第89話 戦争直前
3月になった。
放課後、オレ達は学園長室に向かうために『気まぐれな隠し通路』を歩いていた。
もはやオレ達には気まぐれではないけれど。
「交渉、上手くいくといいわね!」
ネリーが凄く力のこもった言い方をする。
そうだね。オレとアレク以上に、ネリーには重要な問題だよね。
でも、それは言わないでおく。
「何らかの対応はしてくれるさ。戦争が早まったからね」
オレは当たり障りない返事をした。
春頃を予定していたヘニル国はギリギリまで日程を早め、数日後に出兵が決まっている。
兵力は2万。
その内、魔法を使えるのが1500。
王都を攻めるわけでもないのに、ラウル・バウティスタはかなり頑張って兵を集めていた。
浮遊大陸貿易の噂を聞いて戦争を止めてくれればありがたかったけれど、焦らせることしかできなかったようで残念だ。
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「なぜ殆ど情報が入ってこない!? 諜報員はどうしたというのだ!」
ヘニル国、バウティスタ公爵家の屋敷で、ラウル・バウティスタの怒声が響く。
玉座のような椅子の前を左右に、爪を噛みながらずっと歩き続けている。
かなりイライラしている様子だ。
諜報員は全員始末したよ。
スルト王と、バビブ3兄弟が。
教えたのは、アカシャに聞いたオレだけど。
「商人や冒険者からの情報ですと、浮遊大陸貿易での莫大な利益で冒険者を傭兵として募集していたとのこと」
「それでどの程度集まっているのかを知りたいのだ!!!」
家来の言葉に食いかかるようにラウルが怒鳴る。
可哀想に。それが分かれば言ってるだろ。
「ラウル様、今更気にしたって仕方ないでしょう。分からないからこそ、できる限りの戦力を集めたんだ」
四天将『弐天』、無精髭を生やしたボサボサ黒髪のおっさん、ヤニク・イスナーがやれやれといった様子でラウルをなだめる。
袴に羽織っぽいものを着て、腰に刀っぽい剣を差した侍っぽい人だ。
アカシャに聞いたところによると侍ではなく、そういう流派があるだけらしい。
「我々『四天将』を全員参加させるのです。例え『大賢者』が出てきても、蹴散らしてご覧に入れましょう。心配が過ぎるのです。親子共々ね」
自信満々に語ったのは、『壱天』フランシス・バシラシビリ。
青髪のイケメンだ。
『大賢者』を蹴散らすね…。
敵を知らず、己も知らず、百戦危ういな。
敵で良かった。
スタンは『参天』と『肆天』と修行中だ。
ギリギリまで鍛える予定のようだ。
「…飛空艇なる空飛ぶ魔道具の噂もある。他にも完成した魔道具が実践投入される可能性もあるのだ。大丈夫なのだな?」
少しふてくされたような様子でラウルが確認をとる。
「問題ありません。魔石の出力というものは大したことがないのですよ。飛空艇とやらが出てきたとしても、空飛ぶ的に過ぎません」
『壱天』が得意そうに語る。
そうだね。それは正しい。だから今回、基本的には飛空艇の実戦投入はしないよ。
「…それなら、よいのだ」
ラウル・バウティスタは久しぶりに爪を噛んで歩くのを止め、玉座へと腰掛けた。
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『そういや結局、冒険者の傭兵ってどれくらい集まったんだっけ?』
オレはアカシャに質問をしつつ、学園長室のドアをノックした。
『約1000名です。魔法を使えるのは500名ほどですね。先日の決起集会には7割ほどが集まっていました』
その決起集会にはオレ達も参加した。
ミロシュ殿下がいやに張り切ってるように感じたんだよな。
気のせいかもしれないけど。
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「諸君! 私はスルト国第1王子、ミロシュ・ティエム・スルトである。我がスルト国の呼びかけに応えてくれたこと、感謝する!」
浮遊大陸のギルド前広場で行われた決起集会では、ミロシュ殿下が熱い演説をした。
それは冒険者がどういう目的で集まったかを良く理解している内容だった。
国外からの参加者がかなりいるので、愛国心に訴えかけるようなことは決してせず、ヘニルを糾弾することもまたしなかった。
どれだけ儲かるか、どれだけ勝率が高いかを熱く語ったのだ。
手柄を立てた者へのさらなる報酬については、募集にあえて金額を書かなかったことから大いに盛り上がった。
「全く。あなた達に出会ってから、私の人生は変わってしまいました」
ミロシュ殿下の演説を一緒に聞いていたイザヴェリアのギルドマスター、元王都ギルドの担当であるアリソン・キーズがオレ達に苦笑といった雰囲気で語りかけてきた。
今の役職に就いてから、顔を合わせる度に小言を言われる…。
もしかして、ギルドマスターをお願いしたのは迷惑だったのかもしれない。
「ごめんなさい…。もし、今の状況がアリソンさんの負担になるのでしたら、王とマスター・シュウに掛け合って来ますけど…」
ちょっと…、いや、かなり心配になったオレはアリソンさんに謝って、希望に沿えるようにすることを伝えた。
「いえ。充実していますし、私の能力を買ってくれたことは感謝しています。でも、以前の平和だった頃を懐かしく思うことが度々あるくらいには忙しいです」
アリソンさんはオレの提案を笑って否定した後、遠い目で忙しさを語った。
…。仕事の内容には満足してるけど、忙しさがブラック過ぎるってことか…!
『ア、アカシャ!』
オレは焦ってアカシャに確認をとる。
『アリソン・キーズは、平均的なギルド職員の5倍程度、同じくギルドマスターの2倍程度の仕事を1人でこなしております』
名前を呼んだだけで聞きたいことの内容を汲み取ってくれた頼りになる相棒が、いつも通りの冷静で抑揚のない声で答えてくれた。
ヤバい。変な汗が出てきた。
冷静すぎるよアカシャさん!
「い、一応領主だから、ミロシュ殿下とマスター・シュウに人増やすようにお願いしておきますね…」
事態を把握したオレは、アリソンさんのブラックな職場環境を整えることを誓った。
「何かあったら、私もサポートするわ! アリソン!」
ネリーが、任せて! といった調子で続く。
君も領主の1人ですよ、ネリーさん…。
ブラックな会社の社長が社員にそう言っても、根本から変えてくれよとは言えないと思うんだ。
自分で気付かなきゃダメなんだよ…。
「あたちも! だから、そろそろ妖精の登録できるようにするの!」
ベイラ、今アリソンさんの仕事を増やすようなことを言わないでくれ。
オレと、同じく気付いたっぽいアレクが、申し訳無さを苦笑いで表現しながらアリソンさんをチラ見する。
アリソンさんも苦笑いで返してきた。
「必ず、人増やします。本当に今までごめんなさい」
オレは即座に頭を下げ、謝った。
「諸君らを率いるのは、あの『常勝将軍』である! そして今回派兵される中には! 未踏ダンジョンを攻略し、この浮遊大陸を手に入れた英雄達も参加する! 再び言おう。この戦争、確実に我がスルト国が勝利する!」
熱く演説するミロシュ殿下から合図が出たので、これ幸いとアリソンさんに別れを告げ、ミロシュ殿下の元へ向かった。
仲間たちも一緒だ。
「この者達がその英雄だ。子供と侮るな。あの『大賢者』にすら勝るとも劣らぬその力、景気付けに一端を披露しよう」
いつも飄々とした様子のミロシュ殿下が、珍しく好戦的に笑った。
「みんな、準備はいいか?」
オレは手を上げてそう言いながらも、ネリーを見た。
「当然よ!」
ネリーも手を上げ、勝ち気な声を上げて答える。
ちょうど空からミニドラが降りてきて、ネリーの傍らに座るところだった。
「ガ!」
ミニドラも空へ向かって顔を上げる。
「火魔法はあんまり得意じゃないの」
ベイラは文句を言いつつも、獰猛な笑みを浮かべて手を上げた。
「今ちょうど、気分を変えたいところだったんだ」
アレクが心苦しさから逃れるように手を上げた。
奇遇だな。オレもだよ。
『アカシャ、合図は任せた』
『かしこまりました』
アカシャに声をかけて、片手でサングラスをかける。
ベイラとミニドラ以外のみんなも同じようにした。
ベイラは小さすぎて瞳の魔法陣が判別できないので、普段からかけない。
ミニドラは言わずもがなだ。
『クインテットフレア、発射5秒前』
アカシャの合図に合わせて火魔法を発動。
『4』
上げた手の先の空に火球が生まれ、大きくなっていく。
みんなの手の先にも火球が生まれ、大きくなり、それぞれの火球がぶつかって合体していく。
『3』
1つになった大火球はさらに大きくなっていく。
『2』
集まった冒険者達が声を失うほどのエネルギーの塊が、空に出来上がった。
ミニドラだけ、ブレスを口に溜めに溜めている。
『1』
ミロシュ殿下から、できるだけ派手にって要望だからな。
分かりやすく派手なのを見せることにした。
『0』
「「「「「"クインテットフレア"(ガッ)!!」」」」」
アカシャの念話での合図に合わせて、全員が上空に向かって火を放つ。
上空に向かって猛スピードで飛んでいく大火球を、ミニドラのブレスが追いかけるように昇っていく。
それは上空約1000メートルに浮かぶ浮遊大陸より、さらに遥か上空まで昇っていき、接触して大爆発を起こした。
少し遅れて、轟音と衝撃波がここまで伝わってくる。
オレ達以外の誰もが唖然とする中、たった1人だけ絶妙な間を開けて声を出した人がいた。
「見たか諸君! 勝利は、我らにあり!!」
ミロシュ殿下の声で、ほぼ全員が我に返って歓声を上げた。
どうやらミロシュ殿下の要望どおりにできたかな。
これで士気が高まってくれるなら、嬉しい。
ミロシュ殿下は今回の戦争には参加しないが、やれるだけのことはやっておきたいと言っていた。
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ノックした学園長室の茶色のドアが独りでに開く。
「どうぞ、入ると良い」
学園長の声が聞こえる。
奥から大きな声を出したわけではなく、魔法だな。
「失礼します」
オレ達はそれぞれ挨拶をして中に入っていく。
部屋には、学園長だけが座っていた。
「相談ということじゃったな。聞こう」
学園長は真剣な顔で話を促した。
「ヘニルの出兵が早まったことは以前からお伝えしていましたが、王とのお約束通り僕達も出兵します。それで、…僕達ちゃんと進級できますよね?」
スルティア学園は授業に出たか否かは進級に影響しない。
あくまでテストの点数でのみ進級が決まる。
だから、ちゃんと勉強してさえいれば、授業に出ない分には問題はない。
でも、だからこそ、テストに出ないのはマズい。
そして、ヘニルとの戦争は後期期末試験に被る可能性が高いのだ。
オレ達のテストについて、未だ全く議論されていないのはアカシャに聞いて分かっている。
今日はそれを相談と交渉しに来たのだ。
「……何かと思えば、そんなことかね…。もちろん、君達がテストに出られなければ特例措置はとるとも」
一瞬、呆けた顔になった学園長は、すぐに普段どおりに戻って答えてくれた。
「やった!」
期末テストが消えることを誰よりも願っていたネリーが喜ぶ。
「特例措置はとるが、テストは無くならんよ」
「えっ…?」
学園長の補足に、ネリーが絶望の表情でがっくりと落ち込む。
「それよりじゃ…。此度の戦争に、エレーナ殿下が参加すると聞いた。君の要望ということだが、本当かね?」
学園長が再びいつもより真剣な顔になり、オレに質問をしてきた。
「本当ですよ」
事実だったので、そう答えた。




