第72話 王族会議④
「セイ・ワトスン。初めて会ったときから、もう一度会う気がしていたが、早かったな」
今日の王族会議の会場である代官屋敷の会議室に入ると、赤色の貴族服を着た壮年の男性が握手を求めてやってきた。
3つの臣民公爵家の内の1つ、契約のモンフィス家の当主、ディエゴ・モンフィスだ。
37歳で孫もいる彼だが、とにかく仕事できるオーラがプンプン漂う、ナイスミドルである。
自信が漲っているのが一目見ただけで分かる。
「その節は大変お世話になりました。おかげで『大賢者』様と安心して戦えました」
背が高い彼を見上げながら、上に手を差し出して握手をする。
金髪に薄い茶色の目の、ディエゴ・モンフィスの口角が上がった。
「フッ。あの御仁と"安心して戦える"なんて言うのは君ぐらいだ。あの時、自分の勘に従って息子に任せなかったのは正解だったらしいな」
ディエゴ・モンフィスは軽く笑いながら言った。
この人もそうだけど、王族を除く貴族の頂点である3つの臣民公爵家の人達は、なぜか貴族とか平民とか全く気にしない人が多いよな。
本当に実力があるから、他人の影響を受けずに自分の考えで行動しているのかもしれない。
今の行き過ぎた貴族主義は、大体ノバクの母親の影響を受けてのものだからな。
「全て"契約"のおかげです。無ければ、泣いて逃げてました」
オレも軽く笑いながら言った。
「今日も期待している。私は立場上公平を求められるが、サポートはしよう。できる限り、我が国に利益をもたらすのだ」
最後に小さめの声でそう言った彼は、返事は聞かずに離れていった。
戦闘力がもの凄く高いというわけでもないのに、隙なしって感じだね。
いると便利から始まり、いなければ困る、失うわけにはいかないと代々立場を強めてきた家だ。
今では臣民公爵家を半ば世襲している唯一の家となっている。
もしかすると、あの家が重視しているコミュニケーション能力は、契約魔法そのものよりも成果をあげているかもしれない。
契約魔法の便利さは圧倒的なので、さすがに言い過ぎかもだけど。
『切り札を使っていても、あの男は警戒すべきです。心の中は情報通りとは限りません』
『ああ、分かってる』
アカシャからの念話に応える。
会議室に入る前、オレは念のため切り札を使っていた。
ノバクが雇った暗殺者が中にいるからだ。
だが、切り札の適用範囲は、"自分と、暗殺者と、ディエゴ・モンフィス"。
ディエゴ・モンフィスは、今のところ敵という情報はない。
今回オレを襲う予定も全く無い。
が、モンフィス家は警戒すべしというのがアカシャとオレで決めたことだった。
発汗、心拍数などの生体情報、全て正常。
さすがに全部本心から言ってたと思いたいところだけど、どうだろうな。
モンフィス家は体や魔法以上に心を鍛えている。
アカシャの情報では、かつてバイタルデータ通りではない行動をしていることが幾度となくあった。
切り札を使って筋肉の動きや魔法の使用まで完全に把握していれば遅れをとることはない相手だけど、警戒しておく価値のある人物だ。
「ここは子供の遊び場ではないのだがな」
他国の王の1人が会議室に座るオレ達を見て、不快感をあらわにした。
「スルト王、私共は下がりましょうか?」
オレはベイラ辺りがキレる前に、ニコニコ顔でスルト王に尋ねた。
オレも不快だよ。
別にオレ達は契約する必要ないし、帰ったっていいんだけど。
「よい。今のうちに言っておく。ここにいる子供達は、全員が浮遊大陸を動かせる者達だ。価値が分からぬ者は去れ」
スルト王が会議室に座る全員に向かって言った。
今日この会議室にいるのは契約に必要な者のみで、スタンなどはいない。
子供はオレ達だけだ。
スルト王としては絶対にオレ達に契約魔法をかける必要がある。
それに比べれば貿易相手が1国や2国減ったところで何の問題もない。
何なら貿易ごと潰れても、当初考えていた運用をすればいいくらいに思っているだろう。
「し、失言であった…。許せ」
先程オレ達を見て不快感をあらわにした王が、狼狽して失言を認めた。
その王を、周りの王達が冷ややかな目で見ている。
情報が足りてないというのは、恐ろしいことだ。
あの国の貿易の順番、確実に後回しになることだろう。
「去る者はいないようですね。それでは、スルティア条約を守るための契約内容を詰めます。その前にまず、未締結国は締結を…」
宰相が話を切り出し、王族会議が始まった。
ノバクが雇った暗殺者の動きは、まだない。




