第59話 トンプソン家
「ただいま戻りました!」
やや乱暴に玄関扉を開き、声を出す。
夕焼けに染まった道を走り、私はスルティア学園から半年ぶりに家に帰ってきた。
屋敷は相変わらず、火が消えたように静まり返っている。
トンプソン家はとても貧乏で、使用人も今は誰もいない。
たまに、昔使用人だったという人達がお手伝いに来てくれるけれど、いつもはこの広い屋敷に家族4人だけで暮らしている。
あ、今は3人か。
私は学園の寮にいるから。
本当は男爵家でも使用人を数人くらいは雇えるお金を貰っているはずなんだけど。
最低限だけ残して、戦争で亡くなってしまった家来の家族に渡しているんだって、元使用人の人が言ってた。
どんなに周りから酷いことを言われたって、国より手厚い補償を30年経った今でも不平の一言も言わずに続けてるって、涙ぐみながら。
小さな頃はあまりよく分からないで聞いてたけど、今なら分かる。
お父様もお母様も、ずっと頑張ってきた。
トンプソン家は、私の誇り。
だから今日、この報告ができることが嬉しくてしょうがない。
どうやら、お父様はまだ帰ってきていないようね。
もし陞爵のことをすでに知っていれば、きっと家の雰囲気が明るくなっているでしょうから。
お母様はこの時間だと、厨房かしら?
もしかすると、ヨシュアもお母様のお手伝いをしているかもしれない。
玄関ホールを横切り、1階の奥にある厨房の方へ向かう。
すると、ちょうど入ろうとした廊下から、くりっとした目で真っ赤な髪の男の子がひょいっと顔を出してきて、私と目が合った。
「お姉さま?」
2歳下の弟、ヨシュアだ。
私を見て驚いている。
最後に見た半年前より少し大きくなったかしら。
ヨシュアはお父様とお母様の方針で、ほとんど家から出ない。
トンプソン家への心ない周囲の言葉などから守るためだ。
そのせいかどうかは分からないけれど、7才にしては小さくて、肌はとても白い。
「ただいま、ヨシュア」
久しぶりに会った弟に笑いかけて、挨拶をする。
「お帰りなさい! お姉さま!」
ヨシュアも元気いっぱいに笑って挨拶をしてくれた。
「あっ」
思わず声が出た。
ヨシュアが挨拶をするやいなや、振り返って走り出したからだ。
引き止めそびれて、無駄に前に出てしまった右手が虚しい。
「お母様ー! やっぱり玄関の扉の音でした! お父様じゃありません、お姉さまでした!」
ヨシュアの元気な声が響く。
ああ、わざわざ呼ぶような形になってしまった。
こちらから向かうから呼ばなくていいわって言おうとしたのに。
付いていくか、ここで待つか。
考えがまとまらないまま立ち尽くしているうちに、廊下から聞き覚えがある足音が聞こえてきた。
「ネリー…」
廊下から顔を出したお母様が、足を止めて私の名前を呟いた。
久しぶりに見たお母様は、ヨシュアと違って変わりなく見える。
変わらず茶色の髪を後ろで束ねていて、疲れているのか精神的にまいってしまっているのか、顔色が少し悪い。
「ただいま戻りました、お母様」
私はカチンコチンに緊張しながら、声を絞り出して挨拶をした。




