお願いに行くことはないんだけどね。
今のところ、誰がそんな契約するんだと嘲笑されてることも知ってるし。
これにはアカシャが激おこだった。今に見ていなさいと言ってたから、ヘニルが魔改造されることは確定と言っていい。
今回のオレへの報酬については、ほぼ全員が納得した。
王妃から見れば、オレへの報酬が減っている。
王から見れば、オレの望む報酬を与えたように臣下達にアピールできる上に国が潤う。税収も増える。
オレから見れば、領地や爵位よりよほどいい報酬を手に入れた。
それぞれの立場での納得だ。
もちろん、最も得をするのはオレだけどな。




