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第14話 レベルを上げに森に行こう 後編

「ゴブリン視認まで、あと60秒です」


「了解」



 地上から4、5メートルくらいはありそうな木の枝の上で、アカシャからの情報を受けとる。


 もうすぐ夏になろうかという季節にも関わらず、初めて入る森の中はひんやりとしていた。


 魔法で光の玉を浮かせているので辺りは暗くはないのだが、それでも夜の森の不気味さを消すことはできていない。


 日本に比べて木の形がおどろおどろしい感じなのが、そのことに一役も二役も買っているのは間違いないだろう。


 とはいえ、そのおかげで木の枝の一部に立ちやすい場所があり、バランスを崩して落ちたりする心配がほぼないのは利点でもあった。



「しかしまぁ、ゴブリンってやつは鼻が効くんだなぁ。バカだけど」


「非常に高い繁殖力と、弱い生物の匂いに敏感になることで生き残ってきた魔物ですからね。バカですが」



 今日は基本的にゴブリン狙いでレベルを上げている。木の上にいるのも主にゴブリン対策だ。



「オレが木の上にいるって分かっても、木を揺らすか、下で待つくらいしかしないんだもんなぁ…」



 実はすでに三体のゴブリンを倒している。オレのレベルはすでに3になっていた。


 ゴブリンとはいえ、今のオレでは身体強化しても一撃で殺されてしまうというから多少の怖さがあったものだが、アカシャに言われて最初の一体をあえて近寄らせたことで心配は杞憂きゆうだということを理解した。


 木の上からゴブリンを倒す手段さえあるならば、木の上にいる限りずっとオレのターンなのだ。



「ゴブリン、来ます」



 アカシャの声に合わせるように、暗闇で20メートルもないであろう視界の先から、ゴブリンがぬぅっと現れた。


 醜悪しゅうあくな見た目だ。


 痩せてるのに腹だけ出ていて、禿げていて、顔はしわだらけだ。



「次は雷を試してみようか」



 ゴブリンの一体目は風の刃で、二体目は氷柱(つらら)状の氷を落として、三体目は二体目と同様のことを氷ではなく岩でやった。


 オレは右手を天に突き上げ、ゴブリンの直上(ちょくじょう)に手のひらを向ける。


 世界により強く魔法を認識させる"限定"だ。

 狙いがより正確になり、威力も少し上がる。

 欠点は、魔法を使うとバレバレになってしまう所と、ちょっと恥ずかしい所だ。


 ゴブリン相手なら欠点は気にする必要がない。



「"落雷らくらい"!」



 突き上げた右手をゴブリンに向けて振り下ろしながら、"限定"と同じように世界により強く魔法を認識させる"宣誓"となる言葉をとなえる。


 轟音ごうおんがなり、ゴブリンの直上からゴブリンに向けてジグザグとした紫色の光が駆け抜ける。


 自分で使っておきながら、あまりの音に驚いてビクッとしてしまった。

 うおっとか声が出た気がする。


 "宣誓"は単純に威力が上がる。

 欠点は、どんな魔法を使うかも含めバレバレになってしまう所と、やはり少し恥ずかしいところだ。



「"限定"も"宣誓"も、ほぼ完璧ですね。あとは身体強化での移動中などでも同じように使えるように訓練いたしましょう」



 相変わらずスパルタ教育だなアカシャさん。

 ありがたいけれども。


 ちなみに、"限定"も"宣誓"も自分のイメージを世界により強く認識させることが目的なので、こうしなければならないという細かい制約はない。


 ただし、恥ずかしがって手が縮こまってたり、イメージと違う動きをあえてしたり、意味もなく小声だったりすると効果が減衰する。


 全てはイメージ力と、それをいかに世界に伝えるかなのだとアカシャは言っていた。



「ところでさ、あのゴブリン、ちゃんと死んでるのか?」



 雷が直撃したゴブリンを見ると、明らかな外傷は特に見受けられず、ただその場に倒れただけのように見える。



「はい。間違いなく生命活動を停止しております」


「そうか。良かった。直撃したにしては見た目が変わってなかったからさ。しかし、雷は一度発動したら避けるのはほぼ不可能だな」


「そうですね。しかし、制限も多い魔法です。例えば今の使い方は、敵が近くにいる時にはできません」



 巻き込まれちゃうからね。どんなに最低でも5メートル以上は離れて使いたい。



「雷の魔法は"まとい"で使うのが非常に効果的なのですが…」


「いやいや、無理無理無理。死んじゃうから」


「今やれとは申しておりません。いずれ、できるようになりましょう。練習あるのみです」


「まずは水でな…」



 "まとい"は練習でも死ぬ可能性のあるヤバい魔法の行使法だ。

 オレはまだ全く使えない。



「ゴブリン来ます。視認まで60秒」


「どんどん来るな」


「弱い生物の匂いを嗅ぎとれても、自分より強いものの匂いを嗅ぎとれないのがゴブリンです」


「人を殺す魔物でなければ、かわいそうって思ったかも」



 この木の上に陣取ってすぐに、一度だけ風魔法で匂いを森の奥側に届けただけでこれだ。


 この位置なら現時点で勝てない魔物が気付いても逃げ切れるらしいが、そもそもゴブリンしか来ない。


 人間の子供の匂いに敏感すぎるだろ。



「残り魔力は十分じゅうぶんです。存分に魔法をお試しください」








「これは…。ご主人様はとても運が良いですね。しばらくするとゴブリン以外の魔物が現れます。本日はそれを狩って終わりとしましょう」



 しばらくゴブリン狩りをして、レベルも4になってひさしいと思い始めたころ、アカシャがゴブリン以外の魔物がこちらに向かっていることを告げてきた。



「運がいい? この辺りだとゴブリンが一番狩りやすいんじゃないのか?」


「それはそうなのですが、ゴブリンばかり倒していても大した経験は得られませんから。それにこの魔物は、強さの割にはっきりとした弱点があります」


「まぁ、アカシャがそう言うなら大丈夫か。そいつが来るまでに詳しい情報を教えてくれ」







 その後、やってきたゴブリンを2体倒し、こちらの準備が万全に整った頃、そいつはやってきた。



水狼みずおおかみ来ます。視認まで5、4、3、2、1…」


「見えた!」



 水狼みずおおかみ。名前の通り水でできた狼にしか見えない。


 凄まじいスピードで突っ込んできた。


 あらかじめ魔力をふんだんに使った身体強化をしていなければ、まともに見ることも叶わなかったかもしれない。


 アカシャの話では、オレ狙いとゴブリンの死体狙いのどちらかはまだ分からないとのことだったが、視認した瞬間に確信した。


 オレを狙ってる。水狼みずおおかみも同じタイミングで視認したのだろう。目があった。



「ご主人様狙いです」



 アカシャが言い終わるか終わらないかの一瞬のうちに、もう水狼みずおおかみは木の下に到達していた。


 だがこちらも準備はできている。すでに両手は水狼みずおおかみを完璧にとらえていた。



「"凍れ"!!」



 "限定"と"宣誓"を使い、魔力をたっぷりと込めた氷魔法が木のみきを登り始めた水狼みずおおかみに炸裂する。


 こちらからは狙いやすい位置で、水狼みずおおかみからは避けにくい位置で、狙い通りに当てることに成功した。


 ゴトリと音がして、氷像と化した水狼みずおおかみが地面に転がる。



「打ち合わせどおりですね。素晴らしい」


あらかじめ準備できてたからな。アカシャのおかげだよ」


「高速で動く敵に予定通りに魔法を当てられたのが、何よりの収穫です」


「そうだな。とはいえ、避けられたところで問題はなかったけどな」



 しゃがんで、立っている木の枝の下をコンコンと手で叩く。


 魔法を外した場合に備えて、木の枝の下には透明な足場を張っておいた。


 ここまで上ってきた時に使った足場の魔法の大規模バージョンだ。


 先ほどの氷魔法と同じくらい魔力を込めたので、水狼みずおおかみが氷魔法を回避しても、これに阻まれて落下していただろう。


 落下中に改めて氷付けにしても問題はなかった。



「より完璧に倒すことで経験も多く積めますし、魔法の上達も早くなります。どちらにしろ倒せましたが、どちらでも良いとは言えません。それはあくまでも保険ですよ」


「なるほど。そういうものなのか」


「さて、では水狼みずおおかみに止めを刺しましょう」


「オッケー」



 非常に氷に弱い水狼みずおおかみだが、実は凍っただけでは死なないらしい。

 溶ければ何事もなかったかのように復活するとか。


 止めを刺すには、水狼みずおおかみの中にある核を壊す必要があるとのことだった。



「この魔法、一度使ってみたかったんだよな」



 未だ消えない、足下あしもとに広がる透明な足場のはしから、新しい足場を作りながら水狼みずおおかみの方に向かって下りていく。


 水狼の直上1メートルくらいから飛び降りつつ、"限定"を使うため左手で狙いをつけ、右手を引き絞る。

 イメージは瓦割りだ。瓦割りやったことないけどな。



「"インパクト"!」



 振り下ろした掌打しょうだ水狼みずおおかみに当たる瞬間、"宣誓"付きの衝撃魔法を使う。


 凍った水狼みずおおかみの体は、掌打が当たったところを中心にあっという間にヒビが入り、次の瞬間にはキラキラとした氷の粒を巻き上げながら粉々に砕け散った。



「おおー。すっげえなコレ」


「核も完全に粉々になったことを確認いたしました。それにともない、レベルも5になっております」



 決まったときこそ凄いが、この魔法は対象に近ければ近いほど威力が強まるという、正直とても使いづらい魔法だ。


 1メートルも離れれば、突風が吹いたくらいにしか感じないらしい。


 ゼロ距離でのみ真の力を発揮する変わった魔法。まぁ、浪漫だな。



「ふぅ。今日はこれで終わりか。思った以上に楽しかった」



 今日、初めて魔物を自分の手で殺したけど、思ったほど抵抗はなかった。


 最悪、吐いたりするのかなって思ったりもしたけれど。


 さすがにゲーム感覚で楽しいって訳ではなかったけど、地球で狩猟を楽しむ人達はこういう感覚でやってたのかな。


 人によるだろうけど、少なくともオレはこういう人間だったってことだ。


 もしくは、こっちに来てこういう人間になったのかな。


 どちらでもいいか。今感じてることが全てだ。



「よし、帰るか!」


「ゴブリンの死体を埋めてからです。ご主人様。このままでは村の近くまで魔物が集まってしまいますよ」



 ちょっといい笑顔でキメてしまったんだから、冷静なツッコミは止めてくれるかなアカシャさん…。


 穴があったら入りたい。







『結局、4時間経たないうちに帰ってきたんだな』


『念のため、余裕を持たせました。問題がなくて何よりです』



 狩りを終え、ゴブリンの死体の処理も済ませたオレ達は、寝室の壁の外側まで戻って来ていた。


 もちろん、透明化の魔法はバッチリかけてある。


 靴を脱いで空間収納に戻しながら、アカシャに確認をとる。



『母ちゃんは、ちゃんと寝てるか?』


『はい。問題ありません』


『よし。じゃあ、戻るぞ』



 家を出たときと同じように、こっそりベッドに戻ることに成功したオレは、着くなりどっと疲れが出て、すぐに寝ることにした。


 ただ、寝る前に1つだけアカシャに聞いてみたいことがあったのを思い出す。



『ところで、今回も転移魔法か空間魔法さえ覚えれば、かなり面倒を省けたと思うんだけど、まだ教えてくれないことには何か理由があるんだよな?』


『…おっしゃる通りです』



 平坦で抑揚の少ない、いつも冷静そのもののアカシャの声が、ほんの少し動揺したように聞こえた。



『そうか…。分かった。今すぐ教えろとは言わないし、理由も聞かない。アカシャはオレが強制すればやらざるを得なくなるからな』


『申し訳ありません』


『いいよ。アカシャがオレにとってマイナスになることをするわけがないってことは分かってるから』



 何か大きな理由があるに違いない。それだけ確認して、オレは眠りに落ちていった。



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[気になる点] 真夜中に森の中とはいえ、雨でも無いのに落雷の音がしたら、めちゃ目立ちそう。 雷って5kmや10km離れてても結構聞こえますよね?
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