第107話 交渉
あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします。
スルトの飛空艇。
ヘニルの中では私と数人の外交官、ヤニクとカロリナを含む随伴の者を乗せてスルトへ向けて航行中だ。
その中で今後のことを思いながら外を眺めていると、声をかけてくる者がいた。
「不安かい?」
振り向くとそこにいたのは、ふわっとした笑顔の、少女だと言われても信じてしまいそうな中性的な顔立ちの少年。
アレクサンダー・ズベレフだった。
彼はまるで友に対してのように近づいてくる。
隣りにいたヤニクとカロリナが一歩前に出たが、私はそれを手で制した。
「これで不安にならぬ方がおかしいだろう」
私は苦笑しながら話した。
考えに考え抜いたからには、それなりの勝算はある。
が、ヘニルが示した降伏の条件は、所詮負けた側の願望だ。
スルトにメリットがあったとしても、戦争の責任を重視される可能性など、望み通りにならない理由はいくらでもある。
楽観的でいることなどできるものか。
「君はまだセイを見くびっているようだね」
何がおかしいのか、ズベレフはフフッと笑う。
そもそも、なぜそこでセイ・ワトスンの名前が出てくる?
「決めるのはスルトの上層部だろう。セイ・ワトスンの意向がどこまで反映されるかは懐疑的だ」
確かに元々この絵を描いたのは、ワトスンを中心とするこの者達だった。
だが、その話がすでに上層部に通っているとは思えないし、通っていたとしても、すでに最初に持ちかけられた話とは違っている。
ワトスンが肯定的であることが安心材料であるとは、とても思えない。
「1年前の今、僕はレベル1だったんだよ。信じられるかい?」
ズベレフは心底楽しそうに、笑って話す。
その内容は、唐突に話が変わったこと以上に私の頭を真っ白にした。
「「「は?」」」
思わず呆けた声で聞き返してしまった。
しかし、それは今まで会話に混ざらないように徹していたヤニクとカロリナにも声を発せさせるほど、有り得ない話だった。
「僕はセイの言ったことなら何でも信じられる。セイが責任を取るって言っただろう? それはもう、確実に約束された未来だ」
私達の反応を気にせずに続けたズベレフの言葉は、絶対の信頼を感じさせた。
ズベレフが浮かべる確信の笑みを見て、私は悟った。
どうやら本当に、私はセイ・ワトスンを過小評価していたようだ。
だが…、それはいったいどのくらい?
頬を汗が伝うのを感じた。
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『アカシャ助けて! ここまで信頼されて、上手くいきませんでしたとは言えない!』
オレは飛空艇の自室で、頭を抱えながらアカシャに助けを求めた。
普段は仲間のプライベートを報告しないアカシャが、アレクとスタンの会話内容を報告してきたと思ったら、とんでもない内容だった。
前からそうだけど、アレクのオレへの信頼が天元突破しすぎでヤバい。
アレクは聡明だから、たぶん言わなくても病気を治したのがオレって気づいてるんだよな。
言わない理由まで。
だからアレクも確かめてこないけど、それは信頼って形で現れている気がする。
でも、オレはそんなに優秀じゃないんだよ!
アカシャはすごいけど、王がどう判断するかまで100%コントロールできるわけではない。
もちろんいけると判断してやってることだけど、『確実に約束された未来』は言い過ぎだ。
そういうわけで、オレはアカシャの報告を聞いて、焦り始めた。
でも、仲間の前でできるだけカッコつけたいオレは、少しでも確実性を高めるためにアカシャに泣きつくことにしたのだ。
『元々はダビド・ズベレフ、エレーナ・ティエム・スルトに加えて、学園長のロジャー・フェイラーなど考えが近い有力者数名に協力を求める予定でしたが、範囲を広げましょう。過去の会話の記録などから、選定を進めます』
オレからの無茶振りに顔色一つ変えずに、アカシャが案を出してくれる。
元々ロビー活動で意見を通りやすくする予定ではあったけど、それを強めてさらに意見を通りやすくするという案だ。
情報を知れるアカシャなら、誰なら協力してくれそうかも把握できる。
ほとんどの場合その人が欲する見返りまで予測できるというのは、圧倒的な強みだ。
交渉というのは基本的に、相手目線から見て等価交換以上の物を用意せねば成り立たないことが多い。
それが自分目線から見たときに、やはり等価交換以上に見えれば完璧だ。
Win-Winの関係ってヤツだな。
アカシャのおかげで、それがとても見つけやすい。
『わかった。肝心の王だけど、事前に話を通した方がいいと思うか?』
以前は、先に話しておくには情報が足りないという判断だった。
最初から王に話して賛同を得ておくより、周りに賛同者を並べて王を頷かせる方が確度が高いだろうという話になったのだ。
今なら情報が更新されているかもしれない。
『わかりません。やはり王はあまり情報が出ないように気を使っているようです』
『そうか。じゃあ予定通り、王に事前の交渉はしないことにしよう』
アカシャの答えを聞いて、結論を出す。
オレの能力がある程度判明してから、王は必要な時を除いて極力自分の情報が流れないようにしているフシがある。
学園長や宰相は、むしろオレに情報が渡るのを利用している感があるのだけど。
『王についての新しい情報は、第1王妃が今回の戦争におけるご主人様への報奨を与えないことを提案し、王が却下したことくらいです』
アカシャが抑揚がないながらも、くだらないという感情が伝わってくる声で言った。
何してるんだ第1王妃は。
そりゃ却下されるだろう。
王の感情がどうとかの前に、働いた者に正しい報酬を与えないと臣下に思われれば、国が傾いてしまう。
逆に言えば、働いた者に正しく報酬を出せば、それを見た臣下はなおいっそう励むだろう。
そんなことも考えられないとは、相変わらずヤベーな。第1王妃。
…いや、待てよ。
『王への交渉、アリかもしれないぞ。ちょっと探りを入れてみようぜ、アカシャ。あと、アレク達にも上手く行きそうか聞いてみよう』
オレは思いついたことをアカシャに話し、情報を集めるための作戦を立て始めた。




