第74話 王族会議⑥
賊の侵入を許したことで一時大騒ぎになった王族会議だったが、『魔力可視化』持ちなど新たに特殊な警備を数人追加してそのまま継続された。
大きく面目を失ったスルト国ではあったけれど、やはり浮遊大陸貿易における立場は絶対的だった。
"契約"後に行われた貿易の内容を詰める会議は、2日目となった今日も概ね思惑通りに進んだと言っていいだろう。
「セイ・ワトスン。君が事前に進言した貿易順に関する情報は素晴らしかった。あれでかなり有利な条件を引き出せました」
招待国の面々が会議室を出ていき、開催国のオレ達も会議室を後にしようとすると、宰相が言葉をかけてきた。
参加国の中には、一刻も早く浮遊大陸貿易を行いたい国、順番の前後は気にしない国など個性があった。
多少条件が悪くても自国の順番を最優先にして欲しい国を上手く使って、宰相は予定していた以上に良い条件で各国と取り決めを交わした。
「私の実家は商会ですからね。ワトスン・グループは商売における情報をとても重視しています。それを専門に扱う部署まであるんですよ」
いかにもワトスン・グループから情報を得たように言っておく。
今言ったことは嘘ではないが、情報の出どころはもちろんアカシャだ。
教えるわけないけど。
「まさか王家ですら掴んでいない情報を持っているとは。さすが、飛ぶ鳥を落とす勢いのワトスン・グループです」
宰相が煽ててくる。
この人は油断ならんからな。オレに余計なことを言わせようとしてる可能性もある。
「たまたま専門分野でしたからね。他国にも支店がありますし」
餅は餅屋ってね。
ワトスン・グループは他国にも進出している。
他国の商流や物流に詳しくてもおかしくはない。
実際詳しいし。
「ふむ。とにかく助かりました。これは王も功績と認められていることです。王家も諜報を強化しましょうかね。では」
最後に本気なのか分からないことを言いながら、宰相は早足で去っていった。
会議場にしていた代官屋敷から出るともう夕方になっていて、人通りも少なめになっていた。
オレ達は代官屋敷に隣接している領主屋敷へと歩き始める。
戻ったらスルティアを呼んでやらないとな。
ん?
ああ、そうか。逃げるのか。
賢明な判断だ。
オレは一瞬立ち止まって、アカシャから映像を見せてもらっていた暗殺者3兄弟の方へ向かい軽く笑いかけた。
「セイ、どうかしたの?」
ネリーがオレの様子に気付いて聞いてくる。
『今回来てた中で最も手練の暗殺者達が逃げた』
オレはこの場の全員に向かって念話をした。
『ああ、あの3人組か。スキルのせいかな?』
事前に話していた暗殺者の情報を思い出したのだろうアレクが言う。
『そうだね。相変わらず便利なスキルだ。そろそろオレにも生えてこないかなー』
オレは分かっていながら愚痴を言う。
ただの希望だ。
頑張ってはいるが、まだ最低条件すら達成していない。
『後天的スキルは最低10年以上修行しなければ身に付きません。それに、運も必要です。もうしばらくお待ち下さい』
アカシャが抑揚のない声で辛辣なことを言う。
分かってるよぉ。
でも、10年は長いよ…。
『スキルの取得条件知ってるなんてズルなの、詐欺なの、卑怯なの、あたちにも教えるのー』
仲間内で唯一、神に愛されたスキルを持っていないベイラが駄々っ子のようにごねる。
後天的スキルならメチャクチャ頑張れば手に入るからな。
そりゃそうか。
『ご主人様にそのような口を聞くものに、私が教えるとでも?』
アカシャが氷点下まで下がった声色でベイラを一刀両断する。
だが、オレは仲間が欲しかった。
『いいじゃんアカシャ。教えようぜ。ベイラ、修行沼へようこそ。もう逃さないぞ』
オレがいい笑顔でそう言うと、ベイラは「えっ?」って顔をした。
もう遅い。
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「まだか?」
下の弟、ブルが聞いてくる。
我々は今、遠くに見えるターゲットに気付かれぬよう自然に歩き、少しずつ近付いている。
「待て、もう少しで『危険察知』の効果範囲に入る」
これまで我々は遠くからターゲットを観察するだけに留めていた。
確実に依頼を遂行するためと、慎重を期すためだ。
相手は未踏破ダンジョンを踏破できるほどの実力者。
さらに、どうやら暗殺を企てているのは私達だけではないようだった。
我々としては、暗殺を成すのが誰であっても同じこと。
相手が実力者である以上、様子見をすることが最もリスクが低いと判断した。
今のところターゲットを襲った暗殺者は1人だけ。
王族会議の期間中という期限を考えると、そろそろ我々も動かねばならぬと接近をしている。
私のスキル、危険察知は非常に優秀だ。
相手が我々より強いか弱いかはもちろん、気付かれているかいないかまで感覚で分かる。
「ったく、胸クソ悪い仕事だぜ。まだガキじゃねぇか」
ブルが悪態をつく。
「おい。言葉を慎め。誰が聞いてるか分からん」
上の弟、ビルがブルを窘めた。
その直後、私はあまりの衝撃に足を止めた。
危険察知が、かつてないほどに私に危機を知らせてくる。
暗殺? ダメだ、絶対に死ぬ。
足が震え、歯がガチガチと鳴る。
「ん? バル兄、どうした急に立ち尽くして。範囲に入ったのか?」
ブルが振り返り、様子が変わった私に尋ねてきた。
おかげで私は少しだけ冷静さを取り戻し、足に力が入ってきた。
「…逃げるぞ。ヤバすぎる…。特にあの黒髪、なんだこの反応は?」
黒髪の少年だけ、危険察知の反応が全く異なる。
ただ強いというだけでは絶対にない。
私は考える。
危険察知は、正確に何がどうなっているかを告げてくれるわけではないのだ。
「はぁ!? まさかあのガキ共、全員オレ達より強いのか?」
「何とかならんのか? 正面から戦う必要はないのだぞ」
ブルとビルが色々と言ってくるが、それどころではない。
私の一瞬の判断が、生死を分ける。
今はそういう状況なのだ。
そして私は、すぐにピンときた。
「…まさか、すでに捕捉されている? ダメだ、急げ! 今すぐここから離れる!」
兄弟達にそう言って踵を返す直前、黒髪の子供と目が合った気がした。
「ここまで来れば、もう大丈夫なんじゃねぇか?」
ブルが私に尋ねてくる。
あの後、私達はできるだけ雑踏に紛れるようにしながら場を離れ、すぐに街を出た。
すでに辺りは夜になっていて、もうすぐ浮遊大陸の端に到着するというところまで来ている。
「ああ。おそらくな。少なくとも危険察知の範囲内にヤツらはいない」
私はブルに答えた。
あんな者達が範囲に入れば即座に分かる。
「しかし良かったのか? これで依頼は確実に失敗する」
ビルは依頼のことが気になっていたらしい。
「金も信頼も失うだろうが、それは取り戻せる。命は取り戻せんからな」
後悔は全く無い。
幼い頃から、この考えがあったからこそ我々は生き残ってこれたのだ。
「バル兄がそこまで言う相手なら文句はねぇよ。そんなにヤバかったのか?」
「私達はすでに見つかっていて、いつ殺されてもおかしくなかった。そうとしか考えられ……なっっっ!?」
ブルの質問に答えようとした時、信じられないことが起こった。
突然、すぐ側に、ヤツらが現れた。
危険察知が絶望的に鳴り響く。
先程より、さらに1人多い。
この、反応…。
今度は、全員に、見付かって、いる…。
そんな…、なぜ?
「今度はどうしたというのだ。む? そんな…、なぜ!?」
「嘘だろぉ、おい。範囲内にいないんじゃなかったのかよ」
ビルとブルも、やって来たヤツらを目視することでそれぞれ反応する。
「やぁ、こんばんわ。暗殺者の皆さん。状況を理解してくれているみたいで助かるよ」
黒髪の少年が軽い調子で挨拶をしてきた。
それがかえって私の恐怖をかきたてる。
足が震える。
絶対に、絶対に逆らってはならない。
頭痛がするほどに危険察知が仕事をしている。
どうすれば、どうすれば生き残れる?
あらゆるパターンを考えろ。
私はともかく、弟達を殺されてたまるか。
「我々は、もうお前達に危害を加える意思はない。見逃して、もらえないだろうか…?」
永遠にも思える一瞬の間に出した結論。
ゆっくりと、力が入らず震える足を何とか動かす。
両膝を地面につけ跪く。
頭を深く深く下げ、額を地面に擦り付ける。
いつでも首を差し出せることを態度で見せる、絶対恭順の姿勢だ。
これが効果があるかは知らん。
ここまで追ってきたのだ。見逃すつもりはないだろう。
だが、駄目で元々。
最後まで生き残る可能性は捨てん。
兄ぃ、兄ぃと、ビルとブルの声が聞こえる。
心配するな。
これがダメだったら、お前達だけでも生き残れよう交渉してやるからな。
「いいよ。条件付きだけど。これから生涯に渡ってオレ達に仕えてくれるならね。待遇はかなりいいよ。期待して」
私の死すら決意した覚悟に対して、黒髪の少年はあまりにもあっさりと願いを聞き入れてくれた。
「ね、願ってもないことだが…。我々が裏切るとは考えないのか?」
あまりにも、あまりにもうますぎる話だったため、私はつい余計なことを聞いてしまった。
すぐに後悔し、今まで以上に額を地面に擦り付けて許しを請う。
「考えないね。裏切れないから。実はさ、オレ達"契約魔法"使えるんだ」
黒髪の少年は、わずかの逡巡もなく言い切った。
は?
「はぁ!? モンフィス使ってたじゃねぇか!」
「ブル!!!」
驚いたのだろう。叫んでしまったブルを私は強く強く窘めた。
気持ちは分かる。
気持ちは分かるが、今は大人しくしていてくれ。
「オレ達が契約魔法を使えるという情報を与えない。それは重要なことだと思わないか?」
黒髪の少年はブルの態度を気にすることはなかったようで、笑っているような口調でブルに聞き返していた。
「さ、そろそろ選ぶの。死ぬか契約するか」
黒髪の少年の頭の上に仁王立ちした妖精が凄んでくる。
危険察知は相変わらず、戦えば死ぬであろうことを大げさなくらいに伝えてくる。
だが、契約をした場合を考えると、けたたましさが嘘のように消えた。
またこの能力に助けられたな。
そう思いながら、弟達に頷き、口を開く。
どんなに厳しい条件かと覚悟した契約は、彼らの指定したものに危害を加えないこと、彼らが指定した情報を一切喋らないこと。
それだけだった。
この縛り方だと、後からの追加が簡単なのだとか。
契約を破れば死ぬ。だが、破らなければ良いだけだ。
幸い、契約の特性上誤って破ってしまうことはない。
待遇は最高だ。
奴隷のように使われることさえ覚悟していたのに。
我ら兄弟は、もはや言われずとも生涯にわたって彼らに忠誠を誓っている。




