第76話 魔道具研
「相変わらずデタラメねぇ」
放課後、いつもの学園の森で、オレのレベル上げの様子を見ていたネリーが感想を漏らす。
50メートルほど向こうには、スルティアが出した50匹ほどのモンスターが焦げていて、地面に吸い込まれていく。
すぐに次の50体が出てくるので、今度は地面に手を当てて、土魔法で残らず串刺しにした。
「今日は研究室に行くって言ってたけど、中止にしたのかい?」
能力でオレとの会話全てを記憶しているアレクが、疑問を投げかけてきた。
「いや。魔力が残り2割になるまでレベル上げしてから行くことにしたんだ。修行のペースを少し上げた方が良さそうな状況になったからね」
オレはアレクに経緯を説明する。
「はぁー。ノバクには困ったものなの…。もうプチッとやっちゃえばいいのに」
話を聞いていたベイラが、虫を潰すかのような言い方をする。
自由なヤツだ。
ベイラには王族への敬意とかあんまり関係ないからな。
「やらないって」
オレは苦笑いして否定する。
まぁ、正直バレずに毒殺とかはできると思う。
でも、やった後の犯人探しで、動機から当たりをつけられて『真偽判定』をされればバレるだろう。
そうなれば、最悪個人でスルト国と全面戦争まである。
それは面倒だ。
そんなリスクを背負ってまでも殺さなければならないほどの価値が、ノバクにはない。
「大賢者様は…、アンタより強いんでしょ? 大丈夫なの?」
「大丈夫だって。何とかなるさ」
心配そうに聞いてきたネリーに言葉を返す。
『手伝えることがあれば言うのじゃぞ。お主を失うのは、あまりにも辛い』
スルティアが念話をしてくる。
その念話は皆にも聞こえていたようで、皆がオレに向かって頷いた。
「ご主人様、残り魔力が2割となりました」
丁度会話が一区切りついたところで、アカシャが報告をしてきた。
会話の途中でもずっと狩り続けてたからな。
「この狩りもそうだけど、今も十分に手伝ってもらってるさ。なぁ、アカシャ。何とかなるよな?」
「はい。問題ありません。想定の範囲内です」
アカシャに話を振ると、いつも通りの抑揚のない声で頼もしい答えが返ってきた。
「アカシャがそう言うんなら、大丈夫なんでしょうけど…」
ネリーと、それからアレクはまだ少し心配そうな顔だった。
ずっと大賢者の生ける伝説を聞いて育ったからだろうな。
「じゃあ、オレは予定通り研究室に行ってくる。お前らは引き続き修行を頑張ってくれ」
オレは少し暗めの雰囲気を変えるように、できるだけ明るく言って手をひらひらと振り、その場を離れた。
『全員、修行の効率が上がっています。自分達も強くならねばと思っているのかもしれません』
少し経ち、研究室に向かうため学園の廊下を歩いていると、オレの左肩にちょこんと座ったアカシャが念話をしてきた。
今も修行を続けている皆が、いつもより気合を入れて修行をしているらしい。
心なしか声が嬉しそうに感じる。
オレも嬉しくなっちゃうね。
『いいヤツらだなぁ。絶対に望む未来を勝ち取るぞ、アカシャ』
『はい。全力でサポートいたします』
コンコン。訪れた研究室、ノーリー研、またの名を魔道具研のドアをノックする。
中から、「はーいどうぞー」と女の子の声が聞こえた。
オレはドアを開け、「失礼します」と言って入室する。
「あら? お客様なんて珍しいと思ったら、あなただったの。ごきげんよう、セイ・ワトスン」
中で机に座って作業をしていた、黒髪をツインテールにした女の子が、入室したオレの顔を見て挨拶をしてくれた。
「ご無沙汰しております。エレーナ殿下。ご機嫌麗しく」
オレもその女の子、第2王女エレーナ・ティエム・スルト殿下に深く礼をし、挨拶を返す。
「エレーナ先輩でいいって言ったでしょ。あなた、想像以上に面白い子だったわね。オリバーは最近あなたの話ばかりよ。うるさいくらい」
エレーナ先輩はすまし顔をしつつも少しだけ口角を上げて、オレをいじるような口調で話す。
クーン先輩はエレーナ先輩の派閥というか、仲のいいグループにいるからな。
この人は政治にはあまり興味がないだろうから、派閥というのも何か違う気がする。
「クーン先輩にはいつもお世話になっております」
エレーナ先輩にオレの話をするクーン先輩を想像して、軽く笑ってしまってから、取り繕うように言葉を返した。
うん。アカシャに見せてもらわなくても、うるさいくらい話すクーン先輩の映像が見えた気がするよ。
「ふふ。あなたがお世話してるんでしょう? まぁ、いいわ。それで、何の用かしら?」
エレーナ先輩はオレの言葉の揚げ足を取ってからかった後、本題に入った。
「キャスパー・ノーリー教授にご相談があって参りました」
「あら、私に用があったわけじゃなかったのね。残念。面白くなると思ったのに。センセー! お客様が来たわよー!」
オレが用件を伝えると、エレーナ先輩は残念がりながら奥の方で作業している教授に声をかけてくれた。
エレーナ先輩はノバクやペトラ殿下と違って第2王妃の子なので、話が通じやすくて助かる。
第2王妃も大貴族の娘だが、どちらかというと実力主義よりの貴族だからかな。
第1王妃は貴族主義の中でもぶっ飛んでるから、比較対象にならない気もするけど。
そんなことを思っていると、すぐに奥からガタガタと音が聞こえて来て、奥の部屋の扉が開いた。
奥の部屋から出てきたのは、赤みがかった茶髪、白衣に丸メガネの男性だった。
長くも短くもない髪は、ところどころが跳ね回っていてボサボサだ。
メガネの向こうの目は、瞑っているのではと思うほど細い。
『キャスパー・ノーリー。35歳。学園長と同じく神に愛された能力はありませんが、彼の1番弟子のような存在で、学園職員ナンバー2の実力者です』
アカシャが彼の情報の中で、まだ聞いていなかったことを説明してくれた。
オレが聞いたのは、彼が魔法陣学の権威で、魔道具の専門家であるということだからな。
『へぇ。見た目はあんまり強そうじゃないのにな。でも、それはオレ達も一緒か』
アカシャの言葉に対して感想を漏らす。
魔法が存在するこの世界の人間は、見た目では強さが分かりづらい。
「セイ・ワトスン君? はじめまして。キャスパー・ノーリーです。お噂はかねがね」
ノーリー教授はオレの顔を見て少し驚いたあと、こちらへ来て手を差し出してくれた。
「ノーリー教授、はじめまして。セイ・ワトスンです。今日はご相談があって参りました」
オレもノーリー教授の方へと歩み寄って握手を交わしつつ、用件を述べる。
「相談? この寂れた研究室に君のような生徒が飛び級してくれるなら、今すぐ学園長にお願いしてくるよ」
ノーリー教授は、本気なのか冗談なのか分かりづらいことを言った。
この通称魔道具研は、圧倒的学園ナンバーワンの不人気研究室で、教授の言う通り寂れている。
今はエレーナ先輩しかいないし、在籍している生徒だってエレーナ先輩の関係者か、ここにしか入れなかった生徒達だ。
ここに入ってしまった生徒は、ほぼ全員が騎士団か魔法師団を目指して、研究室そっちのけで修行に励む。
ここでの研究より、強くなった方が将来潰しがきくからだ。
「この研究室に入るのも魅力的なのですが、本日の用件は違います。『飛空艇』、空飛ぶ魔道具を造りたいと思いまして、ノーリー教授にお知恵をお借りしたいのです」
真面目な話、研究室選びはここが第1候補だと思ってはいたけれど、今日来た理由はそれではない。
オレはノーリー教授に用件を伝えた。
オレの言葉を聞いた教授は、ピクッとして丸メガネのブリッジに右手をやり、中指でクイッとしながら細い目を見開いた。
「それは。魔道具の現状、致命的欠陥を知った上での話ですか?」
ノーリー教授が静かに問うてくる。
教授は薄く笑っているが、普段細い目の人が目を見開くと迫力がすごい。
そう、魔道具は実用化されてるとはとても言えないのが現状だ。
もちろん知っている。
「もちろんです。アイデアは持ってきました。でも、僕には知識と技術が足りないのです」
オレはにこやかにノーリー教授に返答する。
アカシャは未知の物の設計図を作れない。
オレが頑張ればいいんだろうけど、オレより優れた人に任せた方がずっと速い。
誰でも浮遊大陸に上れる環境の構築は急務だからな。
「なるほど。それは面白そうで…」
「面白そうじゃない!! 私も参加するわ!!」
にこやかな顔で「面白そうですね」と言おうとしたっぽいノーリー教授を途中から押し退けて、エレーナ先輩が元気に参加を表明した。
王族はみんな、クセが強い…。




