第103話 揺れる心
「「ほろ…ぼす?」」
エレーナ先輩とズベレフ将軍の声が揃う。
彼らの護衛達も、発言が許されていないので声こそ出していないが、一様に「は?」って顔をしている。
オレ達は一通りの負傷兵の応急処置と回収を終え、国境砦の本陣に戻って報告を行っていた。
「そうです。このままゆっくり王都まで追撃して、滅ぼしてしまいましょう、ヘニル国」
オレはできるだけことが簡単に見えるよう、笑顔でさらっと繰り返した。
「そ、そんな重要なこと、王の許可なしには…。いや、許可は出ていたか…。いや、しかし…」
この防衛戦、将軍は何年も前から総大将となることが決まっていた。
定期的に行われていた会議の中で、そういう話題になったことは1度や2度ではない。
とはいえ、それぞれが冗談のように「防衛ついでに滅ぼしてしまっても構わんのだろう?」とか、「ベルジュに続いてヘニルも併合しても良いのだぞ」などと言っていた感じだが。
「…確かに、滅ぼすなら今は絶好の好機ね。『四天将』は全滅、魔法使いも激減しているのだから」
『最善手』を使ったのか、エレーナ先輩もオレの意見を肯定するような発言をした。
どうやら、追撃を始めてから今までは、ヘニル国を滅ぼすシミュレーションをしていなかったようだ。
魔法使いが激減していることは先程報告した。
オレが最初に使った『無塵』で相当数死んだからだ。
からくり自体は話していないけど。
あの『無塵』には、透明化を解除しなかった火玉を忍ばせておいた。
見える火玉だけ防ごうとして上部のみに防御魔法を張った魔法使い達は、アカシャが軌道計算した透明火球が直撃して軒並み戦闘不能となったのだ。
できれば誰も殺したくはなかったけれど、オレはまだまだ力不足で、できることは限られてる。自軍の被害を最小限にするには、やるしかなかった。
罪悪感はあっても後悔はない。
同じことがあれば、何度だって同じことをやるだろう。
だからこそ、後顧の憂いは絶つ。
ヘニルとの戦争は、これで終わりにする。
「うむ…。防衛戦が1日で終わるとは思っておらなかったからな。兵糧は十分残っておる。自軍の被害も軽微じゃ。…いけるか」
将軍も肯定よりになり始めたようだ。
この2人の許可は絶対条件だが、いけそうだな。
「でもヘニルを滅ぼすのなら、どうして撤退中のヘニル軍への追撃で手を抜くの?」
エレーナ先輩が納得がいかないといった表情で質問をしてきた。
現在彼女の『最善手』によって、追撃は行うが自軍の安全を最優先し、敵にあまり被害を与えないようにという命令が下っている。
ヘニル軍を追っている騎士団長と魔法士団長も、よく分からんが命令だというスタンスで、牽制程度の攻撃しかしていない。
「簡単なことですよ」
オレの右隣に座るアレクが、天使の笑顔で言う。
「もうすぐスルト国民となる人達ですから」
同じく左隣に座るネリーが、得意そうに言った。
「統治まで考えると、恨みが少ない方がいいの」
ネリーの頭の上で人差し指を立てて話すベイラは、悪い顔だなぁ。まさか、オレもあんな感じか?
「では、そろそろ我々も準備を始めましょう。ここからは飛空艇が大活躍すると思いますよ」
オレはもう2人が決断を下した前提で話を進める。
飛空艇はまだ戦闘に耐えられるような性能ではないけれど、その船団がヘニル王都に迫った時、王都の民達はどう思うだろうか。
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目の前の光景に、私は崩れ落ちた。
「ち、父上…。なんと…、なんということを…」
スルトの捕虜となった私達は武器を取り上げられ、手枷を嵌められた状態でセイ・ワトスン達に同行させられていた。
魔法を封じられたわけではないので、やろうと思えばいつでも手枷は外せるのだが、私達はそれをしなかった。
逃げられはしないことが分かっていたからだ。
私とヤニクとカロリナは、目を覚ましてからずっと監視され、かつ定期的に充魔石という魔石に魔力を込めさせられている。
常にほぼ魔力切れの状態なのだ。
カロリナが、「こういうことか」と悔しそうに呟いたのが印象的だった。
スルトの一般兵の魔力が尽きない秘密は、圧倒的な魔道具の性能差にあったのだ。
その上、奴らに油断は微塵もない。
少ない魔力で手枷を外したところで、どうにもならないことは分かりきっていた。
奴らが私達を殺さない理由も分かっている。
私達を利用するつもりだからだ。
私は、浮遊大陸で奴らのバカげた計画を聞いている。
しかし、私は決してその計画に協力をするつもりはない。
私がヘニルを裏切ることは有り得ない。
だからこそ、目の前のこの光景には絶望した。
目の前には、私達を詰る我が国の民達。
そして、略奪をされたことが一目で分かる村の姿があった。
「戦争があるからと重税を課した結果がこれか!!」
「あんた達は、俺達から全てを奪っていった!!」
涙ながらに叫ぶ民達の声を聞けば、これをやったのが我が軍であることが容易に想像できる。
兵糧を失い、往路と違って、逃走しながらで獣や魔物を探して狩っている余裕がなかった我が軍は、あろうことか自国の村で略奪を行って飢えをしのいだのだ。
「すまない…。すまない……。どうか殺してくれ」
涙が滝のように溢れてくる。
地面についた膝に、いや全身に全く力が入らず震える。
これが、この戦争の結果か。
私は、何のために戦っていたのだ…。
なぜ私は、どんな手を使ってでも戦争を止めようとしなかった…。
後悔が押し寄せてくる。
耐えられない。
謝ってすむことではない。
責任が取れるなら、殺してほしい。
「本当にお前が死ぬことが、民のためになるのか?」
側にいたセイ・ワトスンが私を庇うように前に立ち、背中越しに問いかけてくる。
「……貴様の言いたいことは分かっている」
これも!
貴様の計画通りというわけか!
言うとおりにすれば、責任が取れると!
叫びたかった。
酷すぎると。
しかし、奴らは戦争を止めようとしていた。
止めなかったのは我々なのだ。
悔しくて涙が止まらない。
「ヘニルの村の皆さん、すでに先遣隊が来て知っていると思いますが、我々スルト軍はあなた方に危害を加えるつもりはありません。むしろ、さらなる援助をお約束します。安心してください」
セイ・ワトスンが村の民達に向かって説明をする。
後ろに控える飛空艇船団からは、続々と物資が運ばれてきている。
さらに、捕虜の中でこの村出身の者も返されていた。
村人達の安堵の声と感謝の声が聞こえる。
それはもちろん、我々に向けられたものではない。
「ほら、分かったでしょ? 私達は民を傷つけたくないのよ」
ネリー・トンプソンが、胸を張って笑う。
その声には一点の曇りもなく、誇りに満ちていた。
少なくとも彼女は100%善意でやっているのだろう。
例え、セイ・ワトスンやスルトがどんなに悪辣でも。
「悪魔め…」
ヤニクが、ぼそっと呟く。
おそらく、奴らがやろうとしていることを察したのだろう。
全くもって同意する。
だが、その悪魔の言うとおりにすることが、最も民のためになるのだとしたら?
「もしこの先、ヘニル国のためにそうしなければならないかもと思うことがあったら…」
以前のセイ・ワトスンの言葉が思い出される。
貴様は間違っている…。
私がそれを実行しても、ヘニル国のためにはならん。
ヘニル国自体がなくなるのだから。
しかし、ヘニル国に暮らす民のためにはなるのかもしれん…。
私は心が揺れるのを確かに感じた。
お読みいただきありがとうございます。
感想欄で誤字報告してくださったKnight2K様、ありがとうございました。
いつも助かっております。
誤字報告機能でやってくださったことがある方々も、機能上名前は存じませんが、いつもありがとうございます。




