第12話 収穫を手伝おう
2023/7/23 改稿しました
迷子事件から1年ほどが経ち、また収穫の季節が訪れた頃、オレは少しやり過ぎてしまったかもしれないと思い始めていた。
「すっっごいわね!! アルのところの畑! 村中、噂でもちきりよ!」
「こんな大豊作、見たことねぇぞ…。なんでお前らの家の畑だけこんなことになるんだ?」
我が家の収穫を見学に来ているケイト姉ちゃんとカールが、一面に広がる黄金色に染まった麦畑を見て感想を漏らす。
いや、ちょっと身振り手振りまで使って感動を表現するのはやりすぎじゃない?
そこまで異常なのか?
村での噂はもちろん知っていたけれど、直に感想を聞いてみると少し不安になってくる。
収穫が増えることでマイナス要素なんてないだろうと思ってたから、オレがやったとバレない範囲でアカシャと魔法をフル活用して畑を最適な状態に近づけた。
驚かれはしてもマイナス要素にはならないと信じたい。
「お前らさぁ、暇なら手伝ってくれよ。見れば解るだろうけど、オレ達すげー忙しいんだぞ」
忙しなく麦の刈り取りをしているジル兄ちゃんが、麦畑の中から2人の方を見ることもなく愚痴をこぼす。
彼らはそれぞれパン屋と鍛冶屋の子供なので、この忙しい収穫時期でも余裕がある。
「それじゃあ、私はアルの手伝いをするわ! 任せて!」
「いいのか? ありがとう、ケイト」
頭の上の大きなピンクのリボンと、赤毛のポニーテールを嬉しそうに揺らしながら、いそいそとアル兄ちゃんの方へ向かうケイト姉ちゃん。
最近のケイト姉ちゃんの話の主体は常にアル兄ちゃんである。
あの事件以来、ケイト姉ちゃんはアル兄ちゃんに完全に惚れてしまった。
言葉が喋れるようになったオレはもちろん、元々呼び捨てだったジル兄ちゃんでさえ"ケイト姉ちゃん"呼びを強制されたことは強烈に印象に残っている。
「助かるわ、ケイトちゃん。いつでもうちにお嫁に来ていいのよ」
「おばさま…」
「けっ。おめーは最初っからそれ狙…いっってぇぇぇ!!」
ケイト姉ちゃんをアル兄ちゃんの嫁候補としてゲットする気満々の母ちゃん。
それに感動するケイト姉ちゃん。
調子に乗って余計なことを言って、思いっきり足を踏まれるカール。猿顔が痛みに歪んで、さらに猿っぽくなってる。
今日も平和だ。
オレはといえば、自分以外の家族が総出で刈り取りをしている中、母ちゃんの目の届く範囲で遊んでいるというのが仕事だ。
つらい。精神年齢19歳だぞ。
畑の側に放置されても、土と草しかないところで1人遊びして楽しむことはできない。
自分も手伝いをしたいと言ってみたけど、さすがにまだ早いから大人しく遊んでてねって諭されてしまった。
遠い目をしながらみんなの様子を眺めるか、どれだけやっても腐りはしない瞑想で集中力耐久チャレンジをするくらいしかやることがない。
家のベッドの上も暇だけど、部屋に人がいない間は魔法の練習などもできる分、まだマシだ。
そこまで考えて、ふと思い至った。
家にいるときや散歩のときと同じで、バレないように上手く魔法を使えばいいんじゃね?
思い付きを実行に移すべく、いつもの定位置である肩の上にいるメイド妖精に頼みごとをする。
『アカシャ。誰かがこっちに視線を向けたら教えてくれ』
『かしこまりました。魔法を使うのですね。でしたら、あと少し下がった方が良いでしょう。目の魔法陣を一瞬見られても、光の反射と区別できなくなるはずです』
『わかった。母ちゃんから余裕をもって目の届く範囲で、できるだけ遠くからやろう』
アカシャと相談して立ち位置を決め、移動する。
今回は風魔法と念動魔法を同時使用する。
目的を考えると別々に使ってもいいけど、魔法陣の同時使用を練習しておきたいからな。
1年前と違って、2つ同時使用はもうほとんど苦にならない。
3つ同時使用は未だにほとんど失敗するから、実用的に使いたい今日は見送りだ。
麦の収穫を増やした責任をとらなきゃな。
これから始めるいたずら紛いの手伝いを想像して、思わずニヤリと笑ってしまう。
オレは地面に腰をおろし、小さな右手をジル兄ちゃんの近くの麦に向ける。
全員の死角になっている麦であることも条件だ。
『アカシャ。オレが狙ってる麦が…そうだな、3秒以上全員の死角に入る予測が立ったら教えてくれ』
『かしこまりました。今です。どうぞ』
最初から死角になりそうな位置を狙ってたから、すぐに合図が出た。
オレは迅速に魔法を発動する。
「"風の刃"」
小さく呟いて、麦に向けていた右手を左から右へ払う。
狙い通りに小さな風の刃が発動し、麦を数本まとめて刈り取る。
「"念動"」
再び小さく呟き、開いていた手を軽く握りしめる。
やはり狙い通り、刈り取った数本の麦が空中でぎゅっとひとまとめになる。
そのまま握りしめた手を、ジル兄ちゃんが刈った麦をまとめている場所に向け、そっと手を開く。
空中でひとまとめになった麦が、フワッとその場所に向けて移動し、ひとりでに落ちて積まれた。
うん。ほぼ完璧。
『"宣誓"と"限定"を上手く使いこなしましたね。お見事です』
『そうだろう。自分でも良くできたと思った』
今回は無数に同じ魔法を使うつもりなので、"宣誓"を使って消費魔力を減らす作戦だ。
さらに、魔法行使の際に身振りなどで世界により強く干渉する"限定"を使って、対象への狙いをより正確にした。
"限定"は狙いを正確にすることが主目的だが、"宣誓"ほどではないけれども少し魔法の効果も高まるので、消費魔力もさらに減らせる。
"限定"は身振りなどで示した範囲と狙いが一致してないと極端に魔法の効果が激減するから、今はまだとっさの行動では怖くて使えない。
とはいえ、今回は魔法陣の同時使用中に"宣誓"と一緒に使って上手くできたので、かなり成長してきたと思う。
『魔法陣の同時使用を、身体強化と風魔法、身体強化と念動魔法に切り替えましょう。強化した視覚でよく見てください。微妙に狙いが狂っています』
『お、おう。まだまだだったか…』
上げて落とすとか、なかなか抉られたぞアカシャさん…。
気を取り直して、再びジル兄ちゃんの近くの麦に手を向ける。
アカシャに言われた通り、より狙いを定めて…
『今です』
合図に合わせて魔法を使っていく。
「ん? オレ、もうこの辺り刈ったんだっけ…?」
ジル兄ちゃんがオレが刈った辺りを見て不思議がっている。
ちょっと休憩するか。
「うおっ。ジルお前、もうこんなに刈ったのかよ。さすが農家の息子は慣れてんなぁ」
比較的ジル兄ちゃんが刈ってる位置に近いところで手伝いをしてくれていたカールが、ジル兄ちゃんが刈った麦の束を見て驚きの声をあげる。
「そりゃあ、鍛冶屋の息子のカールよりは速いさ。でも、こんなに刈ったかなぁ…。それより、カールこそ手伝いの割にはすごい速さで刈ってるじゃないか」
「はっはっは! オレは神様に愛されてるかもしれない男だからな。たまに、すげえ力を発揮するんだ!」
「神様に愛されてるかもってなんだよ…。ケイトもすごいぜ。びっくりするほど、たくさん刈ってくれた」
「そ、そんな。アル。私なんて全然よ。見てよこの束、ほとんどアルがやったんだから」
いつのまにやら、みんなで刈った麦の束比べみたいなのを始めてしまった。
全員の麦の束にオレが刈った麦が混じってるから、調子よく見えるよな。
あまり深く考えないで欲しい。
「あらあら、みんな手が止まっちゃったわね。ちょうどいいから、休憩にしましょうか。思ったよりもずっと進みが早いわ」
「さんせー!」
カールがバッと手をあげる。
調子のいいヤツだ。何だかんだ手伝ってくれるいいヤツなんだけど。
「ふふ。カールくんとケイトちゃんもお手伝いありがとう。あなた達もお昼ご飯食べていって。アル、向こうの畑にいるお父さんとお婆ちゃんを呼んできてちょうだい」
「わかった」
「わ、私も一緒に行くわ! アル!」
アル兄ちゃん達に父ちゃん達を呼びに行かせ、オレの近くの木陰に置いてあった荷物を開いて弁当を用意するアン母ちゃん。
「それにしても、不思議ねぇ。私が刈った麦も、思ったより多かった気がするわ」
母ちゃんが、頬に手をやりながら首を傾けて不思議がる。
バレてはいないけど、もう少し控えるべきだったかな。
「母ちゃんも? 今年はうちの畑だけ雨が降ったり、降らなかったり、不思議なことだらけだなぁ」
ジル兄ちゃんも母ちゃんに同意し、他にも不思議なことが起こっていることを話題に出した。
うーん。この話はあんまり深く掘り下げないで欲しいんだけどな…。
「自然を相手にすれば不思議なことだらけだって、うちの父ちゃんが言ってたぞ。そんなもんなんじゃないか?」
カール、ナイス。
カールはともかく、やっぱり不思議さは拭えないか。
家族にはしばらくしたら魔法のことは打ち明けようかな。
この暖かい家族なら、オレがどんなに変だとしても受け入れてくれる気がする。
だとすると、家族に隠す意味はない。
ひとまず来年は、村の人に不思議がられないように、村全体の収穫量を上げてみるか。
そのためには、もう少しレベルを上げておきたいな。
この歳だと1人での外出が許されるわけがなくて、なかなかレベルを上げるタイミングがないんだよな。
アカシャと相談してみよう。
この時に考えたことが、後であんなことを引き起こしてしまうなんて、オレは思ってもみなかった。
アカシャさえいれば全てが上手くいくと、愚かなオレは大きな勘違いをしていたんだ。




