第67話 空中都市イザヴェリア
「それで、どうやってイザヴェルに上るんだい? 貿易を行うならば、移動手段の問題は欠かせないだろう」
ミロシュ殿下がはるか上空に浮かぶイザヴェルを見上げて、ゆったりとした口調でにこやかに聞いてくる。
まだ少ししか話していないけれど、この人は急いでいないというか、いい意味でテキトーな感じなんだよな。
アカシャの情報と合わせても、やはりそんな印象だ。
平民の子ということで、第1王子でありながら王位継承権最下位という境遇がそうさせたのだろうか。
「そうですね。まず、本日はこうします」
オレは制服のポケットからサングラスを取り出してかけ、右手の人差し指と中指を立てて、顔の前に持ってきた。
"限定"だ。
"宣誓"はあえてしなかったけれど、するとしたら"結"と言っていただろう。
あの漫画好きだったんだよね。
大きな透明な箱に全員が包まれ、ふわりと浮き上がる。
結界魔法ではない。
いつも使っている透明な足場を箱状にして、念動魔法で動かしているだけだ。
この世界の結界魔法は物理的には作用しない。
魔法はイメージが大事だからね。
「ぎゃあああああ!! 死ぬ、死ぬ、死んじまぅぅぅ!」
「スクワード、うるさいの!」
スクワードがライリーと抱き合いながら叫び、ベイラに叱られている。
スクワードとライリーっていつの間に仲良くなったんだ?
てか、ライリー気絶してるし。
魔法で作った透明な箱をエレベーター代わりにして、イザヴェルに上がる。
完璧な作戦だと思っていたけれど、空を飛ぶことなんて初めての人達の一部には刺激が強すぎたらしい。
この人達はもちろん、飛行機も知らないし高層ビルに登ったこともないのだ。
そんな人達を、いきなり透明エレベーターで上空1000メートル以上に連れいくのはハードルが高すぎたかもしれない。
スクワードとライリーは極端だけど、他の人達も怯えている。
馬は暴れられても困るから、早々に魔法で寝かせた。
そんな惨憺たる光景を横目で見ながら、平然としている様子のミロシュ殿下に話しかける。
「本日はこのような形になりましたが、いずれは魔法を使わずに上がることができる手段を用意します。しかし、すぐには難しいので、しばらくは魔法に頼ることとなるでしょう」
「はは。次は透明でない足場の方が良さそうだね。土魔法が得意な者を数人用意しておこうか」
ミロシュ殿下は笑いながら、軽い調子で言った。
土魔法もそうだけれど、魔法使いが工夫をすれば色々な方法がありそうだ。
「しかし、魔法を使わずに浮遊大陸に上がる手段か…。君、世界を変える気かい?」
ミロシュ殿下は笑いながら、少し呆れたような表情をした。
「いずれ誰かがやることを、少し先にやるだけですよ」
オレも笑いながら答えた。
ファンタジー世界には、やはり飛空艇が欲しいところだ。
「おい、起きろライリー!! すっげぇぞ!」
浮遊大陸イザヴェル上空。
もう地面まであと少しということですっかり元気を取り戻したスクワードがライリーの肩を激しく揺さぶっている。
「そんな…、バカな…。どういうことだい、セイ・ワトスン。すでに町があるなど、聞いていない」
今までは飄々とした様子で動じることが少なかったミロシュ殿下も、さすがに酷く驚いているようだ。
「ああ、大丈夫ですよ。誰も住んでいませんから。さっきオレ達が創ったばかりの新品の町です」
ミロシュ殿下は先人が住んでいる町があると勘違いしているようなので、説明しておく。
「新品って…」
ミロシュ殿下のお付きの人が呆然とした様子でボソッと呟いた。
ふむ。商品でもないのに新品って表現は、確かにおかしかったかもしれない。
「な、な、なんだこりゃあ!?」
地面に着くとほぼ同時に起きたらしいライリーが、目の前にそびえる城門を見て叫び声を上げる。
「森には魔物もいますので、城郭都市にしておきました。周囲に魔物避けの魔道具を埋め込むより、この方が簡単でしたので。さぁ、どうぞお入りください」
オレはミロシュ殿下に説明をしながら、堀にかけた橋を渡り城門に入る。
面倒くさかったので、落とし格子は念動魔法で上にスライドさせた。
「か、勝手に門が開いた?」
スクワードが驚いている。
「ああ、ごめん。オレの魔法だ。普段は手動だから、警察隊で門番を用意してくれ」
さすがに自動ドアではない。
もしかしたら、やろうと思えばできたかもしれないけど、魔物と区別するのは厳しそうだし。
「私達もここから入るのは初めてね」
ネリーが興味深そうに周りを見ながら言う。
まぁ、ここに攻めてくる人間がいるとしたら空を飛べるヤツだから、この城門にそんなに意味はないんだけどな。
「うおお、家まであるじゃねぇか!」
町の中に入ると、ライリーが興奮した様子で叫んだ。
「基本的にどこも似た造りになってるから、住居は好きなところを選んでいいぞ。みんなで話し合って決めてくれ。大きな道路沿いは店用な。あ、ライリーの工房だけは場所決まってるから」
「旦那ぁ! 一生付いて行くぜ!」
説明してやると、ライリーは感動したのか、泣きそうな程の表情でさらに叫んだ。
「では、殿下。代官屋敷にご案内します」
「あ、ああ」
スラムの住人達には町の見学をするように言って別れ、殿下達とオレ達だけで代官屋敷へと向かうことにした。
殿下はどうやら心ここにあらずといった様子で、しきりに周りを見ている。
「代官屋敷と領主屋敷は隣接しております。造りは同じなのですが、お好きな方をお選びください」
町の中心にあるダンジョンのほど近くの、一際大きな屋敷の前に移動し、殿下に説明をする。
あまり色々な造りにするとイメージが大変なので、用途の似ているものは基本的に全て同じ造りにした。
殿下は戸惑いながらも左の屋敷を選んだ。
「な、中も完璧…。何という美しさだ…。あり得ない。どんな魔法を使えばこんなことになるのだ…」
ミロシュ殿下は一通り中を見学した後、恐れるように言った。
「規模と速さはともかく、やってることは普通の魔法での建設と変わりませんよ」
オレはミロシュ殿下にそう言った。
別に複合魔法である必要はないのだ。
土魔法や木魔法などを別々に使って建設をする人もいる。
「建設を魔法で行う者は、確かに稀にいる。しかし、ほとんどの者がやらないのは、細部をイメージできないからだ。私は、中身の一部が土で埋まった家を見たことがあるよ」
ミロシュ殿下がオレに言葉を返す。
ああ。なるほど。
目に見えない部分のイメージは難しいからな。
ミロシュ殿下は難しいことを知っているだけに、あり得ないと思ったのか。
目に見えない細部まで一切のミスなく、かつこの規模と速さで造るのは、オレもアカシャがいなければ絶対に無理だ。
「建築や建設の才能があったのかもしれませんね」
アカシャのことを言うわけにもいかないので、テキトーなことを言っておく。
「やはり、君は面白いね。セイ・ワトスン。私が思うに、このイメージ力はもはや人間には不可能だ」
はい。正解。
オレは設計図どおりに魔法を使っただけだ。設計図のイメージまではしていない。それはアカシャの担当だった。
今回オレがアホだったのは間違いないけど、ミロシュ殿下は想像以上の曲者であることもまた間違いないだろうな。
質問ではなかったので、オレはあえて答えず曖昧に笑っておいた。
ミロシュ殿下も、オレに追求してくることはなかった。
「ミロシュ殿下、この町の名前を決めていただけますか?」
町を見て回り、ダンジョン神殿の前に再び全員集合したときにアレクが言った。
そういえば、町の名前なんて全く考えてもいなかったな。
「うむ。そうだね…。イザヴェリアでどうだろう?」
ミロシュ殿下は少しだけ考えた後に、そう答えた。
イザヴェルにある町だから、イザヴェリアか。
いいね。
周りからも絶賛する言葉が相次いでいる。
さて、イザヴェリアを貿易の町にするために、次は商人を連れてこなくちゃな。
オレは次なる楽しみを考えて口角を上げた。




