第62話 居場所
月明かりの下、私はセイの話を聞いていた。
入学式の日の、私が知らないセイの話だ。
近くの公園に移動した私達は、土魔法で作られたらしいベンチに座った。
一応、入学式のときにセイがなぜ突然、私に友達になってくれと言ってきたかを聞くためということになっている。
「そんなわけでさ、ワトスンさんが言ったんだ。ネリーと友達になれば、ネリーが寂しくなくなるって。それで元々いずれ友達になりたいとは思ってたから、思い切って話しかけたんだよ。ま、断られたけどな」
セイは冗談めかして最後に付け加えたけど、私は途中から本題とは違うところで頭がいっぱいになっていた。
「え、待って。ワトスンさん? なんでアンタが、父親をワトスンさんって呼ぶのよ?」
アンタもセイ・ワトスンなのに。
まさかとは思いつつ、聞かずにはいられなかった。
「ああ、そういえば言ってなかったっけ。養子なんだよ。ワトスンさんは義理の父親なんだ」
セイは事も無げに言った。
そういえば、コイツは前からこういうところがある。
「聞いてないわよ…。本音で語り合うとか言って、アンタこそ秘密だらけじゃない」
アカシャのことも、転移魔法も、割と最近になってから聞いたことだし。
セイは自分のことをあまり話さないから、会う前のことはほとんど知らない。
「聞かれなかったから言わなかっただけだって。いや、でも、もしかして…、オレももっと色々話しておくべきだったのか?」
セイは軽い調子で話し始めた後、急に難しい顔になって考え込み始めた。
珍しいセイの姿を見て、私はあることに気付いて安堵のため息を吐く。
「はぁ…。今日、初めて気付いたわ。セイも完璧ではないのね」
何でも知っていて、何でもできてしまう人物。
それが今まで私がセイに抱いてきたイメージだった。
でも、どうやらそんなことはなかったらしい。
セイでも分からなかったり、悩んだりすることがあるんだ。
「完璧な人間なんているかよ…」
セイが苦い顔で呟く。
それがひどく私の心に刺さった。
知りたい。
私の知らないセイのこと。
「聞かせてよ、アンタのこと。本当はどこの誰で、どんなことをしてきたのか。今更だけど私、セイのこと全然知らないわ」
本音で語り合わないと分かり合えないか…。
私がセイのことを知りたいって思うように、セイも私のことを知りたいのかな。
「…分かったよ。ちょっと長くなるぞ。信じられないようなこともあるかもしれないけど、全部話すよ」
セイはちょっと迷うようなそぶりを見せた後、決心したかのように言った。
それから私は色々なことを聞いた。
セイが生まれたゴードン村のこと。
農民の家族のこと。
前世の記憶があること、その理由。
ベイラと出会った盗賊団との戦い。
転移魔法を覚えたとき、基本的に人助けはしないと決めたこと。
「軽蔑するだろ? たぶん時期的に、ネリーの爺さんもアレクの家族も、助けようと思えば助けられた…。ごめんな。今まで言わなかったのは、嫌われるのが怖かったってのもある」
セイは自虐的に軽く笑った。
その自分を責めるような悲しい笑い方を見ると、胸が痛くなる。
セイの手が少しだけ震えてるように見えた。
「後悔してるの?」
セイの顔を見て、気になった。
後悔とは、また少し違うように見えたから。
「いや、してない。悩んだ末に決めたことだし、たぶん何度でも同じ結論になる。ただ、自分の無力さと心の小ささには失望するんだ」
それが後悔とどう違うのか私には分からないけど、セイが自分のことを責めているのは何となく分かった。
「軽蔑なんてしないし、嫌わないわよ。価値観は人それぞれだって、お祖父様も言ってたわ」
みんなが自分と同じだと思ってはいけない、お祖父様はよくそう言ってたわ。
価値観は人それぞれで、みんな考え方が違うのだから、何でも自分の考え方に当てはめてしまうと不和が生じることもあるって。
今は私もそう思ってる。
セイの考え方が理解できても理解できなくても、私はセイがいいヤツだって知ってるわ。
「そうか…。ネリーの爺さん、会ってみたかったな…」
セイが感慨深げに呟いた。
それを聞いて、私も勇気を出して話したいと思った。
「…逃げてきたのよ」
「えっ?」
私が精一杯の勇気を振り絞って出した言葉は、突然すぎてセイに分かってもらえなかった。
「家に泊まらなかった理由。気付いたの。私はお父様とお母様に褒めてもらいたくて陞爵を目指してた。トンプソン家の再興よりもそれが大事だったみたい」
「そうか」
改めて家を出てきた理由を話と、セイは優しい顔で頷いてくれた。
私はあんまり得意ではない説明を頑張って続ける。
「ヨシュアが抱きしめられたとき、こんなときくらいヨシュアより私を抱きしめてって叫びたかった。でも言えなくて…。あのまま家にいたら心がおかしくなっちゃいそうだった」
「そうか…。だから、家を飛び出したんだな」
セイの言葉に、私は頷く。
理解はしてもらえないかもしれないけど、私の考えは伝わったみたい。
「お父様とお母様は、私を愛してくれてたわ。嬉しかった。でも、今家に帰るのは無理。軽蔑した?」
私もセイと同じように聞いてみた。
セイの話を聞いて分かったのよね。
私も、自分のことを話してセイに嫌われるのが怖かった。
だから話したくなかったんだって。
「するわけないだろ」
セイがすぐに返してきた言葉は私が思った通りのもので、私はホッとして少し笑った。
「私も同じだから。セイのこと軽蔑するわけないわ。でも、自分の心の醜い部分を話すのは勇気いるわね」
心が軽くなったせいか、笑い話のような調子で少し冗談めかして話す。
「そうだな。メチャクチャ勇気振り絞ったぞ」
セイも私に合わせたのか、同じような調子で話し始めた。
「次からは隠さず話しなさいよね! 絶対嫌ったりしないんだから!」
意外と小心者のセイに言ってやる。
いろいろ聞いてみて。前世の記憶があるとか、ちょっと驚いたけど、それが何だっていうのよ。
セイが何をやっても嫌わないってことはないけれど、セイが私に嫌われるほどのことをするはずがないって分かってるんだから。
「ああ、約束する。さぁ帰ろうぜ。みんなが寮で待ってる。あいつらにも、全部話さないとな」
セイはアレク、ベイラ、スルティアにも全部話すつもりらしい。
私もそうすることにした。
「そうね。たぶんみんな、私達のこと嫌いになったりしないわよ」
話すのはちょっと恥ずかしいけど、嫌われるってことはないと思う。
「たぶんかよ。話すの勇気いるなぁ」
思った以上にビビリのセイがおかしくて、私はセイに近寄って肩に手を回す。
「ほら、行くわよ。本音で語り合わないと分かり合えないんでしょ」
「お前、そのネタ引っぱり過ぎだろ…」
げんなりするセイを見て、私は笑った。
家に居場所がない気がして辛かったけど、もうあんまり気にならなかった。
近いうちに、ダンジョンの報酬を持って改めて行こう。
そのときに家族がどんな反応をしても、もう大丈夫。
私の居場所はここにあるから。




