第104話 調略
「セイ、あなた正気? これは最善とは限らないわよ。たぶんあの子、まだ揺れてるわ」
エレーナ先輩が、遠ざかっていくスタン達を見ながらオレに問いかけてきた。
おそらく『最善手』のスキルが不安定な答えを出しているんだろう。
「エレーナ様、聞いておりませんぞ…」
ダビド・ズベレフ将軍が右手を額にやって目を瞑り、俯きつつ言う。
そんなことなら反対していたのにと言いたいんだろうな。
というか、ズベレフ将軍はせめてスルトの王都からモンフィス家を呼び寄せて"契約"で縛るべきって反対してたんだけど。
エレーナ先輩に押し切られてしぶしぶ許可したのに、そりゃ聞いてないよってなるよね。
ちなみに、オレはあえてこの場で"契約魔法"を使わない。
この場で使わなければ、まさか実は使えるとは考えないだろうと思うからだ。
はっきり言って、今のヘニルよりスルト国内の方が厄介だからね。
「いいじゃない。他の手も最善とは限らないんだから」
エレーナ先輩はすました顔で悪びれもせずに言う。
オレも、そのエレーナ先輩に答えた。
「思惑通りに動いてくれれば最善でしょう? 私はスタンを信じていますので」
感情が入るので確実ではないけれど、言動を始めとしたあらゆる情報から判断して勝算は高いと思っている。
「はぁ…。ヘニルの最高戦力2人と、最高権力の嫡男じゃぞ。逃して失敗しましたでは済まんぞ…」
常識というものをちゃんと知っているズベレフ将軍はやれやれとため息を付く。
とはいえ、表情はそこまで悲観的ではない。
愚痴は出るけど、腹はくくってるってことかな。
「珍しく、100%にこだわらないんだね」
アレクがにこやかに言う。
「まぁね。でも、ダメなら普通に攻め滅ぼせばいいだけの話さ」
ちょっとカッコつけてそう答えた。
「カッコつけちゃって。素直にできるだけ殺したくないって言えばいいのに」
「あたち達には全部バレてるの」
『もちろん、私にも分かっております』
ネリーとベイラの容赦のないツッコミと、それに対抗したっぽいアカシャの同調に恥ずかしさが込み上げてきた。
「う、うるせー。いいだろ、ちょっとカッコつけるくらい」
ついついショボい言い訳をしてしまったけれど、まぁ、いいか。
皆が笑ってるから。
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「あのガキ、どんな悪魔かと思ってたがよ。とんだ甘ちゃんだったな…」
ヘニル王都への道を走りながら、ヤニクが呟いた。
あの後、我々は約1日かけてセイ・ワトスンらに説得を受け、そして解放された。
早めに父上に追いついた方が不自然ではないという理由で、"契約"すらかけられることなく。
つまり、我々が奴らの説得に応じるかは自由ということだ。
「そうね。でも、私はあの子供達が怖かったわ。まるで未来が見えているような。とにかく違和感がすごかった…」
カロリナも走りながら、意気消沈といった様子で話す。
「お前もか…。それでスタン様、これからどうすんだ。俺達はあんたに従うぜ。死んでこいって命令だとしてもな」
ヤニクが言うと、カロリナも覚悟を決めているように頷いた。
そうか。
やはり、もう1度戦ったとしても勝てぬのだな。
「まずは父上に合流する! 奴等の言っていることがどこまで本当かも分からんからな!」
私は走りながら声を張り上げた。
混乱させるだけさせて、その隙に攻めようとしている可能性もある。
ただおそらく、奴等は本気だろう。これまでの言動から考えてな。
くそっ。どこまでも奴等の言っていた通りか。
我々は何とか父上が王都に帰る前に合流することができた。
ギリギリだったのには、理由がある。
私は父上の休んでいる天幕に押し入り、首脳陣と共に緊張感の足りない様子で座っていた父上に詰め寄った。
「父上! なぜ魔法兵だけで…、一般兵を置いて逃げたのですか!」
「スタン!! 無事だったか!!」
「お答えください! 父上!」
いつも尊大な父上が、私の顔を見るなり歓喜の表情で立ち上がったことは正直嬉しかった。
しかし、どこまでも民のことを使い捨ての道具のように扱うことには、それ以上に腹が立っていた。
「足が遅いからに決まっているだろう。他に何がある」
当たり前のことを聞くなといった調子で喋る父上。
後ろの様子は、全く知らないのだろう。
「私達はここへ着くまでに多くのものを見てきました。略奪に苦しむ民、追撃の恐怖に怯えながら逃げる一般兵、撤退の時間を稼ぐために殿に残った魔法兵。あなたは、あまりにも無責任だ」
私は絞り出すように言った。
上に立つものが自分さえ良ければいいと考えるのは、絶対に間違っている。
「そうかもしれん。が、最優先はワシらが確実に生き残ることだ。ワシらが死ねば、次すらなくなる」
父上はあくまでも自信ある態度で答える。
ならば…。
「ならば、なぜ…。なぜ、せめて追撃を諦めさせるだけの戦力を残さなかったのですか…。スルトの追撃は、このままだと王都にまで及びます」
私の言葉に、初めて父上の顔が曇る。
せめて、必死に追撃を食い止めている者がいたならば、私達もそこに混じり命をかけて戦ったのに。
あの『赤鬼』ガエル・トンプソンのように。
もうすでに遅かった。
あれは茶番だ。
いつからかは知らないが、殿の魔法兵はスルトに調略されていた。
そして、奴等の話が正しければ、この中にも調略されている者達がいる…。
すでに私に目配せをしていると感じる者もいる。
バカ者が。私はまだ奴等に協力すると決めてはおらん。
信じられん。全て手のひらの上なのか。
どんな手品を使えば、このような状況になるというのだ。
確かめねばならない。
そして決めなければならない。
ヘニルのために、私がどう動くかを。




