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第15話 ゴードン村の不思議な子供 前編

 僕の名前はジョージ・ワトスン。

 しがない行商人だ。


 いつかは王都に店を構えて、大商人になることが僕の夢だ。


 そう思って王都の家を飛び出して行商を始めたのが、成人した15の時。


 あれからもう5年。王都に店を出すことすら未だ目処めどが立っていない。


 店を出したら、幼馴染のあいつに結婚を申し込もうと思っていたのに…。


 早くしないと、誰かに奪われてしまうかもしれない。


 あいつも、僕と同じ20歳。


 今も結婚していないのは、もしかしたら、もしかしたら僕を待っていてくれているからかもしれないのに。


 お金が貯まっていかない、大きく稼ぐことが出来ない原因は、実は明白だと思っている。


 効率が悪い。

 夢のためには、稼ぎのことだけ考えてやっていけばいいんだ。


 でも、僕にはそれができていない。


 今日立ち寄る村、ゴードン村。ここへの立ち寄りもその原因の1つだ。


 特に見るべきもののない村。貨幣すらまともに扱っておらず、交換で手に入る品は麦と、干し肉くらい。


 あまり稼ぎにはならない。


 薬や織物や糸、綿わたなどのどれか1つでも盛んに作っていてくれればなぁと思う。


 稼げないなら、手を引けばいい。

 だけど、ゴードン村に来ている行商人は僕だけなのだ。


 ゴードン村の村長には、行商を始めて間もない頃からお世話になっている。


 大きく稼げないが、1度も赤字を押し付けられるような取引をしたことはない。

 温かく、欲しがらない村なのだ。


 毎回赤字というわけでもないのに、稼げないから切るということは、僕にはできない。


 ああ、馬車の御者台ぎょしゃだいから眺める空は、こんなに青く澄み渡っているのに、どうして僕の将来はこんな風に澄み渡っていないのだろう。


 がっくりと項垂れつつ、せめて時間だけでも節約しようとゴードン村への街道を急いだ。







 なんだこれは…。


 なんなんだこれは…。


 交換で手に入る品はいつもと変わらない。麦と干し肉だ。


 でも、麦の量があり得ない。



「そ、村長。どうなっているのですかこれは。この麦の収穫量、例年の2倍、いや3倍以上はあるのでは?」



 ゴードン村に着いた僕は、さっそく村長の家をたずねた。

 村長は今年も元気に禿げ頭を光らせていた。

 人の寿命は50年と言われている中、80も後半になろうかという妖怪じいさんである。

 とてもいい人だけどね。


 村長が今年は大豊作だと自慢するので、それは良かったですねと社交辞令を言った。

 僕にはそれが信じられなかったからだ。


 だが、村の貯蔵蔵ちょぞうぐらを見せてもらって驚愕きょうがくした。


 自慢するだけはある。今年のゴードン村は、見たこともないような大豊作だ。

 ほとんど村全体がそうだったらしい。



「都合が良すぎるほどに天候に恵まれてのう。虫などに食われることもほとんどなかった。わしもこんなことは見たことがない」



 今年、ゴードン村以外で特別豊作だったという所は聞いていない。

 なぜ、ここだけが…。



「まぁ、そういうわけじゃから、麦はかなり安めに交換してやるぞい。その代わり、いつもより多めに品物を交換してほしい」


「ええ、それはもちろん。ありがとうございます」



 安くしてもらった上で取引量が増えるなら、こちらとしても願ったり叶ったりだ。


 ゴードン村以外は豊作ではないので、麦の値が崩れていないのが素晴らしい。


 稼げるぞこれは!



「それから、家々との細かい取引もいつもどおり頼むぞい。麦の値は村全体のものを参考にするよう言ってある」


「かしこまりました。では、まず村全体の取引ですが…」






 とても良い取引ができた。

 村長はかなり僕を優遇してくれ、まるでこの機会にしっかり稼いでおけと言ってくれているかのようだった。


 最後の、これからもよろしく頼むぞいとの言葉に安易にうなずいてしまったのは、村長の手のひらの上だったかもしれない。


 今は、村の広場で個々の家との取引を行っている。

 早めに村に着くようにして良かった。

 この分なら、1日で取引を終え、明日の日の出とともに出発できるかもしれない。


 そんなことを思っていた時だった。

 僕は、不思議な子供に出会った。


 初めは、いつもセナさんとアンさんだけで来るのに、今日は子供達も一緒なんだな。

 それくらいの印象でしかなかった。



「こんにちはワトスンさん。いつもありがとうね。あんたが時々来てくれるおかげで、私らとても助かってるよ」


「こんにちはセナさん。アンさんもこんにちは。今日は子供達も一緒なんですね」


「うふふ。そうなのよ。一番下のセイがね、どうしても付いてきたいって言ってね」



 アンさんはそう言って、アンさんに似た黒髪の少年に目をやった。

 この子がセイくんか。


 3つか、4つくらいかな。

 珍しいものに興味がある年頃だろう。



「こんにちは。ワトスンさん。今日はワトスンさんとお話がしたいと思って、母ちゃんと婆ちゃんに連れてきてもらいました」


「あ、ああ。こんにちはセイくん。驚いたよ。小さいのにとても礼儀正しいんだね」


「そうだろう? セイは小さいのにすげー賢いんだぜ」


「こら、ジル! あいさつもせずになんだいそれは! 少しはセイを見習いな!」



 セナさんはそう言うが、子供の態度としてはむしろジルくんが普通だと思う。


 セイくんのあいさつは、自然すぎた。


 子供が背伸びしてやったという様子が、一切感じられなかったのだ。


 正直面食らってしまった。



「セイ、まずは私とお婆ちゃんがワトスンさんとお話するから待っててね。来るときにも言ったけれど、ワトスンさんもお忙しいから、他の人が交換に来たら諦めて帰るのよ」


「だってさ、セイ。母ちゃん達が終わるまであっちで遊んでようぜ。ジルも行くぞ」


「うん。行こうアル兄ちゃん。母ちゃん、心配しなくても大丈夫だよ。今日はオレ達で最後(・・・・・・・・・)だからさ」



 子供達は広場の端の方に走っていった。


 セイくんが言った、自分達の家族で最後というのは何か根拠があったのだろうか。

 確かに、ほとんどの家族はもう取引に来て、終わりが近いことは僕も感じてはいたけれど。



「ごめんよワトスンさん。そういうことでいいかい? 仕事の邪魔はさせないようにするから、空いた時間があったらセイと話してやって欲しいんだよ」


「ええ、もちろん。空いている時間であればいくらでも。あ、なんならセイくんも今日は僕と一緒に村長のところにお泊まりしますか? 僕のおもしろ行商話、たっぷり聞かせちゃいますよ」



 僕は力こぶを作って、それを平手で叩いておどけて見せた。



「あー、そうさね。村長のとこなら安心して預けられる。もし、セイが望んだらそうしてあげとくれよ」



 セナさんは僕の提案をあっさり受け入れた。

 泊まり云々(うんぬん)については、半分冗談だったんだけどな。


 アンさんに確認しても、セイはしっかりしてるから行きたいと言えば行かせるとのことだった。

 セイくんは、かなり変わった子供らしい。


 その後、アンさんとセナさんとはかなり良い取引ができた。

 ここの家は去年も大豊作だったということで、かなり気前が良かった。


 そして、本当に今日の取引はこの家族で最後で、セイくんは僕の提案に喜んで一緒に泊まることとなった。






 後から考えてみると、この時の僕の提案は、間違いなく人生最大のファインプレーだった。




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