第77話 アカシャの新たな使い方
通された、奥にある教授の部屋は、魔道具でいっぱいだった。
足の踏み場もないと言っても言い過ぎではないほどに。
「センセー、またこんなに散らかして。掃除を手伝う生徒の身にもなりなさいよね」
エレーナ先輩が部屋の中を見回しながら、腰に手を当ててノーリー教授に苦言を言う。
「いやー、すまない…。でも、君は手伝ってくれたことないですよね」
ノーリー教授は片手で頭を掻きながら謝り、冗談めかして最後に付け足した。
「いいのよ私は。一応、王族だし」
エレーナ先輩はしれっとした顔で言う。
まぁ確かに、王族が人が散らかした部屋を掃除する絵は想像できないな。
そんなことを思いながら、教授に促されて部屋の中央付近にある大きな作業机に座った。
「さて、ワトスン君。ここにある魔道具に共通する欠点は何だか分かるかい?」
「世に出せない。ですね?」
オレはノーリー教授の問に簡潔に答えた。
「そう。魔道具はその性質上、どこかに魔法陣を刻む必要がある。つまり、世に出せば魔道具に刻まれた魔法陣の不特定多数への流出が確定的になるんだ。我々は今の所、このことに対する解決策を見出せていない」
魔道具とは物に魔法陣を刻印し、イメージ補助と出力調整を行うことで、望む現象を引き起こす道具だ。
イメージ補助とか出力調整などはないが、一応、オレが使っている集団転移の魔法陣を刻んだ板も、広い意味では魔道具と言える。
魔道具は、魔法陣を知らなくても使える便利なものではあるが、この世界における魔法陣の価値が高すぎて世に出せないというジレンマがある。
魔法陣の不特定多数への流出は、下手をすれば封建制度やら貴族社会やらがまとめて崩壊しかねない事案だからな。
とはいえ、原始的な魔道具は遥か昔からあるのだ。
長い工夫の歴史があって、今では、あと少しのブレイクスルーがあれば一般大衆用の魔道具の実現が可能になるはずだと言われている。
オレはそのブレイクスルーを起こしに来た。
「現状最も解決に近い技術は、開かない仕組みになっている箱の中に目的の魔法陣と、火の魔法陣を仕込むことだと聞いています。間違いないでしょうか?」
オレはアカシャから聞いた情報をノーリー教授に話して、一歩踏み込む。
魔道具を作るに当たって魔法陣が表層に現れている必要がないことを利用して、魔法陣の部分をブラックボックス化する技術だ。
ブラックボックスを無理にこじ開けようとすると、火魔法が発動してブラックボックスが消失する仕組みになっている。
数十年前に確立された、魔石に残った魔力から魔法を発動する技術を搭載することで、外部からの魔力供給無しで火魔法が発動するなど、工夫が凝らされている。
「なぜそれを君が知っているかは不思議だけれど、そうだね。ただ、これではすぐに鎮火するなど、一度仕組みを知られてしまうと対処が容易であるということで許可が下りない」
教授は丸メガネのブリッジに右手中指を当てながら答えた。
オレはそれに対して頷く。
「へえ。そこまで知っていて、なおアイデアがあるなんて。いよいよ面白いわね。言ってみなさい」
エレーナ先輩が口角を上げてオレに話を促してくる。
この人は才女で、教授ほどではないがこの分野の知識に精通している。
ここにいたのは、ただの冷やかしではないのだ。
「『あぶり出し』というものをご存知でしょうか?」
オレはノーリー教授とエレーナ先輩を交互に見ながら聞いた。
「もちろん知っているわ。過去に試されたことのある技術だもの。乾いたら無色になる液体で魔法陣を書くんでしょう? それでは流出は防ぎきれないと結論が出ているわ」
エレーナ先輩はちょっとガッカリと言った様子で答えた。
「使える技術であることは間違いないけれど、仕組みを知られ辛いだけで、解決とはいかないね。今の最先端の技術との組み合わせも試したけれど、上手くいかなかった」
ノーリー教授がより詳しく説明してくれる。
もちろん、それはアカシャに聞いて知っている。
結局、鎮火が速いとあぶり出された魔法陣が見えてしまって意味のない事例があったのだ。
だが、それを知っていたからこそ、アカシャの新たな使い方ができた。
「なるほど。実は、これは我が商会で偶然発見された植物なのですが…。これから絞った無色の溶液を使い、あぶり出しの要領で書いた魔法陣がこちらとなります」
オレは持ってきたカバンから、アロエっぽい見た目の植物と、魔法陣を書いた羊皮紙を取り出した。
「ちょっと見せて…。え? この紙、魔力を込めても、魔法陣が出てこないけれど。失敗じゃないの?」
オレから羊皮紙を受け取ったエレーナ先輩は、さっそく魔法陣に魔力を込めようとしたらしい。
「いえ、失敗ではありません。同じ紙がもう1枚あります。少々お待ち下さい」
オレはカバンから黒い箱を取り出した。
「ふむ…」
「え、もしかして…」
この箱の中に紙が入っているのだろうと察した2人がそれぞれ反応する。
2人ともこれがどういうものか想像したのだろう。
「すいません。ちょっと暗くしますね」
オレは制服の胸ポケットから出したサングラスをかけ、光魔法を使って、この部屋の光源を遮断した。
研究室が真っ暗になる。
「先程と同じ紙です。同じように魔力を込めてみてください」
黒い箱を開け、羊皮紙を取り出してエレーナ先輩に渡す。
「今度は光った。さっきの紙にも、同じように火の魔法陣が書かれていたの?」
エレーナ先輩が手にした羊皮紙に書かれた魔法陣が発動待機状態となり、淡い緑色に光る。
もちろん、いつも使っている真理魔法陣ではマズいので、適度に歪めてある。
「そうです。では、そのままお待ち下さい。部屋を元に戻します」
オレは先輩に発動待機状態を続けるように言って、光魔法を解除して部屋の明かりを元に戻した。
「素晴らしい…」
ノーリー教授が笑みを浮かべて、思わずといった様子で声を上げた。
羊皮紙に光っていた魔法陣がスゥッと消えていったからだ。
「まさか、本当に…。これは、光に反応して消える溶液なのね?」
エレーナ先輩は信じられないものを見たというように、少し興奮気味で聞いてくる。
付け加えるならば、魔力の光には反応しないけどね。
「そうです。どうでしょう? これを今の技術と組み合わせれば、完璧ではないにしろほぼ漏洩を防げるのではないでしょうか?」
オレは2人に尋ねる。
ブラックボックス部分の製造方法さえ秘匿すれば、まず仕組みがバレることはないだろう。
仕組みが分からなければ、暗闇でブラックボックスを解体しようという発想にはならないと思う。
オレは今回情報を集めた上で、アカシャに色々質問をした。
その中の1つが、『光が当たると消える溶液を作れないか?』というものだった。
アカシャは未知のものを創造することができないが、起こる現象自体は全て知っている。
オレはそれを教えてもらって組み合わせ、未知のものを作ればいいのだ。
今回はそれを学ばせてもらった。
「いけるわ。ねえ? センセー! これなら許可が下りるかも!」
オレの言葉を聞いたエレーナ先輩が作業机から立ち上がって、教授に話しかける。
面白いものを見つけたというように、瞳が輝いている。
「ええ。すぐに実験しましょう。ワトスン君、その溶液は準備できますか?」
ノーリー教授もメガネに手をかけながら立ち上がる。
「ええ。暗闇で作業しなければなりませんから、溶液を付けて押すだけの魔法陣の判子も用意しています。許可が下りたら、飛空艇の設計お願いしますね」
当然全て用意してある。
飛空艇の設計で技術的に詰まったら、またアカシャに教えてもらって原因を取り除けばいい。
そして、1度完成品ができれば、いくらでも複製可能だ。
「面白くなってきたわね。世界が変わるわ」
エレーナ先輩がワクワクした様子で言う。
『上手くいったな、アカシャ!』
『これで許可が下りれば、全て計画どおりですね』
ノーリー教授とエレーナ先輩の反応を見て、オレは計画通りにことが進むことをほぼ確信した。




