第66話 ミロシュ・ティエム・スルト
「見えたわ。ミロシュ殿下御一行よ」
街道の遠くの方から馬に乗ってこちらに向かってくる、数人の人物を発見したネリーが言った。
肉眼ではまだ豆粒のように小さいが、魔法で視力を強化したネリーにはハッキリと見えているはずだ。
オレ達は今、浮遊大陸イザヴェルの代官となったミロシュ殿下を迎えるため、王都近くの草原で待機していた。
この草原の上空にイザヴェルが停留してあるからだ。
「えっ? ボス。まさか代官様って、第1王子殿下なんですか!?」
「聞いてはいないが、そうみたいだな。ボスは止めろって言っただろ、スクワード」
「す、すいません。セイ様。つい…。へへ」
元スラムの組織であったブーブリック組の組長であり、現警察隊の隊長であるスクワードが調子のいい様子でオレに話しかけてくる。
最初は前の組織からスムーズに移行できるよう警察組としていたんだけど、組だと何となく聞こえが悪い気がしたから警察隊に変えた。
消防隊と厚生隊も同様だ。
今回ここにいるのは、ミロシュ殿下と同じくイザヴェルの視察のためだ。
スラムの住人の半分である約5000人を移住させるために、代表者達を十数人ほど集めてきた。
防具屋ライリーも絶対に付いてくるというので、連れてきている。
元組織出身者はオレのことをボスと呼びたがるが、止めてほしい。
ネリーの姐さんとかアレク坊っちゃんも大概酷いと思うけど、あっちの方がまだマシだ。
「聞いてのとおりだ! もうすぐここにミロシュ殿下が到着される! 全員、跪いて待つように!」
オレは全員に号令をかけ、自分も跪いて王族を待つ姿勢を整えた。
しばし待つと馬の蹄の音が聞こえ始め、そして止まった。
「出迎えご苦労様。顔を上げなよ」
「はっ」
良く言うと優しい、ともすれば気の抜けたような声がして、オレ達は顔を上げる。
黒髪黒目の顔の整った青年が馬から降りてオレ達を見下ろす。
つり上がった目のノバクと違い、ややタレ目だ。
現王やノバクより、建国王にそっくりである。
そういえばスルティアが、ミロシュが学園にいた頃は懐かしかったのぉ、と言っていたな。
その時は頃が懐かしいの間違いかと思ったけど、そういうことか。
「やあ。私がイザヴェル領代官となる、ミロシュ・ティエム・スルトだ。これからよろしく頼む」
ミロシュ殿下はちょっとユルい感じの言い方で微笑んだ。
予想はしていたけど、やはりこの人は身分の低い貴族や平民にも高圧的な態度をとらないようだ。
「「「はっ。よろしくお願いいたします。ミロシュ殿下」」」
オレとネリーとアレクの声が揃う。
「…君達は全く驚かないのだね。私が代官となることを予想していたのかい?」
ミロシュ殿下が少し意外そうな表情で尋ねてくる。
まぁ、そうだよな。
普通、王族が領地の代官なんてやらないよね。
地球のことはよく知らんけど、この世界ではほとんど例がないってアカシャから聞いてるよ。
「いえ。ミロシュ殿下がいらっしゃったのには驚きました。しかし、お姿を見てから今まで時間が十分にございましたので」
その間に予想がついて、今は驚かなったんだよという感じでテキトーに誤魔化しておく。
「ふむ。ずいぶんと人数が多いけど、この者達は?」
先程の答えで納得したのか、ミロシュ殿下は次の質問をしてくる。
「新たな町に移住する予定の者達の代表者です。今後、直接殿下の手足となって働く顔触れになるでしょう」
スルト国の新たな領土であるイザヴェルは、オレとネリーとアレクが治めるということにはなっている。
しかし、オレ達には学園もあるから、実際にはほとんどは代官であるミロシュ殿下が実務を取り仕切ることになるだろう。
王も宰相もしたたかだ。
オレ達に任せると言いながら、いつでもイザヴェルの実権を握れるようにしている。
そういう意味でミロシュ殿下を代官にする人選は最適だったのだろう。
まぁ、オレとしては町の実権はどうでもいいから、むしろ不労所得になるのは歓迎だったりするんだけどな。
結局、イザヴェルを動かせるのはオレ達だけだから、完全に取り上げるのは無理だし。
だから、こいつらを使ってしっかり統治していただきたい。
「そうか。諸君らもよろしく頼むぞ。諸君らはほとんど、もしくは全員が平民だろうが、なに、私の母上も平民だ。王族だからといって遠慮することなく、統治に力を貸してほしい」
ミロシュ殿下は朗らかに笑って言った。
うお、マジかよ。
ミロシュ殿下、いきなりぶっ込んできやがった。
それ自分で言っちゃうかぁ…。
王族や貴族の前で言えば自虐だけど、平民の前で言えば…。
スラムの代表者達が全員、大きな声で「ははーっ」と返事をする。
かなり感極まったような声の者も多い。
王族でありながら平民の子でもある。
それを受け入れ割り切った、平民に対して優しい王族。
王族や貴族からは軽視され、王位継承権すら剥奪されても、平民にとっては最も親しみやすい王族。
それがミロシュ・ティエム・スルト殿下であった。




