第87話 平民の子
私はミロシュ・ティエム・スルト。
スルト国第1王子にして、"平民の子"だ。
今年で20歳となった。
本来ならば隠し子とされていたであろう私が、第1王子として10歳までは一応跡継ぎとして厳しく育てられたことには理由がある。
父上、現スルト王ファビオ・ティエム・スルトには、なかなか子が生まれなかった。
15歳で現在の第1王妃を娶ってから5年もの間、王には子ができなかった。
17の時に周囲の強い薦めによって現在の第2王妃も娶ることになったにも関わらずだ。
本来父上は愛妻家で、第1王妃を深く愛していたため他の妻を娶ることにも難色を示していたと聞いている。
1000年続く王家の直系の子が生まれない。
それがどれほどの重圧だったかは、察するに余りある。
第1王妃はノイローゼになり、父上も心身ともに擦り減っていたのだろう。
たった一度の父上の過ちが、多くの者の人生を変えた。
当時は王城のメイドであった母上が、父上の子を身ごもったのだ。
その時の子が、私だ。
私は万が一の際の保険として、次の王子が生まれるまでの期限付きの王位継承権を与えられ、厳しい教育を受けた。
第1王妃の怒りと絶望がどれだけのものであったかは、母上と私が身をもって知っている。
私が生まれてから、王の次の子となったペトラが生まれるまで、5年。
待望の王子であるノバクが生まれるまで、さらに5年。
10年間、第1王妃の憎悪は増し続け、それは私達だけでなく全ての平民にも向けられた。
いつの間にか第1王妃の派閥は全て度の過ぎた貴族主義、選民思想の塊に塗り替わり、現在でも最大派閥として勢力を誇っている。
ノバクが生まれたことで私の王位継承権は剥奪され、10歳にして政治からは一線を退くこととなった。
生きづらくはあったが、恨んではいない。
母上が迫害されることだけは許せないが、仕方がなかったことだと思っている。
私は歴史あるこのスルト国を愛している。
例え平民の血が流れていようと、1000年続く王家の末裔であることに変わりはないのだ。
だから私は、私なりのやり方でこの国のために生きる。
私は基本的に政治の中枢には関われない。
だからそこは王や宰相、いずれはノバクに任せ、きっとノバクが関わらないであろう平民を豊かにする役割を私が引き受ければよい。
平民の子である私だからこそ、できることもあるだろう。
だが1つ不安なのは、ノバクの教育についてだ。
あれだけ私には厳しかったにも関わらず、ノバクへの教育は甘すぎる。
原因は分かりきっている。第1王妃がノバクの教育係を選んでいるからだ。
周りにイエスマンしかいないことがノバクを蝕んでいる。
父上はご存知なのだろうか。宰相が気付いていないはずもないと思うのだが。
私から進言することはできない。角が立ちすぎる。
私をよく知る者の前以外では、キャラクターも演じることにした。
あまり真面目すぎない、どこか気の抜けた、いい意味でテキトーな感じのキャラクターの方が、特に平民は親しみやすいだろうと思ったからだ。
昼行灯と呼ばれるくらいが、ちょうど良いのだ。
特に私は、目立ってはいけない立場である。
少しずつ着実に目標に進んでいた私だが、ある日を境に、時計の針を指で進めているような速さで全てが動き始めた。
セイ・ワトスン達に関わりはじめてからだ。
今私は、空中都市イザヴェリアの代官として国と民に莫大な利益をもたらしている。
もちろん全ては彼らのお膳立てがあってこそだが、重要なのは国と民が潤うことだ。
母上も代官屋敷に呼び、王城とは比べ物にならないほど良い環境で一緒に暮らすことができている。
浮遊大陸は現在、初の貿易を行うために大陸西端の国ゲルズへと向かっている。
ダンジョンの利益だけでも凄まじいのに、浮遊大陸貿易の利益はそれを凌駕すると聞いている。
執務室で紅茶を飲みながら計画書に目を通していると、ある項目を見てお茶を吹き出しそうになり、むせてしまった。
「で、殿下!! いかがなさいましたか!?」
メイドが私がゴホゴホとむせているのを見て、声をかけてきてくれる。
「大丈夫。ちょっと、むせただけだよ。少し隣の領主館に行ってくる。支度を頼むよ」
私は手を前に出し、笑って大丈夫であることをアピールした。
しかし、これはゲルズの代表と会う前に確認しなくてはならない。
民間の方の貿易は全て任せてくれと言うから任せていたけれど、とんでもないことが書いてある。
麦の値段と量が有り得ない。
軽く相場の倍以上の値段の上、とんでもない量だ。
そもそも戦争を前にした今の時期に、兵糧となる麦を売ること自体有り得ない。
どういうことか、聞かなければ。




